怒りの声をあげる女性たちを見よ!

文=小山正

  • 罠 (新潮文庫 ハ 59-3)
  • 『罠 (新潮文庫 ハ 59-3)』
    キャサリン・R・ハワード,髙山 祥子
    新潮社
    1,100円(税込)
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  • 夜を駆ける女たち (ハヤカワ・ミステリ)
  • 『夜を駆ける女たち (ハヤカワ・ミステリ)』
    ジェシカ・ノール,国弘 喜美代
    早川書房
    3,300円(税込)
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  • ウーマン・トーキング ある教団の事件と彼女たちの選択 (角川文庫)
  • 『ウーマン・トーキング ある教団の事件と彼女たちの選択 (角川文庫)』
    ミリアム・テイヴズ,鴻巣 友季子
    KADOKAWA
    1,518円(税込)
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  • イーストレップス連続殺人 (海外文庫)
  • 『イーストレップス連続殺人 (海外文庫)』
    フランシス・ビーディング
    扶桑社
    1,650円(税込)
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  • ジョン・サンストーンの事件簿(上) (ナイトランド叢書 5-1)
  • 『ジョン・サンストーンの事件簿(上) (ナイトランド叢書 5-1)』
    マンリー・ウェイド・ウェルマン,渡辺 健一郎,待兼 音二郎,岡和田 晃,徳岡 正肇
    書苑新社
    2,640円(税込)
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 この一ヶ月で、犯罪被害を受けた女性の決意と行動を描く小説を続けて読んだ。男性の暴力と殺人に怒りの声をあげ、生の尊厳を追求する女性たちの物語である。どれも衝撃的な作品だった。

 一冊目は、アイルランドの作家キャサリン・ライアン・ハワードの長編『罠』(髙山祥子訳/新潮文庫)。著者は、遠いアメリカやTV映画の出来事に過ぎなかった凶悪犯罪が、近隣で起きるようになった不気味さを危惧。一九九〇年代にダブリン近郊で起きた連続失踪事件をヒントに、現代を舞台に拉致犯罪物を上梓した。

 被害者たちの家族や、警察の捜査陣、ジャーナリスト、犯人等の動向が多元描写され、徐々に奇怪な真相が明らかになる。特に行方不明の妹を探す姉ルーシーの存在は鮮烈で、一向に進まない捜査を厳しく批判。警察組織の欺瞞を厳しく告発する。従来は、こうした被害者側の怒りは描かれなかったと思う。失踪物の新機軸に挑む著者の気骨を感じさせる要素である。ただし、最後に明かされる事件の真相は、やや凡庸に思えた。好き嫌いが分かれるかも。

 二冊目は、アメリカの作家ジェシカ・ノールの長編『夜を駆ける女たち』(国弘喜美代訳/ハヤカワ・ミステリ)。一九七〇年代に全米を震撼させたシリアル・キラー事件をもとに、被害者の立場から不正義の構図に迫るスリラーだ。

 この種の事件では犯人は注目されるが、被害者のことはないがしろにされる、と著者は憤る(本文中でも犯人の実名は伏せられている)。かくして物語は、女性被害者たちと周辺人物を中心に過去・現在が交錯。彼女たちと犯人との謎めいた運命が語られてゆく。

 大学女子寮で学生四人が襲われ、二人が死に二人が重傷を負った。大学生パメラは死んだ友人のために犯人を追う決意をする。そんな彼女の前に、かつて同じく親友を殺された女性ティナが現れた。彼女は何者なのだろう?

 被害者側を描くのは、村上春樹のノンフィクションで、地下鉄サリン事件の被害者たちを追う『アンダーグラウンド』のテイストに近い。が、本書は完全にフィクション。いくつものエピソードにより、事件の埋もれた部分が徐々に明らかになる。

 先の『罠』で描かれた捜査側の怠慢は、本書ではより厳しく辛辣に指弾されている。また、狡猾で天才と称された連続殺人鬼の肖像は、捜査側の不備を言い訳するために作られたイメージではないのか? 被害者は男性優位主義で殺されたのではないか?──といった女性側の疑義は、現代社会の歪みを浮かび上がらせる。そして、被害者女性とその周囲は、事件後も長く消えない〈複雑な悲しみ〉に苦しめられる、という。その悲しみをどのように乗り越えるのか? はたしてそれが可能なのか? という問いを模索するのが、本書の真髄。寂寞たる想いを誘う作品だが、現代犯罪小説としての深みは無類であろう。

 三冊目は、カナダの作家ミリアム・テイヴズの長編『ウーマン・トーキング』(鴻巣友季子訳/角川文庫)。南米ボリビアの人里離れたキリスト教系コロニーで実際に起きた女性連続レイプ事件をもとに、被害者たちの人生の選択が描かれる。

 読み書きができず家事能力しかない女たちは、何もせずに村に留まるか? 立ち去るか? 逃げ出すか? 男たちへ要求を示し、闘うか?──について激論を交わす。純粋なミステリではないけれど、暴力と犯罪に対して声を上げた女性たちの、進むべき方向を模索するディスカッションが凄まじい。

 シリアスな本が続いたので、残りは楽しいミステリを。英国作家フランシス・ビーディングの長編『イーストレップス連続殺人』(小林晋訳/扶桑社ミステリー)は、一九三一年刊行のクラシック作品だが、これまた死者数が多い。英国北東イーストアングリアの海岸保養地に謎の殺人鬼が跋扈。地元警察の捜査を嘲笑うように、次々に死体が転がる。

 著者は、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画『白い恐怖』(一九四五)の原作者で知られ、本書も代表作ながら本邦未訳だった。ビル・プロンジーニ&マーシャ・マラー編纂のベストミステリ解説本"1001 Midnights"(未訳)でも評価が高く、英国のミステリ作家&研究家のマーティン・エドワーズが近年注目、復刊されたことでも知られる。でも古さは否めない。しかし、英国ミステリらしい一筋縄ではいかない人間模様と、残酷なユーモア感覚、そしてイーストアングリア独特の澱んだ空気感がしみじみと味わえる。後半の法廷シーンは緊迫感があり、意外性も充分。大量殺人の動機もひねりがある。暑い夜にオススメの、怖くて粋な殺人劇である。

 マンリー・ウェイド・ウェルマンの短篇集『ジョン・サンストーンの事件簿〈上〉』(渡辺健一郎・待兼音二郎・岡和田晃・徳岡正肇訳/アトリエサード)も旧作発掘。一九四〇年代のアメリカのパルプ雑誌に書かれたオカルト探偵譚をまとめた傑作選だが、今読んでも痛快だ。著者は、十九世紀末の火星人侵略を描くパスティーシュ長編SF『シャーロック・ホームズの宇宙戦争』(一九七五)や、〈銀のギターのジョン〉がバラードを歌いながら妖怪と対峙する傑作短篇集『悪魔なんかこわくない』(一九六三)で知られる必殺のB級作家。

 孤高のオカルト探偵サンストーンは、ニューヨークに甦った妖魔〈ショノキン〉と、知力と体力を駆使した死闘を繰り広げる。同時代の怪奇幻想作家シーベリー・クインが生み出した、これまたB級のオカルト探偵ジュール・ド・グランダン博士がゲスト出演する趣向も愉快。鶴首で下巻を待つのだ。

(本の雑誌 2025年8月号)

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●書評担当者● 小山正

1963年、東京都生まれ。ミステリ・映画・音楽に関するエッセイ・コラムを執筆。
著書に『ミステリ映画の大海の中で』 (アルファベータブックス)、編著に『バカミスの世界』(美術出版社)、『越境する本格ミステリ』(扶桑社)など。

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