現代アメリカを描くコミカルでスリリングな『虚言の国』

文=橋本輝幸

  • ブリス・モンタージュ (エクス・リブリス)
  • 『ブリス・モンタージュ (エクス・リブリス)』
    リン・マー,藤井 光
    白水社
    3,080円(税込)
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  • 影犬は時間の約束を破らない
  • 『影犬は時間の約束を破らない』
    パク・ソルメ,斎藤 真理子
    河出書房新社
    2,640円(税込)
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  • 動物工場
  • 『動物工場』
    ノヴァイオレット・ブラワヨ,川副 智子
    早川書房
    4,290円(税込)
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  • 虚言の国  アメリカ・ファンタスティカ
  • 『虚言の国  アメリカ・ファンタスティカ』
    ティム オブライエン,村上 春樹
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    3,630円(税込)
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 リン・マー『ブリス・モンタージュ』(藤井光訳/白水社二八〇〇円)は一九八三年に中国福建省で生まれたリン・マーの、パンデミック・アポカリプス長編『断絶』に続く二冊目の日本語訳だ。短編集で、主人公は著者と同じ中国系移民の女性ばかり。表現の工夫や超常的な設定で、日々の生活を誇張するのが著者のスタイルだ。

「イエティの愛の交わし方」ではバーで知り合い、自宅へついていった男が実はイエティだと告白し、正体をあらわす。語り手は彼からもらったパンフレットと身をもってイエティの習性を学んでいく。「戻ること」ではアメリカから夫のルーツである架空の小国ガルボザに訪れた作家が、夜に地中に埋められ朝に掘り返されると(無事であれば)望み通りのより良い人間に生まれ変わるという伝統儀式「朝の祭り」に参加した夫を待ち受ける。中盤まではこのように主人公の異性パートナーとの関係に軸足を置いた話が多いので、世代や性別が同じ読者の中にはしみじみ共感できる人もいるだろう。ただし著者は女性を被害者として書くだけではない。「G」で書かれるのは中国系アメリカ人で幼なじみの女性二人の、母親の思惑や環境のせいもあって絡み合い、こじれた関係だ。「明日」では予期せぬ妊娠をしたイヴが、言葉も通じない中国の大おばの家に滞在する。イヴは徹底的に孤独だ。一人で生み育てる子ども、キャリア、混迷を深める社会だけでも手に余るのに、胎児の片腕だけが股から飛び出した異常な妊娠状態に見舞われる。たとえ女性同士であってもおだやかな関係を保てるとは限らないし、何があろうと人生は続くのである。

 パク・ソルメ『影犬は時間の約束を破らない』(斎藤真理子訳/河出書房新社二四〇〇円)は、一九八五年生まれの韓国人作家パク・ソルメによる短編集。連作短編集ではないが、人類の冬眠が可能となり、冬眠者の付き添い人が「ガイド」と呼ばれ、認定資格がある職業になっている設定が各作品に共通する。

 疲れきった人たちは人生の過酷さから逃れ、一時の休息を求めて冬眠を取る。翻訳者の解説でも指摘されているとおり、生きていくために我々には「散歩と友情が要る」のだ。冬眠者たちにはガイドがいるし、疲れたガイドの前には犬の霊のような「影犬」が現れ、「断固として散歩を要求」する。血縁や婚姻、恋愛といった強い絆と見なされがちな関係ではなくても、かりそめの関係であっても他者の支えになれるのだ。そんな希望を書きつつも、著者は冬眠が万人に許されているわけではなく、バカンスと同じくもっぱら恵まれた者が活用できるという設定でひやりとさせてくる。舞台となる都市はさまざまで、日本語版のために旭川が舞台の話が書き下ろされている。

 ここまで紹介した二冊はいずれも、ミレニアル世代の一般市民のリアルな暮らしを幻想を織り交ぜて書いている。残る二作は対照的に日常からかけ離れた物語だ。

 一九八一年生まれの米国人作家ノヴァイオレット・ブラワヨの『動物工場』(川副智子訳/早川書房三九〇〇円)も現代社会を描いているが、歴史的事件に居合わせた者たちに脚光を当て、非常にドラマティックである。原題はGlory(栄光)だ。著者は、自身のルーツであるジンバブエのムガベ大統領政権時代を寓話として書き直し、独裁やクーデター、選挙や弾圧の顛末を語っている。キャラクターはすべて動物。架空の国ジダダの建国の父にして老いたる独裁者オールド・ホース、その年の離れた妻のロバ、ドクター・スウィート・マザー、久々に故郷へ帰還して自身の家族史と国家の歴史を知る雌山羊デスティニーといった具合に。視点動物は次々変わり、SNSの投稿もしばしば差しはさまれ、文体で冒険しているページもある。なお動物たちはきわめて擬人化されている。

 さて最後に紹介するティム・オブライエン『虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ』(村上春樹訳/ハーパーコリンズ・ジャパン三三〇〇円)は、ベトナム戦争もので知られるティム・オブライエンの二〇年ぶりの長編小説だ。しかも著者も翻訳者も七〇代後半だが、かなりの大作である。クライムフィクションであり、ロードノベルで、まさに現代アメリカを描いた小説だ。物語はボイド・ハルヴァーソンなる中年男がカリフォルニアの小さな町フルダで銀行強盗するシーンから幕を開ける。

 かつては気鋭の記者だったが、今は百貨店店員兼フェイクニュース職人に落ちぶれ、妻とも離婚したこの男、アルコール中毒ではあるが基本的には温厚で真面目だ。そんな彼が自分の預金とほぼ同額を奪い、窓口で働く女性アンジーを誘拐して道連れにしたのはなぜかといえば、元妻や隠居した億万長者であるその父親との間にけじめをつけるためだった。ところが銀行経営者の夫妻は長年不正に手を染めていて強盗被害を警察に届けられないし、犯罪歴のあるアンジーの恋人は嫉妬に駆られて追いかけてくる。さらに追手や関係者はどんどん増えていく。この奇妙な旅のゆくえと、ボイドと元妻や元義父が抱える秘密が、物語の推進力となる。

 本書は嘘や悪事が、他人を出し抜くために当然の手段になった世の中に対する哀歌だ。天才的嘘つきで自分の本名や経歴もすべて嘘で塗りつぶしてきたボイド以外の登場人物も、多かれ少なかれ嘘をまとい、自らを偽っている。後半ではコロナ禍やマスク、ワクチンを巡る騒動も描かれ、著者がフェイクニュースや陰謀論が幅を利かせる現在に真っ向から挑んだことがわかる。ときにコミカル、ときにスリリングで最後まで目が離せない。ハッピーには終わらないが後味は悲しみだけではない。

(本の雑誌 2025年6月号)

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●書評担当者● 橋本輝幸

1984年生まれ。書評家。アンソロジストとして『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』、共編書『走る赤 中国女性SF作家アンソロジー』、自主制作『Rikka Zine vol.1』を編集。
現在、道玄坂上ミステリ監視塔(Real Sound)や「ミステリマガジン」新刊SF欄に寄稿中。

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