クリスティーに挑む『9人はなぜ殺される』は問題作だ!

文=小山正

  • 9人はなぜ殺される (創元推理文庫)
  • 『9人はなぜ殺される (創元推理文庫)』
    ピーター・スワンソン,務台 夏子
    東京創元社
    1,320円(税込)
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  • 復讐の岐路 (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 2)
  • 『復讐の岐路 (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 2)』
    J・B・ターナー,山中 朝晶
    早川書房
    3,080円(税込)
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  • 罪に願いを (集英社文庫)
  • 『罪に願いを (集英社文庫)』
    ケン・ジャヴォロウスキー,白須 清美
    集英社
    1,155円(税込)
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  • 裁きのメス (新潮文庫 ム 3-1)
  • 『裁きのメス (新潮文庫 ム 3-1)』
    リツ・ムケルジ,小西 敦子
    新潮社
    1,100円(税込)
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  • シャンパンは死の香り (論創海外ミステリ)
  • 『シャンパンは死の香り (論創海外ミステリ)』
    レックス・スタウト,渕上痩平
    論創社
    2,530円(税込)
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  • 人盗り合戦 (論創海外ミステリ)
  • 『人盗り合戦 (論創海外ミステリ)』
    レックス・スタウト,鬼頭玲子
    論創社
    2,750円(税込)
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 今月はアメリカが舞台の作品ばかりである。

 トリッキーな長編『そしてミランダを殺す』等で知られる作家ピーター・スワンソンの新作長編『9人はなぜ殺される』(務台夏子訳/創元推理文庫)は、アガサ・クリスティーの長編『そして誰もいなくなった』aの華麗な変奏曲だ。九人の名前が載るリストが本人宛に郵送され、受け取った直後から、彼らが次々に死ぬ。捜査陣は挑発的な犯人と被害者とを繋ぐミッシング・リンクを追い、生存者を監視下におく。しかし、警察の努力も虚しく、殺人は続いた。

 捜査を担うサム刑事がミステリマニアだったり(クリスティー、ディック・フランシス、ルース・レンデルが好き)、他の登場人物もジョン・D・マクドナルドの〈トラヴィス・マッギー〉物や、ケイト・アトキンソンの〈探偵ブロディ〉物を読んでいたりと、著者らしいブッキッシュな雰囲気が楽しい。

 さらに著者は『そして誰もいなくなった』にオマージュを捧げ、同時に破壊と創造を試みる。特に大量殺人の動機は、アメリカの犯罪小説らしい異常さがあって、英国ミステリと違うバッドテイストな味わいだ。ただし、真犯人の告白は、ツッコミどころがなくもない(例えば、リストを作った理由が弱かったりする)。しかし、ラストは救いがあり、読後感は爽やかだ。

 J・B・ターナーの長編『復讐の岐路』(山中朝晶訳/ハヤカワ・ミステリ)は、法を超える報復がテーマの犯罪小説。ジャーナリストの妻を殺されたニューヨーク市警刑事ジャックは、警官の弟とともに犯人を追い、捨て身の復讐に挑む。事件の背景にリベラル層や多様性への嫌悪、ディープ・ステートによる謀略説などが入り乱れ、まさに今のアメリカそのもの。でも、と思う。物語にもう少し深みが欲しいなあ。というのも、犯罪に対峙する兄弟の罪と罰を描いた、昨年末刊行のジョー・ネスボの長編『失墜の王国』(鈴木恵訳/早川書房)と比べると、総じてアメリカンで薄味なのだ。手慣れた筆致ゆえに、サクサクと読めるのだが──。

 ケン・ジャヴォロウスキーの長編『罪に願いを』(白須清美訳/集英社文庫)は、「罪」に対峙する市民の運命を、多視点で語る犯罪小説。主人公はペンシルヴェニア州の田舎町に住む三人。火事に遭遇したボランティア消防隊員ネイサン、顔面変形症の看護師キャリー、ガススタンドの従業員アンディは、理不尽な出来事や不幸に次々と襲われる。その状況がなんとも悲惨で、読んでいて息が詰まりそうになる。しかし、屈しない三人の人間的な魅力のおかげで、思わず「ガンバレ!」と応援したくもなるのだ。そんな彼らの人生が、アクロバティックに交わる構成が大変見事だった。

 舞台が同じペンシルヴェニアでも、リツ・ムケルジの長編歴史ミステリ『裁きのメス』(小西敦子訳/新潮文庫)は、南北戦争後の一八七五年の物語。
 主人公リディアは女子医学校の教師兼医師。当時女性は、性的に劣り、強くなく、ヒステリーを起こしがちと差別されていた。女性医師を認める人々は少なかったが、リディアは偏見をものともせず、果敢に仕事に励む。そんなある日、彼女の患者アンナが水死体で見つかった。リディアは、フィラデルフィア警察のデーヴィス巡査部長やヴォルカー警部補とともに、怪死の謎に挑む。

 著者が医師だけあって解剖シーンが圧巻。また、チェスが好きという警官コンビの捜査が論理的で、名探偵顔負けの推理力を発揮する。死者が残した手帳の詩を巡り、良い感じの古本屋のオヤジも登場。ビブリオミステリ風の味わいもあったりするのだ。とにかくエピソードが豊富で、歴史的な空気感や街の描写も濃密。展開の妙もあり、会話のテンポも良く、尋問シーンもダレない。リディアが命がけで明かす悲劇的な真相も、胸に迫るモノがある。

 最後は今月の名著発掘。巨匠レックス・スタウトの名探偵ネロ・ウルフ物の長編が、半年で二冊も訳された。『シャンパンは死の香り』(渕上痩平訳/論創社)と、『人盗り合戦』(鬼頭玲子訳/論創社)である。どちらも一九五〇年代の円熟期の作品。

 このシリーズは、安楽椅子探偵の謎解き物と行動派ハードボイルドの二要素が、見事にブレンドされている。マンハッタンに住み、蘭を愛し、体重百二十キロ超のウルフは抜群の推理力を持つ。しかし性格は偏屈かつ尊大で、元祖「引きこもり」。一方、相棒アーチーは行動力のあるタフな助手で、皮肉屋の正義漢。彼らは互いの能力を補い合って、事件を解決する。

『シャンパン~』では、未婚の母たちが集うパーティで、参加女性の一人が衆人環視の中で毒を飲んで死ぬ。自殺とみる警察と、殺人説をとるアーチーが対立する中、ウルフは十一人の容疑者から犯人を推理。奇抜な毒殺トリックを明かす。

『人盗り合戦』では、ウルフの事務所に押しかけた女性が殺され、なんとアーチーが容疑者として逮捕される。しかもウルフまで関係者として連行され、事態は混迷を極めた。不遜なウルフは事件関係者から、「詐欺師」「殺人犯」「悪党」と罵倒されつつも、冷静沈着に謎を究明する。

 両作とも、ミステリ的な趣向の面白さに加えて、ウルフとアーチーの問答が抜群にいい。彼らの対話は深みと妙があって、人生の機微に迫るものがある。とはいえウルフの偽悪さが苦手という方もいるだろう。しかし、私は偽善よりも偽悪のほうが好みなので、造反精神でマイウェイを貫くウルフの生き方は、実にカッコいいと思う。

(本の雑誌 2025年9月号)

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●書評担当者● 小山正

1963年、東京都生まれ。ミステリ・映画・音楽に関するエッセイ・コラムを執筆。
著書に『ミステリ映画の大海の中で』 (アルファベータブックス)、編著に『バカミスの世界』(美術出版社)、『越境する本格ミステリ』(扶桑社)など。

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