『マーブル館殺人事件』の事件解決法は前代未聞!

文=小山正

  • マーブル館殺人事件 上 (創元推理文庫)
  • 『マーブル館殺人事件 上 (創元推理文庫)』
    アンソニー・ホロヴィッツ,山田 蘭
    東京創元社
    1,210円(税込)
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  • マーブル館殺人事件 下 (創元推理文庫)
  • 『マーブル館殺人事件 下 (創元推理文庫)』
    アンソニー・ホロヴィッツ,山田 蘭
    東京創元社
    1,210円(税込)
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  • アンジェリック (集英社文庫)
  • 『アンジェリック (集英社文庫)』
    ギヨーム・ミュッソ,吉田 恒雄
    集英社
    1,155円(税込)
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  • ハウスメイド (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『ハウスメイド (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    フリーダ・マクファデン,高橋 知子
    早川書房
    1,408円(税込)
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  • ビッグ・バウンス (新潮文庫 レ 11-2)
  • 『ビッグ・バウンス (新潮文庫 レ 11-2)』
    エルモア・レナード,高見 浩
    新潮社
    935円(税込)
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  • ホワイトハートの殺人 (ハーパーBOOKS)
  • 『ホワイトハートの殺人 (ハーパーBOOKS)』
    クリス チブナル,林 啓恵
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,430円(税込)
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 読書の秋、真っ只中。海外ミステリの刊行も賑やかで良作が多い。アンソニー・ホロヴィッツの長篇『マーブル館殺人事件』(山田蘭訳/創元推理文庫上下)は、前作『カササギ殺人事件』『ヨルガオ殺人事件』に続く人気シリーズ第三作だ。作中小説として〈名探偵ピュント物〉の長編がまるまる収録され、担当編集者スーザンがその長篇にまつわる現実の事件で命の危機に晒される、というパターンは今回も同じ。三番煎じのお味はどうかな?

 マンネリを打破すべく、作者ホロヴィッツはあの手この手で攻めてくる。すでにピュント物の著者アラン・コンウェイは故人なので、今回の作中作は別人による続編という設定だ。しかも執筆者が素行不良かつ憎しみと怒りが渦巻く一族の出身。それに起因する事件が、編集担当のスーザンに次々に降りかかり、いやはや今回も同情を禁じ得ない。

 著作権ビジネス華やかな昨今、露骨に金儲けに走る出版社の思惑が、皮肉まじりに描かれるのもアクセントになっている。また、スーザンを含む登場人物たちが作中作について、ああだこうだと出来を論じたり、ミステリ談議を交すのも、メタフィクションらしい楽しい趣向だ。さらに今回は、七十年前の事件を扱う作中作と、現在の事件との比較から、警察の捜査法の変化や犯罪風景の変貌といった新旧の違いも語られる。とまあ、細部にネタが満載なのだ。

 でも一番驚いたのが下巻後半の展開。スーザンとコンビを組んだ刑事ブレイクニーが、事件解決のためにとった「行動」が前代未聞だった。そこまでやるか! と思わせる入魂の解決提示法なのだ。こんな熱い想いの刑事には、私は過去出会ったことがない。でもこの仕掛けは賛否両論だろうなあ─なんて感じで、本書について呑み屋か喫茶店で、誰かと楽しく語り合いたいぞ。なお、作中で過去二作のネタバレがあるので要注意。事前に読んでおけば、本書の面白さは二倍・三倍になるだろう。

 フランスの作家ギヨーム・ミュッソの長編『アンジェリック』(吉田恒雄訳/集英社文庫)は『マーブル館殺人事件』より短いが、ミステリの衝撃度では負けていない。

 心臓病で入院中の元刑事タイユフェールの病室に、十七歳の少女ルイーズが現れ、音楽療法と称して生演奏でチェロを弾く。戸惑う彼は声を荒げて「出ていけ」と伝える。が、ルイーズは患者が元刑事だと知るや、唐突に「三か月前に事故死した母の謎を調べて欲しい」と依頼。かくして二人は急遽捜査コンビを組むことに─。

 病室でチェロ! なんともフレンチ・ミステリらしい始まりではないか。しかも、一見明るい性格のルイーズと、偏屈なタイユフェールの会話が軽妙で、「これぞエスプリ! 殺人ミステリは、こんな風にエレガントでないとね!」なんて浮かれて読み始めた。

 ところが─途中で目が点に。二人の究明が予想外の展開となり、しかも登場人物たちの怪物性が露わになるのだ。コロナ禍の閉塞感や、SNS通信による民主主義の弱体化、ペシミズムと不安感の蔓延、といった現代フランスの負の側面も漂う中、事件は奇怪にネジれてゆく。

 冒頭のエピグラフはミステリ作家パトリシア・ハイスミスとジョルジュ・シムノンからの引用だ。一筋縄ではいかない悪人たちを描き続けた二人の異能作家への、本作は作者ミュッソのオマージュなのだろう。他にも、ドストエフスキーやアンドレ・ジッド、フローベール、チェーホフ、コジンスキー、そして村上春樹の長編『海辺のカフカ』等の文学作品からの引用が示される。新旧様々な世界文学のエッセンスが交わる粋なミステリだった。

 フリーダ・マクファデンの長篇『ハウスメイド』(高橋知子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)は、よくある家政婦物かと思ったら、「なんとまあ!?」と驚く仰天作。元囚人で車上暮らしのミリーは、生活のために過去を隠しハウスメイドの仕事に応募、裕福な家に雇われる。が、彼女を待ち受けたのは、不条理と暴力の嵐だった─。ミリーの吐く皮肉や毒舌は、最初はユーモラスに響くが、やがて悲壮な叫びと化す。狂った親子関係が誘うヴァイオレンスの連鎖は、いやあ、恐ろしい。

 巨匠エルモア・レナードの長篇クライム・ノベル『ビッグ・バウンス』(高見浩訳/新潮文庫)は待望の本邦初訳。主人公ジャック・ライアンは元野球選手のさすらいの労働者。しかも空き巣狙いのコソ泥だ。そんな彼が悪女ナンシー・ヘイズに出会い、奇妙な犯罪計画と愛憎劇に巻き込まれる。一九六九年発表の初期作ゆえに荒削りだが、粋な即興ジャズを聴くような会話の応酬は絶品。五十セントでとうもろこし食べ放題というイベントで、いかに客をだまして儲けるか? なんて馬鹿話や、小悪党たちの下世話な逸話がポンポンと飛び出す。レナード、いいねえ。

 クリス・チブナルの長篇『ホワイトハートの殺人』(林啓恵訳/ハーパーBOOKS)は、英国のSFドラマ〈ドクター・フー〉やミステリドラマ〈ブロードチャーチ〜殺意の町〜〉等で著名なプロデューサー・脚本家の小説家デビュー作だ。イギリス南西部ドーセット州の田舎町で、頭部に鹿角を付け、裸で椅子に縛られた死体が見つかる。猟奇的な殺人か? 異教の怪奇信仰か? しかも百年前の事件との類似も浮上。ベテラン女性巡査部長ニコラと部下二人は、狭い田舎の錯綜する人間関係を抉る─と書くとキワモノ風に思えるが、実は端正なフーダニット劇。仕事中心で家庭を顧みなかったニコラが、生き方を見直す過程を描くサブストーリーも魅力的で、読後感は爽やかだ。

(本の雑誌 2025年11月号)

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●書評担当者● 小山正

1963年、東京都生まれ。ミステリ・映画・音楽に関するエッセイ・コラムを執筆。
著書に『ミステリ映画の大海の中で』 (アルファベータブックス)、編著に『バカミスの世界』(美術出版社)、『越境する本格ミステリ』(扶桑社)など。

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