評伝に列伝、大全と研究のノンフィクション祭りだ!
文=大森望
今月は当欄開闢以来のノンフィクション祭り。中でも最大の目玉は、原書刊行から20年を経てついに邦訳されたジュリー・フィリップス『男たちの知らない女 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの二つの生涯』Ⅰ・Ⅱ(北川依子訳/国書刊行会)。SF史上最大の伝説となった作家の人生を膨大な資料を元に丹念にたどり、ヒューゴー賞、ローカス賞のほか、全米批評家協会賞の伝記部門まで受賞した傑作評伝。Ⅰのラストでティプトリーが誕生し、Ⅱではデビュー後の〝彼〟が多数のSF関係者たち(ディック、エリスン、マルツバーグ、ル・グィン、ラス......)と交わした膨大な書簡が縦横無尽に引用され、汲めども尽きぬ面白さ。SFファン的に多少の違和感を抱く部分が(原文にも訳文にも)ないではないが、SF作家の評伝としてはオールタイムベスト級。ティプトリー読者は必読。
版元つながりで、礒崎純一『幻想文学怪人偉人列伝 国書刊行会編集長の回想』(筑摩書房)も最高に面白い。澁澤龍彥、松山俊太郎、種村季弘、矢川澄子......と主に各章ひとりずつ紹介され、最後は国書刊行会の創業社長・佐藤今朝夫で締めくくる。それぞれの〝怪人〟話がたいへん楽しいが、須永朝彦の晩年はなんとも切なく、山尾悠子はお茶目でキュートに描かれる。幻想文学愛好者必読。
日下三蔵編『筒井康隆エッセイ集成2 記憶の断片』(早川書房)は昭和時代の雑文のうちSF以外を収めた巻だが、「補遺」には前巻から漏れたSF系エッセイも少々。とりわけ「インサイドDAICON」が爆笑です。隔世の感。
『ライトノベル大全』(細谷正充・三村美衣・タニグチリウイチ・太田祥暉編著/時事通信出版局)は、ライトノベル50年の歴史から500タイトルを厳選して解説する保存版ブックガイド。中盤からだんだん未読本が増えてきて、最後の10年分は知らない本だらけなのでたいへん助かる。500点ガイドというのはちょうどいい分量で、この方式で『日本SF大全』と『世界SF大全』が出せそう。本の雑誌社さんどうですか。
近藤銀河・水上文・中村香住『はじめての百合スタディーズ』(太田出版)は、副題どおり〝クィア/フェミニストの視点から〟百合のあれこれを語る鼎談本。漫画・アニメ・ドラマに比べて小説の比重は低いが、SFマガジンの百合特集には再三言及される。客観的に歴史を整理したエリカ・フリードマン「アメリカの百合文化」と品田玲花「『百合』の歴史」も収録。まるで不案内な分野なのでこれまた勉強になります。
今春は小説も豊作。最大の目玉は、ロバート・ジャクソン・ベネット『記銘師ディンの事件録 木に殺された男』(桐谷知未訳/早川書房)★★★★★。昨年のヒューゴー賞と世界幻想文学大賞を受賞、MWA賞の最終候補にもなった異世界ミステリだ。舞台の神聖カナム大帝国では毎年雨季に巨獣リヴァイアサンが襲ってくるため、巨大な防壁を幾重にも築き、その血を利用した生体改変技術で人体を強化している。主人公は、州司法省捜査官アナの助手に任官した新米の記銘師ディン。鋭敏すぎるゆえにいつも目隠しをして部屋から出ない名探偵アナにかわって現場に赴き、その特殊能力ですべてを記憶し報告する。沿岸部の豪邸で技術省の高官が体から木を生やして死んだ事件の捜査に臨んだ急造コンビは、やがて帝国を揺るがす巨大な陰謀に挑むことに。設定的には異世界ファンタジーだが、感触はかなりSF寄り。『図書館の魔女』の主役コンビが安楽椅子探偵とその助手になった感じ? 本格ミステリ度は思ったより低めだが、キャラよし舞台よしガジェットよし、クライマックスの謎解きシーンもすばらしい。『侵蝕列車』と『タイタン・ノワール』を足して3割増しにしたくらいの面白さなので、現時点では今年度のベストSF長編最有力候補。
北清夢『漂泊の星舟』(金子浩訳/ハヤカワ文庫SF)★★★は日本とアメリカにルーツを持つ女性作家のデビュー長編。世界各国から選抜された若い女性80人(プラス精子バンク)を乗せて、人類の新天地となるべき惑星Xに向けて旅立った移民船フェニックスで爆発事故が発生。主人公のアスカ・ホシノ=シルバは探偵役として事件の真相を探る。一方、船は爆発により進路を逸脱。2日以内に元に戻さないと目的地にたどりつけない。カットバックで挿入される過去パートではクルー選抜アカデミーの日々が学園ものっぽく描かれる。設定的には『アマング・アス』+『2001年』か。母親がQアノン的な陰謀論にハマってアスカと対立したり、クルーの多くが身重だったり、航行中に地球で戦争が勃発したりとYAの割に盛りだくさんだが、うまくまとめ切れていない。
マット・ディニマン『冒険者カールの地球ダンジョン1』(中原尚哉訳/ハヤカワ文庫SF)★★★★は、シリーズ累計400万部を突破した大ヒットLitRPG(ゲームのルールや数値がそのまま書いてあるRPG小説)開幕編。『銀河ヒッチハイク・ガイド』風の導入から、生き残った少数の人類が宇宙人のつくった地球ダンジョンに放り込まれ、全宇宙の視聴者の前でデスゲームを繰り広げる。主人公は窓から逃げた猫のドーナツを捕まえようと恋人のクロックスをつっかけて外に出たとたん地球壊滅に遭遇。猫と一緒に辛くも生き延びたが、ズボンも穿いてないまま阿鼻叫喚のダンジョンで敵キャラを殺しまくる羽目に。猫は知性化されて人語をしゃべり、目からビームを発射します。『D&D』と『GANTZ』と『イカゲーム』を混ぜてブラックコメディ化した「なろう系」というか、グローバルオタク小説の極北。面白いよ。
(本の雑誌 2026年5月号)
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- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »









