『けだもの赤子』の内容がヒドすぎて、推薦できない!

文=小山正

  • けだもの赤子
  • 『けだもの赤子』
    エドワード・ゴーリー,柴田 元幸
    河出書房新社
    1,540円(税込)
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  • 死の烙印 1 (ハヤカワ・ミステリ)
  • 『死の烙印 1 (ハヤカワ・ミステリ)』
    ジャン=クリストフ・グランジェ,高野 優,坂田 雪子
    早川書房
    3,520円(税込)
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  • 死の烙印 2 (ハヤカワ・ミステリ)
  • 『死の烙印 2 (ハヤカワ・ミステリ)』
    ジャン=クリストフ・グランジェ,坂田 雪子,高野 優
    早川書房
    3,630円(税込)
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  • 瞬きすら許さない (創元推理文庫)
  • 『瞬きすら許さない (創元推理文庫)』
    ジョー・キャラハン,吉野 弘人
    東京創元社
    1,430円(税込)
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  • ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿 (角川文庫)
  • 『ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿 (角川文庫)』
    ロス・モンゴメリ,村山 美雪
    KADOKAWA
    1,540円(税込)
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  • サプライズ・エンディングス 罠 (文春文庫 テ 11-55)
  • 『サプライズ・エンディングス 罠 (文春文庫 テ 11-55)』
    ジェフリー・ディーヴァー,池田 真紀子
    文藝春秋
    1,760円(税込)
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 今月は巨悪を描く本が多い。まずは、エドワード・ゴーリーの絵本『けだもの赤子』(柴田元幸訳/河出書房新社)から。一九五三年に完成したが、出版社が刊行拒否。最終的にゴーリー自身が版元を作り、一九六二年に出版したいわく付きの書籍である。血まみれ・残酷・非道の限りをつくすメガトン級の「悪魔の赤ちゃん」の乱暴狼藉が、寓話風のイラストと文言で、三十ページ程で描かれる。〈奇妙な味〉もここまで不快だと、「ぎゃははは」と笑うしかない。しかし取り上げておいてナンだが、あまりに背徳的な内容ゆえに、この場では「非推薦」としておこう(物好きな方のみ、ぜひ)。

『死の烙印Ⅰ』『死の烙印Ⅱ』(高野優監訳・坂田雪子訳/ハヤカワ・ミステリ)は、フランスの作家ジャン=クリストフ・グランジェの新作長篇だ。ナチスの恐怖政治が蝕む一九三九年のベルリンで、上流階級の女性たちが子宮を抉られ次々に殺される。彼女たちは皆、睡眠時に〈大理石の男〉が現れる謎の夢を見ていた。この猟奇連続殺人に挑むのが、患者を恐喝し金を巻き上げる精神科医ジーモン、非情なゲシュタポ捜査官フランツ、アル中の精神病院長ミンナという曲者三人組。異形の容疑者や奇怪な物証が入り乱れ、やがて醜悪な闇の存在が浮かび上がる。

 上下二段組み。全二冊。計九百ページ超の大作だが、テンポが良くグイグイと読ませる。でも──実にイヤな話なのだ。純血種を残そうと「劣等人種」を抹殺。さらに、性的マイノリティ・病人・弱者等を排除・殺戮する──そんなナチズムの偏見と蛮行が背景の犯罪劇なので、所々で目を覆いたくなる。でも、と思う。これに似た状況が、私たちが生きる今、起きてやしないか? 小さな差別を端緒に、再び妄説が猛威を振るう恐怖の社会──。グランジェはエンタテインメントの形で、過去の悲劇を直視する意味と、それを未来へ繋げる視座を教えてくれる。

 そうだ、彼の小説を読むといつも思うことがある。それは、彼のデビュー長篇『クリムゾン・リバー』から前作『ミゼレーレ』に至るまで(ともに創元推理文庫)、どこか江戸川乱歩あるいは横溝正史風の探偵小説に似ている、ということ。今回も仮面を被る謎の犯人や、作中に登場する変なB級映画『宇宙の怪人』等の、日本の両巨頭を彷彿とさせるネタが登場する。偶然とはいえ、興味深い符合だ。

 英国の作家ジョー・キャラハンの長篇『瞬きすら許さない』(吉野弘人訳/創元推理文庫)も暴虐の極みを描く。ただし、そんな悪の凄さとは別に、事件の捜査方法が奇抜で、そっちのほうが驚きだった。

 英国中部ウォーリックシャー警察のキャット・フランク警視正は、上司からAIの人工知能捜査体〈エイド・ロック〉の試験運用を押しつけられる。彼女は「機械と組むなんて!」と困惑するが、お試し期間と割り切りチームを編成。AI開発者の黒人教授オコネドと部下二名が加わり、未解決の失踪人捜査が始まる。

 AI〈ロック〉は膨大なデータを一瞬で解析。人間離れした捜査アドバイスを示す。しかし、これだけではTVドラマ〈クリミナル・マインド〉に登場する優秀なコンピューターお姉さんと変わらない。本書が特異なのは、最新のアルゴリズム性能を持つAI〈ロック〉と、人間の能力と直感の良さにこだわるキャットが、捜査方針をめぐって火花を散らす点にある。ボケとツッコミの軽妙な推理問答もあるが、両者が弁証法的に議論を交わし、人間の直感とAIの処理能力が相まって、想定外の展開となるのだ。〈ロック〉はキャットの腕にブレスレット風に装着され、必要に応じて自身の姿を3Dホログラムで変幻自在に投影、捜査会議や現場に出没する。警察文化の破壊と創造を試みる現代ミステリとしても、近未来SFミステリとしても、本作は抜きん出ていた。

 悪→悪→悪ときたので、気分を変えて英国のコージー物、ロス・モンゴメリの長編『ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿』(村山美雪訳/角川文庫)を読もう。タイトルと設定が日本の〈新本格〉っぽい。

 舞台は一九一〇年、英国西部コーンウォール。満潮時に孤島と化す〈ワールズ・エンド〉に佇む屋敷〈タイズ館〉の主C・S−ウェルト卿は、「到来するハレー彗星の尾に含まれる有毒ガスで地球が汚染され、世界中に大変動が起こる!」と盲信する奇人だ。おりしも彗星最接近の日、彼が寝室でクロスボウに目を撃たれて殺される。当時屋敷は、毒ガス侵入を防ぐために窓や扉が密閉され、どの部屋も密室状態。事件の解決に、館に住む老令嬢デシマと若い従僕スティーブンが乗り出す。

 先に「新本格っぽい」と記したけれど、むしろ巨匠ジョン・ディクスン・カーの作風に近い。描かれる諸要素──殺された先代の幽霊の徘徊、蝋で塞がれた密室の鍵穴、凶器のクロスボウ、拷問具〈鉄の処女〉、不可解な鏡、謎の予知能力者、車椅子に乗る豪快な探偵──などはどれも、カーの密室ミステリでお馴染みのアイテムだ。もしかして著者はカー・マニアかな? とはいえ、怖さや不気味さは皆無。筆致は明るく、楽しく読める。犯罪現場のイラストも、なぜか沢野ひとし風でおかしい。

 最後にもう一冊。短篇の名手ジェフリー・ディーヴァーの最新作品集『サプライズ・エンディングス 罠』(池田真紀子訳/文春文庫)は今回も秀作・怪作ぞろいだった。収録された四作のうち、私は中篇「魔の交差点」がお気に入り。超絶技巧の極みである。相変わらず上手い作家だなあ。

(本の雑誌 2026年5月号)

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●書評担当者● 小山正

1963年、東京都生まれ。ミステリ・映画・音楽に関するエッセイ・コラムを執筆。
著書に『ミステリ映画の大海の中で』 (アルファベータブックス)、編著に『バカミスの世界』(美術出版社)、『越境する本格ミステリ』(扶桑社)など。

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