小さく平凡な町の短編集『高校のカフカ、一九五九』
文=橋本輝幸
今月はなぜか個人や町といった小さな単位の物語ばかりが集まった。
スティーヴン・ミルハウザー『高校のカフカ、一九五九』(柴田元幸訳/白水社)は、第七短編集を日本では二冊に分冊して刊行するうちの第一弾。本書には九作の短編が収録され、いずれも二〇一〇年代後半から二〇二〇年代初頭にかけて発表された。訳者あとがきによれば一九九〇年に白水社から『イン・ザ・ペニー・アーケード』が出版されてから三十五年が経ったが、ミルハウザーは依然として短編小説を追求し続けている稀有な作家である。語り口や文体で遊んでいる掌編もあるが、小さく平凡な町が不思議なできごとに見舞われ、その魅力にとりつかれるモチーフが繰り返される。死刑囚の公開斬首刑が注目のイベントとして観衆を集める町「斬首刑のあとで」、夏になるとあちこちの建物に梯子が出現してどんどん高く伸びていく現象と、梯子に登る誘惑を断てない住人たちを描いた「梯子たちの夏」、影絵芝居の美学が流行し、町ごとそれに耽溺していく「影劇場」など怪しい奇想の話が目立つ。ただし表題作はもしカフカが現代の内気な高校生だったらというキャッチーな話で、クスリとさせられる内容。
クリスティアン・クラハト『死者たち』(髙田梓訳/河出書房新社)は一九六六年生まれのスイス人作家・脚本家によるドイツ語の第五長編。二〇一六年にヘルマン・ヘッセ文学賞とスイス書籍賞を受賞したそうだ。翻訳されるのは実に三十年ぶりの作家だという。ひとことで言えば、一九三〇年代に日独の合作映画を制作するため、架空のスイス人映画監督エミール・ネーゲリが来日する物語だ。だが来日の前に本書の半分が費やされ、登場人物の生い立ちなどが事細かに語られる。アナキスト大杉栄とその家族が殺害された甘粕事件や満洲国建国に関わった甘粕正彦からチャーリー・チャップリンまで、歴史上の政治家や映画人たちが登場する。著者は一九三〇年代に実際に日独合作で映画が撮影された事実をヒントにしつつも、固有名詞や引用、そして丹念な描写で現実とはズレのあるリアリティを構築した。ただ個人的には、登場人物たちに国家がたどる道が重ねられ、私的な問題で関係が決裂する展開は、せっかく作り上げてきた登場人物の厚みを薄っぺらくしてしまったように見えた。
マリーナ・パレイ『カビリア』(高柳聡子訳/白水社)の著者は、一九五五年にレニングラード(現サンクトペテルブルク)のユダヤ系の家庭に生まれ、一九九五年にオランダに移住して同地でロシア語での創作を続けている作家だという。国籍も現在はオランダで、近年はロシアの経済活動に貢献することを避けるため、ロシアの出版社からではなく自費出版やSNSを通じた活動に発表の軸足を移しているそうだ。本書は日本では初の単独著書で、最初期の中編三作を収録している。祖父母の家に預けられた少女が、まるで家そのものと同一化したような祖父、あまり会いにも来ない母、死にゆく祖母について回想をつづる「追善」、コムナルカと呼ばれる水回りの設備を共用するアパートに暮らし、シェアメイトの老女たちを観察する「エヴゲーシャとアーンヌシカ」、そしてサンクトペテルブルクの大運河沿いの陰気なエリアに住む病気の女性モニカが中心人物の「バイパス運河のカビリア」はいずれもソ連末期時代が舞台で、著者の自伝的な側面もある。ただし影を帯びた内容だが陰惨ではない。一文や一段落が長めで、思考がさまよう道筋もいちいち丹念に書いているからか。それとも医師の資格を持つ著者だけに生と死や老い、健康についてもドライかつ率直に書いているからか。どこか淡々と続いていく。文体も堅苦しくなく、スルリと入ってくる。
デニーン・ミルナー『そして血は語る』(北田絵里子訳/早川書房)は三代にわたる黒人女性の人生を描いた物語だ。彼女たちを苦しめるのは二十世紀半ばから現代まで連綿と続く人種差別だけではない。愛と共同生活を期待した他ならぬ夫たちからの「裏切り」だ。家事や子育てといった負担を妻ばかりが背負い、支配や家庭内暴力を受ける。それが集団内で当たり前のようになっており、しばしば他の女性たちからも夫の所業をうまく耐え忍び、かわすように助言されてしまう。テーマゆえに苦痛に満ちた物語ではあるが、不要な赤ん坊が物のように捨てられた時代から、自分の手で稼ぎを得て離婚も可能な現代に世間も徐々に移り変わり、ラストに希望はある。著者は通信社や新聞社での勤務を経て、三十冊以上の著書を出版したベテラン。自分が養子だと知って実母について調べたことがあり、本書にはその経験が色濃く表れているそうだ。
今月最後に紹介するエリック・シャクール『あなたについて知っていること』(加藤かおり訳/集英社)は一九八三年カナダ生まれの兼業作家が出版したフランス語文学。ほぼ無名だった作家の著書だが、二〇二三年に刊行されるとたちまち評判となり、フランス本国でも複数の文芸賞のノミネートや受賞を果たして一躍ヒット作となったそうだ。本書の中心人物はエジプトで生まれ育った男ターレク。彼は医者の息子として生まれ、自らも医者となり、親の期待通りに家業を継ぎ、結婚する。ある日の夜、二十歳にもならない青年アリーが医院に駆けこんできて貧困層が多い地区に住む母親の往診を頼む。これ以上は何を言っても陳腐に聞こえかねないので、家族の喪失と家庭の不和についてのきわめて個人的な話だとのみ書いておく。これがヒットする国はまだ愛を信じているに違いない。
(本の雑誌 2026年2月号)
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- ●書評担当者● 橋本輝幸
1984年生まれ。書評家。アンソロジストとして『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』、共編書『走る赤 中国女性SF作家アンソロジー』、自主制作『Rikka Zine vol.1』を編集。
現在、道玄坂上ミステリ監視塔(Real Sound)や「ミステリマガジン」新刊SF欄に寄稿中。- 橋本輝幸 記事一覧 »





