『荒潮』からヨンヒさんまでアジアSF大特集!

文=大森望

  • 荒潮 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
  • 『荒潮 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』
    陳 楸帆,みっちぇ,中原 尚哉
    早川書房
    1,980円(税込)
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  • 短篇集ダブル サイドA (単行本)
  • 『短篇集ダブル サイドA (単行本)』
    ミンギュ, パク,真理子, 斎藤
    筑摩書房
    1,870円(税込)
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  • となりのヨンヒさん
  • 『となりのヨンヒさん』
    チョン・ソヨン,吉川 凪
    集英社
    1,980円(税込)
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  • イヴの末裔たちの明日 松崎有理短編集 (創元日本SF叢書)
  • 『イヴの末裔たちの明日 松崎有理短編集 (創元日本SF叢書)』
    松崎 有理
    東京創元社
    1,870円(税込)
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  • Genesis 白昼夢通信 (創元日本SFアンソロジー 2)
  • 『Genesis 白昼夢通信 (創元日本SFアンソロジー 2)』
    水見 稜ほか
    東京創元社
    2,200円(税込)
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  • タボリンの鱗 竜のグリオールシリーズ短篇集 (竹書房文庫)
  • 『タボリンの鱗 竜のグリオールシリーズ短篇集 (竹書房文庫)』
    Shepard,Lucius,シェパード,ルーシャス,昌之, 内田
    竹書房
    1,100円(税込)
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 中国SFブームの未来を占う陳楸帆の第一長篇『荒潮』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)★★★★½が出た。『折りたたみ北京』の「鼠年」「麗江の魚」「沙嘴の花」と同様、中原尚哉がケン・リュウの英訳から邦訳したものだが、中国語版原書を適宜参照、一部はそちらを採用して、いいとこ取りの完全版を目指したとか。

 主な舞台は、中国南東部のシリコン島。集積される大量の電子ゴミから希少資源をとりだして稼ぐ〝ゴミ人〟が劣悪な環境下に暮らしている。主人公は、この島で幼少期を過ごした21歳の陳開宗。大手リサイクル企業に現地通訳兼アシスタントとして雇われ、久々に島に戻ってきた彼は、ゴミ人の少女米米と知り合い、恋に落ちる。が、島の御三家の利権争いの渦中で、米米の思いがけない秘密が明らかに......。

 雰囲気的にはバチガルピ『ねじまき少女』(またはスティーヴンスン『ダイヤモンド・エイジ』)に近いが、ジャンル的にはエンタメ寄りのポストサイバーパンクで、キャラ立ちもストーリーテリングも上々。よくも悪くも個性の強烈な『三体』と違って、現代SFとしてふつうに面白い。著者は'81年、広東省生まれ、北京大学卒。〝中国のギブスン〟の異名をとり、Googleや百度で役員を務めた経験もあるとか。

 中国SFついでに、河出書房新社『文藝』2020年春季号は、「中国・SF・革命」特集。小説では王谷晶の餃子百合SF「移民の味」がイチ推し。他に、ケン・リュウ、樋口恭介、佐藤究など。藤井太洋の「ルポ『三体』が変えた中国」も面白い。

 一方、韓国からは短編集が2冊。神保町の東京堂本店でテッド・チャン『息吹』と並べて売ってたので買ってみたパク・ミンギュ『短篇集ダブル サイドA』(斎藤真理子訳/筑摩書房)★★★½は、収録9篇のうち後半の6篇が狭義のSF(しかも、非SFの「グッバイ・ツェッペリン」でさえ、「さあ、それでは仮面ライダーファイズと写真を撮るお友だちはこっちへ並んでくださーい」というアナウンスから始まるので油断できない)。A・C・クラークへのトリビュートだという「深」は、24世紀末の巨大海底地震で出現した深さ19251mのユータラス海溝に潜る改造人間(ディーパー)たちを描く深海ハードSF。とはいえジャンルSFの文法には従わず、ソローキンまたは上田岳弘に近い感じ。「グッドモーニング、ジョン・ウェイン」では、冷凍保存されていたジョン・ウェイン3405EAこと全斗煥元大統領(らしき人物)が1000年後の未来に復活する。「〈自伝小説〉サッカーも得意です」は、前世がマリリン・モンローで、15歳のときエイリアンに誘拐されて手術された〝僕〟の奇怪な自伝小説。なお、2冊組の片割れ『サイドB』(SFが入ってないほう)は未読です。すまん。

 対するチョン・ソヨン『となりのヨンヒさん』(吉川凪訳/集英社)★★★½は、帯の背に〝韓国発! SF短編集〟とはっきり謳っているとおり、(ヤングアダルト寄りの)SFらしいSF15編を収録する。表題作は隣に住んでる巨大カエル似の宇宙人と交流する話で、強固な日常感がちょっとウィリス風。〝私は七十四番目の世界でアリス・シェルドンに出会った〟という書き出しの「アリスとのティータイム」は、多世界研究所の調査員をしている〝私〟が、並行世界で晩年のティプトリーとお茶を飲む。彼女の人生が題材ということもあり、ティプトリー賞改称後のいま読むとさらに切ない。「宇宙流」は武宮九段の棋風に取材した囲碁SFで、宮内悠介「盤上の夜」の前年に韓国でこんな短編が書かれていたとは。他に、ほのぼのとした結末が印象的な貴種流離譚「雨上がり」など。

 女性作家の短編集つながりで、松崎有理『イヴの末裔たちの明日』(創元日本SF叢書)★★★½は、書き下ろし2編を含む全5編。ベストは、ビール暗号の解読に人生を捧げた19世紀のトレジャーハンターとビール予想の証明に人生を捧げた21世紀の数学者の末路を描く120ページの中編「ひとを惹きつけてやまないもの」(巻末の「方舟の座席」と話がつながる)。『時を歩く』初出の「未来への脱獄」は獄中でタイムマシンづくりに邁進する話。『Genesis 一万年の午後』初出の表題作はAIに仕事を奪われた主人公の治験バイトを描く。

 その松崎有理もふたたび寄稿する『Genesis 白昼夢通信』(東京創元社)★★★½は、書き下ろし《創元日本SFアンソロジー》の2冊目。ベストは空木春宵「地獄を縫い取る」。児童買春摘発用に開発された囮AIと室町時代の遊女・地獄太夫の逸話(山東京伝「本朝酔菩提」)を重ねて、重い衝撃を与える。他に、火星でピアノを調律する水見稜の音楽SF「調律師」、川野芽生の表題作、門田充宏の珊瑚シリーズ最新作、高島雄哉のSF考証SF、石川宗生の〝怪物〟小説など。

 ルーシャス・シェパード『タボリンの鱗』(内田昌之訳/竹書房文庫)★★★★は、《竜のグリオール》シリーズ待望の2冊目。ともに本邦初訳の中編2編を収める。表題作の主人公は貨幣学者(骨董商)のタボリン。グリオールの鱗に触っていると、娼婦のシルヴィアともどもタイムスリップ(?)して、空飛ぶ若きグリオールに怯えつつ暮らすことに......。併録の「スカル」では、時代が21世紀にまで到達。死んだグリオールの頭蓋骨が運ばれた中米の国テマラグア(グアテマラがモデル)を舞台に、過剰なセックスと暴力がむせかえるような濃密さで描かれる。骨になっても影響力を失わないグリオールの圧倒的な存在感とシェパードの恐るべき筆力が冴えわたる、独特すぎるモダンファンタジーだ。

(本の雑誌 2020年3月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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