芦辺拓『鶴屋南北の殺人』の入れ子構成に唸る!

文=千街晶之

  • 鶴屋南北の殺人 (ミステリー・リーグ)
  • 『鶴屋南北の殺人 (ミステリー・リーグ)』
    芦辺 拓
    原書房
    2,090円(税込)
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  • 杜子春の失敗 名作万華鏡 芥川龍之介篇 (光文社文庫)
  • 『杜子春の失敗 名作万華鏡 芥川龍之介篇 (光文社文庫)』
    小林 泰三
    光文社
    770円(税込)
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  • 君に読ませたいミステリがあるんだ
  • 『君に読ませたいミステリがあるんだ』
    東川 篤哉
    実業之日本社
    1,650円(税込)
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 思えば、もう十年ほど前からだろうか──『このミステリーがすごい!』や『本格ミステリ・ベスト10』の近況欄に、芦辺拓がひとつのタイトルを、原書房から刊行予定として毎年のように記すようになったのは。一向に出ないので、刊行前に担当編集者が定年を迎えるのではとハラハラしていたのだが、このたび、ようやく上梓されたのが『鶴屋南北の殺人』(原書房)だ。ロンドンで発見された四世鶴屋南北の幻の戯曲が京都で上演されようとしていた。交渉のために弁護士の森江春策が京都へ赴いたところ、劇場に死体が出現した。江戸と現代、舞台と現実が交錯する謎を森江はいかに解明するか。

 現代の事件の謎もさることながら、最も魅力的なのは作中の南北の戯曲だ。「仮名手本忠臣蔵」の登場人物を借用しながら、原典とも史実の赤穂事件とも似ても似つかない、あまりにも不可解な内容となっているのだ。ただ私の場合、著者のTwitterでの発言をチェックしていたせいで、戯曲に秘められた意図自体は早い段階で予想できてしまったのだが、その推測が正しければどう考えても堂々と上演できる筈がない戯曲を南北はどうするつもりだったのか......というところまでは見抜けなかった。室町時代に仮託して当時の世相を批判した「仮名手本忠臣蔵」を踏まえて南北がある人物を自身の戯曲で批判し、それが著者自身による現代の世相への批判と重ねられている......という三重の入れ子構成が周到だ。その批判がまさに二〇二〇年現在の世相に刺さるあたり、結果的にはこのタイミングでの刊行が正解だったかも知れない。

 今年六月、小林泰三はなんと三冊の新作を上梓した。ここでは、そのうち連作短篇集『杜子春の失敗 名作万華鏡 芥川龍之介篇』(光文社文庫)を紹介したい。女子中学生が本の中の杜子春から語りかけられる......という幕開けの表題作をはじめ、四つの収録作ではいずれも、芥川の作中人物と、現実世界のキャラクターとが超自然的なかたちで邂逅する。

 著者特有の残酷趣味が見られるとはいえ、最初の二篇は思いがけず"いい話"として着地するので、その点はあまり著者らしくないと思いつつ読んだが、第三話「河童の攪乱」では、何の必然性もなくグロテスク描写が数ページに亘って大暴走。そして最終話「白の恐怖」では、著者の過去の作品でお馴染みのあの人も乱入、邪悪極まりない展開を見せる。余人に模倣不可能な著者ならではのアクの強い作風に浸れる一冊であり、第二弾の太宰治篇も楽しみだ。

 ユーモア本格ミステリの第一人者・東川篤哉の新作『君に読ませたいミステリがあるんだ』(実業之日本社)は、久々の鯉ヶ窪学園シリーズ。文芸部に入部希望だった「僕」は、第二文芸部の部長にして唯一の部員である上級生・水崎アンナによって部室に連れ込まれてしまう。アンナは「僕」に、ある原稿を読むよう強制する。それは、彼女が執筆した犯人当てミステリだった。

 著者の小説としては初めての作中作ミステリである。原稿の中に執筆者の水崎アンナが「水咲アンナ」という名前で登場、美化された名探偵を演じているのはともかく、動機が説明されないなどミステリとして穴が多く、読み終えた「僕」がいちいち突っ込みを入れるのが楽しいが、そうした意図的に用意された穴を除けば、著者お得意のアリバイトリックが冴える短篇が多い。しかも、アンナが何故作中の原稿を執筆したのか......という謎が「僕」と読者に突きつけられる、一種のホワイダニットとしても楽しめる。

 同じく犯人当て小説が作中作になっている趣向ながら、続けて読むとあまりの印象の違いに驚かされるのが竹本健治『これはミステリではない』(講談社)だ。どこまで内容に踏み込んで紹介していいのか迷う作品だが、『汎虚学研究会』に登場した四人の高校生が、大学のミステリクラブのメンバーとともに推理合戦を繰り広げる......ということまでは記して構わないだろう。

 作中作と現実の事件の二重の謎解きが主軸ではあるけれども(作中作が現実パートの人物をモデルにしている点や、濃霧の描写などは著者のデビュー作『匣の中の失楽』を想起させる)、『汎虚学研究会』所収の「闇のなかの赤い馬」がそうだったように、登場人物が見る夢が絡んでくるなど、謎解きは必ずしもストレートには進まない(荒巻義雄の『カストロバルバ エッシャー宇宙の探偵局』などと通じる夢ミステリとも言える)。結末は呆気に取られるようなものであり、思わず本書を最初から......というより、『汎虚学研究会』に遡って最初から再読したくなる。

 第六十二回メフィスト賞を受賞した五十嵐律人の『法廷遊戯』(講談社)は、本来なら五月に刊行される予定だったが、コロナ禍の影響で七月刊となった。著者は法学部を卒業し司法試験に合格しており、作中の詳細な法律の知識はその勉学の副産物だろう。

 主人公の久我清義が通うロースクールでは、「無辜ゲーム」という模擬裁判が行われている。その過程を描く第一部は、円居挽の「ルヴォワール」シリーズなどと通じる"擬似法廷ミステリ"と言うべき内容だが、それから時が流れて清義が弁護士になった第二部は、実際の法廷を舞台にしたミステリになっている。この二重構成は、ミステリ史上類例がないと思われる。しかも、法廷闘争のスリリングさを描くリーガル・ミステリであると同時に、どんなに些細に見えるエピソードにも一切無駄が存在しない本格ミステリにして、悲傷感漂う青春小説でもあり、そのすべての要素で水準を超えている。今年屈指の注目すべき新人の登場だ。

(本の雑誌 2020年9月号掲載)

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●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

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