駅弁からチャーハンまでおなじみの食を研究する!
文=内田剛
季節は夏から秋へと変わり、まずは行楽の秋にぴったりの一冊をご紹介しよう。グラフィック社編集部編『老舗駅弁 美味しさとロングセラーの秘密』(グラフィック社)は、空腹時には要注意の垂涎の書。全国津々浦々への妄想旅を味わえ、郷愁漂うパッケージを眺めるだけでも楽しい。
「いかめし」(森)、「だるま弁当」(高崎)、「シウマイ弁当」(横浜)、「峠の釜めし」(横川)など、50年以上にわたって販売されてきた駅弁たちを紹介する一冊であるが、「石狩鮭めし」(札幌)、「特製 牛めし」(秋田)、「ますのすし」(富山)、「あなごめし」(宮島口)など百年越えの歴史も珍しくない。
唯一無二の旨さの源泉はなんだろう。愛され続けるには理由がある。新鮮な地元食材を活かした職人たちの味へのこだわり。小さな弁当箱に詰まった「郷土愛」は壮大な宇宙のような広がりを見せる。こうした魅力を知れば、駅弁はもはや日本の文化。旅のついでではなく目的であることを実感できる。
食べ物つながりで食欲の秋ムードも高まってきた。『チャーハンという迷宮 なぜ国民食になったのか』(NHK出版新書)はタマゴ色のジャケットから美味しさがにじみ出ている。著者の石田かおる氏の肩書は「記者、チャーハン・ヒストリアン」というから本物の香りが漂う。2018年に「きょうの料理」の60年間のアーカイブを調べ上げ、作り方の変遷を分析した記事を「AERA」に執筆。本書はチャーハン沼にはまって生還した4年間の集大成という。まさに大人の自由研究、ここに極まれりなのだ。
国民食として愛されているチャーハンだが、昨今の町中華ブームによって人気も再燃。しかし圧倒的に身近な存在にも関わらず、その定義があいまいで歴史も謎に包まれていた。つまり当たり前すぎて文字の記録が残っていないのだ。昭和30年代の「冷や飯論争」、「パラパラ派」か「しっとり派」か、卵が先か後か、「炒めない」チャーハン登場など。この一冊をきっかけに物言わぬチャーハンが初めて語り出した。300ページ強のボリュームも納得。もうひとつの日本の近現代史といえる貴重な研究成果は、ぜひ本書を熟読してもらいたい。
意外にもチャーハン本がアカデミックな風を運んでくれたので、そのまま学問の森へと突き進もう。『室町「下剋上」サバイバル』(文藝春秋)は「週刊文春」連載コラムを再編集して単行本化したもので、歴史コラムだけでなく歴史学者の生い立ちやプライベート、さらに研究の裏側を知ることができる。
著者・清水克行氏は明治大学教授で「室町ブーム」の火付け役としても人気で、その講義は行列ができるほど。軽妙かつユニークな語り口にグイグイと引きこまれる。そもそも日本史で一番人気のない時代といわれる室町はどんな時代だったのか。不人気の理由は「英雄不在」だったこと。室町人は怠惰だけれども自由だった。サウナ・スタイルで心身をリフレッシュし、饅頭という大陸伝来のファストフードを食べながら不景気をぼやく人たち。知れば知るほど、現代日本との共通項が見つかり、人間の本来あるべき姿が浮き彫りになる。歴史を学ぶことは「今」と「これから」を考えることなのだと痛感させられる。
ぼんやりとしていた中世がクリアになってきたところで、お次は芸術の秋をめぐる旅に出かけよう。『画文で巡る! 最強TOKYO建築図鑑』(総合資格)はまさに「最強」といえる出色の存在だ。写真もいいのだが、なによりも熱き建築愛をぶつけた個性豊かな宮沢洋氏のイラストと文章、その筆づかいがまるごと最高である。
東京でいつでも見られる名建築を、「一人」の建築家につき「一つ」に絞って紹介というコンセプトがいい。非公開でなく基本的に見学が可能だから、実用的なガイドブックとしても活用できるし、時代を俯瞰して50人にも及ぶ建築家の息吹きを感じとることができるのだ。冒頭に挟み込まれた「掲載建築家ライフ年表」と「掲載建築MAP」も手書きで味わい深い。さらにそれぞれのスポット紹介も細部まで目が行き届いている上に、「北斎なら、どう描いたかなぁ......。」「訪れたことのない人は、人生損をしている。」「この建築だけで1冊本を書きたいところだ。」といったノリで書かれており、宮沢氏の推しぶりがダイレクトに伝わってきて好感度マックスなのである。本書執筆のきっかけが分かる「あとがきのまんが」も必読だ。
見事な建築を見て東京をひと巡りしたあとは、さらにディープな都心を味わいたい。
『東京で驚いた』(光文社)はタイトルに偽りなし。知的な刺激に満ちた一冊だ。著者の井上理津子氏はといえば、『さいごの色街 飛田』の著作で知られ、大阪の人のイメージだが、本書は東京に移住してからのルポエッセイである。「なるほど、びっくり」の連続で、日常生活と直結した東西比較が実に新鮮である。
「富士塚と富士講」、「東京の酉の市、大阪のえべっさん」、「東と西の佃島」、「昆布の東西」など目のつけどころが多彩で興味をそそられる。とりわけ驚き要素が強かったのが、コンクリートジャングルのイメージが強い東京は「みどり」率が高いということ。我々はいかに先入観に囚われていたことか。
そして東京の水は、「正直、ものすごくおいしい。」という事実にも衝撃が走る。昆布茶がきっかけでたどり着いた結論。その過程は「第二章 東京の水道水」をお読みください。これを見ず(水)には語れない。最近の秋はめっきり短くなったが、心も身体も満腹にしてくれるのはやっぱり読書。貴重な夜長を思いっきり楽しもう。
(本の雑誌 2026年10月号)
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- ●書評担当者● 内田剛
ブックジャーナリスト、NPO法人本屋大賞実行委員会理事、ポプラ社「全国学校図書館POPコンテスト」アドバイザー。30年の書店勤務を経て、2020年よりフリーに。これまで書いたPOPは6,500枚以上。「小説幻冬」連載など、ブックレビューの執筆や講演活動、POP講習会を実施。著書に『POP王の本!』(新風舎)、『全国学校図書館POPコンテスト公式本 オススメ本の作り方(全2巻)』(ポプラ社)がある。無類のアルパカ好き。
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