ゆったり安心の入眠促進小説川上弘美『スナックふたり』
文=久田かおり
いわゆるスナックというところには行ったことがないので二時間三千五百円という値段が高いのか安いのか、いくつも出てくる突き出しやらキープしたボトルのシステムやらよくわかっていないのだが、なんだかとても居心地がよさそうだな、スナックって。常連さんがお決まりの時間にやってきて、お気に入りの場所に座って、他愛もない話をしてお酒を飲んでそして帰っていく、その時間がとても愛おしく思える。そういう常連さんになるまでが大変なのだろうけど。川上弘美『スナックふたり』(中央公論新社)はそんな居心地最高なスナックが舞台。時と場合と相手によって自称年齢が三十代から七十代までさまざま(笑)な司と逸子がやっているどこにでもあるようなスナック「ふたり」。ここになぜかこの世ならざる者たちがふらりとやってくるようになる。何かやり残したことがあるのか、誰かに伝えたいことがあるのか、彼らはゆうれいネットワーク情報によってここに惹かれて来るのだという。彼らがゆうれいだろうな、とわかっても二人のママも常連さんたちも全然動じないのがいい。当たり前のように普通にゆうれいたちとしゃべってお酒を作って見送る。このスナックにやってくる人(人じゃなくても)は誰でもみんな温かく受け入れる、というこのスタンス。常連が多い店って排他的だったり、敷居が高かったりしそうだけど、そういう垣根が全然ないのがいい。世知辛い世の安全地帯。だからこそ、ゆうれいたちは何かを求めてここに来て、目的を果たし満足してこの世から去っていけるのだろう。これは寝る前に少しずつ読んでゆったり安心して満足げに眠りにつく、入眠促進小説だ。
瀬尾まいこの小説は優しさとおかしみでできている。そしてそれは寂しさから生まれている。『はじまりのスープ、夏ゼリー』(新潮社)も瀬尾小説の魅力である優しさとおかしみがみちみちに詰まっている。主人公は中森百合二十六歳。百合と書いてリリーと読ませる! 小学六年生の時に両親が離婚。母親が二つ下の妹を選んで家を出ていった日から人生に対してどこか投げやりに生きてきた。両親が離婚する前からずっと家族の食事を作ってきたので料理は上手いし手際もいい。けれど大人になった今、彼女が料理を作るのは生活費を稼ぐためであって、かつて家族を喜ばせるために作っていたような感情はこめられないでいる。そんな百合の人生が二人の人物との出会いで変化していく。一人目は彼女が住む安アパートの大家、八十三歳で口の悪いおばあさん守屋である。この大家と百合のやりとりがとてもいいのだ。顔を合わせれば言いたい放題、悪口の言い合い。なのに、お互いにお互いのことを心配しているのががしがしと伝わってくる。ばあさんは憎まれ口をたたきながらも百合のバイトの行き帰り時間に必ずアパートの前を掃いている。そして百合もまたばあさんのために配布用のティッシュを一つ持ち帰ってくる。二人のやりとりをずっと読んでいたくなる。ばあさんの憎まれ口の中に見え隠れする愛情が憎い。いやぁ、いいねぇ守屋のばあさん。この小説の最高殊勲選手だ。二人目はとある料理コンテストの審査員として出会ったフリーペーパーの編集者下倉。彼によって百合は自分の料理の才能や、料理を作ることが自分にとってどれだけ大切なのか再確認していく。百合が手早く作る料理や、守屋のばあさんが期限切れの材料で汚い手で作る(!)料理がどれもおいしそうでたまらん。読みながら今度作ってみようかななんて思ってしまう。誰かの顔を思い浮かべながら作る料理はラッキーと最幸でできている。
第69回メフィスト賞受賞作鈴木七月『かわりに嘘』(講談社)はジャケ買いしたら大当りだった的な一冊。スマホのメモに心配事を七百件も書き込んでいる極度の心配性な大学生ナツメ。一緒に暮らしていた祖母が亡くなった途端に見たこともない親戚たちがわらわらと集まってきてなんやかんやの末、家を追い出されてしまう。そんな彼女を引き取ったのが息をするように嘘をつく叔母の宇曽川。叔母の家の開かずの扉、バイト先で再会した幼馴染み南海との関西的ノリのやりとり、一癖も二癖もある近所の人たち、ナツメの思考の飛躍、そしてあふれ出る叔母の嘘に吹き出しまくりの悶絶しまくり。扉の謎はミステリ仕立てではないし、その顛末にはひっくり返ってしまうけど、とにかく読んでいる間ずっと楽しいのでよし。次作以降も楽しみだ。
佐原ひかりの『夜の海をゆく人よ』(幻冬舎)は「善」に対する価値観を問われる一冊。通り魔に襲われる妊婦をかばって命を落とした春臣。春臣を心の底から慕い憧れ続ける年の離れた弟真央と、春臣の婚約者むつみの同居生活。大切な人を亡くした二人がお互いの心の傷を埋め合うように暮らすその生活のベースにあるのは春臣の信条。誰にでも優しく、常に人のために自分を犠牲にして生きてきた春臣の生き方「エディ・ウッド・ゴー」をなぞる二人の生活。変化を避け、淡々と生きていこうとする二人の生活が、とあるきっかけで動き出す。けれど「傷ついた二人が自分のために生きる一歩を踏み出す心温まるストーリー」としては展開しない。人はなぜ善い行いをしようとするのか、それは何のためなのか。大きな問いを投げかけられる。
毎度どんな元気玉を投げ込んでくれるのか楽しみな宮島未奈の新刊はギャル×寺×マルシェというカオス! 『ギャルにひかれて寺マルシェ』(KADOKAWA)は酒屋を継いだ英介、転職しまくりの光司、ギャル僧として頑張る真実子三人の友情と事件と恋。いやぁ、幼馴染みってよきよねぇ。
(本の雑誌 2026年10月号)
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- ●書評担当者● 久田かおり
名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。
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