全SFファン必携『伊藤典夫評論集成』がついに出た!
文=大森望
どどどーん!!! 40年待ち続けた本がついに出た。近くば寄って目にも見よ、1400ページ函入りの『伊藤典夫評論集成』(国書刊行会)である。〈宇宙塵〉初投稿(当時15歳)に始まり、「SFスキャナー」、伝説の「世界名作文学メチャクチャ翻訳」から数十部のコピー誌にしか載ってない連載まで、60年分の原稿すべて(訳者あとがきを除く)が詰まっている。SF界のオピニオンリーダーとかなんとかいうより、伊藤典夫こそがSFだった時代。内容を紹介しはじめると何ページあっても足りないので、むしろこの機会に伊藤典夫特集号を出してほしい。SFファンを自認する人はSFの新刊10冊と引き換えにしても購入不可避。
なので今月ほかの本は買わなくてもいいんですが、小説のほうの注目作は、第2回ゲンロンSF新人賞、第10回創元SF短編賞受賞者のデビュー作品集、天沢時生『すべての原付の光』(早川書房)★★★★。ポストサイバーパンクの速度と日本的な不良/ヤンキー/ヤクザ成分を掛け合わせ、笑いと暴力とアクションをぶち込んで突っ走る。表題作はイキり中学生が街一番の暴走族チームの「原付狩り」に遭い、巨大な特攻機械の鉄砲玉にされた挙句、光の彼方に消える。
〈「彼は」記者は驚きに声を詰まらせながら訊ねた。「どこへ行ったのですか」
「あいつは行っちまったのさ」不良は遠い目をして答えた。「厳正なる法定速度の裂け目の先、ジゴワットの向こうへ」〉
......と、まるでタランティーノが撮ったBTTFみたいだが、話はここからベイリー「ゴッド・ガン」不良版へと飛翔する。
その次は、驚安の殿堂ドン・キホーテ──じゃなくて超安の大聖堂サンチョ・パンサの世界7万余店が一斉に店舗拡大増殖現象買物災禍を起こして25年後の物語。要はドンキ版『横浜駅SF』だが、ネタにネタを重ねて圧縮陳列する情報密度とギャグ密度はまさに小説のドン・キホーテだ。
巻末の「ラゴス生体都市」は、法律で性交が禁じられ、全市民の心が情調制御される環境完全都市ラゴスを舞台に、ポルノ映画で反政府テロを試みる〈映画監督〉ことブギ・ナイツと、焚像官アッシュと、VCDで流通する出所不明の神映像をめぐる(意外と古風な)本格SF。
赤野工作『遊戯と臨界』(創元日本SF叢書)★★★★は、『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』以来8年ぶり2冊目の小説集。ゲームをモチーフにした短編11編(非SFも含む)を収める。「お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ」は、地球にいる語り手が月の宿敵と50年ぶりに格ゲーで再戦する話。60分の1秒(1F)が勝敗を分ける戦いで、1・3秒(77F)の遅延が生じる技をどう操るか。剣豪同士が刃を交える一瞬の思考を無限に長く引き延ばしたようなモノローグがスリリング。「これを呪いと呼ぶのなら」は、特定の事物に対する恐怖を脳にインストールする新作ゲームの記事を書くレビュアーが主人公。遊ぶと呪われると噂されるゲームだが......。巻末の書き下ろし「曰く」は、ゲーム実況系配信者がゲーマーの先輩の霊に憑かれている話を生配信するドタバタホラー。その他、「スペランカー」を題材にしたRTA小説や、「テトリス」の裏側を描く話、ヤクザがアトミックゴトの手口を告白する手紙など、さまざまなスタイルが楽しめる。
ロブ・ハート『パラドクス・ホテル』(茂木健訳/創元SF文庫)★★★½は、過去への時間旅行(超富裕層向け)ができる時間港に併設された豪華ホテルが舞台。時間犯罪取締局の腕利き調査官だったジャニュアリーは、謎の奇病・時間離脱症を発症したため、ホテルの警備主任に転属。財界の大物たちが集まるタイムトラベル事業売却商談サミットを控えてピリピリムードのホテルで次々に騒動が持ち上がる。突然の全便欠航、走り回る3匹の子恐竜、忽然と客室に現れた死体......。彼女はこのトラブルを解決できるのか? というわけで、ユーモアたっぷりに描かれるドタバタ時間SFミステリ(ウィリスっぽいところも少々)。途中ややダレるのが惜しい。
人間六度『烙印の名はヒト』(早川書房)★★★は、2075年、介護用ヒト型アンドロイド)のラブが施設の入居者カーラ・ロデリックに頼まれて彼女の首を締めるところから始まる。記憶が曖昧なまま準一級殺人で無期懲役を言い渡されたラブは、ヒトという烙印に抗い、自分が人間でないことを証明すべく逃亡する。反アシモフ的というか、逆「バイセンテニアル・マン」みたいな話が、アクションを大量に織り交ぜたサイバーパンク系ライトノベル風に語られる。
三崎亜記『みしらぬ国戦争』(集英社)★★★は20年ぶりに書かれた"となり町戦争2.0"。どことも知れない未確認隣接国家の侵攻により非平和状態に陥り、誰が敵で何が真実なのかわからない──という状況は奇妙に『雪風』的だが、この国には戦闘妖精がいないのでいまいち盛り上がらない。
鈴木光司『ユビキタス』(KADOKAWA)★½は、南極の氷床深くから掘り出された氷に含まれていた藍藻から災厄が広がるバイオSFサスペンス。70年代の田中光二(『大滅亡』『怒りの聖樹』)風の懐かしい味わい。ヴォイニッチ手稿(カラー口絵つき!)とか出てきて本気度が高い反面、SF的説得力は低め。
藍銅ツバメの第2長編『馬鹿化かし』(集英社)★★★は、死神に憑かれた八代目・山田朝右衛門が不老不死の半獣・服部半蔵(自称)とタッグを組んで怪異に立ち向かう幕末BL時代劇ホラー。後半はちょい真面目になりすぎたかも。
(本の雑誌 2025年6月号)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »