力強い声で語られる家族の物語

文=林さかな

  • 歌え、葬られぬ者たちよ、歌え
  • 『歌え、葬られぬ者たちよ、歌え』
    Ward,Jesmyn,ウォード,ジェスミン,由美子, 石川
    作品社
    2,860円(税込)
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  • 今日のわたしは、だれ? (単行本)
  • 『今日のわたしは、だれ? (単行本)』
    ウェンディ・ミッチェル,宇丹 貴代実
    筑摩書房
    2,200円(税込)
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  • 月のケーキ
  • 『月のケーキ』
    ジョーン・エイキン,三辺 律子
    東京創元社
    2,200円(税込)
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  • ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険
  • 『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』
    コーリー・スタンパー,鴻巣 友季子,竹内 要江,木下 眞穂,ラッシャー 貴子,手嶋 由美子,井口 富美子
    左右社
    2,970円(税込)
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『歌え、葬られぬ者たちよ、歌え』(ジェスミン・ウォード/石川由美子訳/作品社)は、力強い声で語られる小説。その声を聞いていると、いま毎日定期的に発表される数字につのる不安を忘れ、小説世界にぐんと引っ張られて夢中になってページを繰っていた。

 ジョジョは十三歳の少年。母親のレオニは、何かあると薬物に逃げ、三歳になるミケイラの世話すらジョジョや自分の両親に任せきりなので、実質的に二人を育てているのはレオニの両親だ。そして、ジョジョの父親であるマイケルは、娘が生まれるすぐ前に、パーチマン刑務所行きになっていた。

 服役していたマイケルが出所するという連絡が入り、レオニは友人と共に、二人の子どもを連れてパーチマンに向かう。

 長いドライブの間に起きる、ミケイラの体調不良。狭い車内に充満する吐瀉物。生々しい不愉快さがリアルに描写され、気分が悪くなる。マイケルを迎えたあとも、家族がハッピーになる展開にはならない。レオニはなぜ子どもたちに愛情を注がずネグレクトしているのか、マイケルの両親と不和なのはなぜか。ジョジョはマイケルが父親にもかかわらず、レオニの父、つまり自分にとっての祖父をなぜ父さんと呼ぶのか。

 物語は、登場するジョジョ、レオニらの複数の視点で章ごとに語られ、それぞれの事情を見せながら、家族のナゾをほどいていく。

 読み進むごとに見えてくるものの重たさに怯むが、彼らがどこに着地するのかを見届けなくてはと、緊張して読んでいたせいか、最後のページで深い息がもれた。濃密な読書からの解放という安堵と共に、読了した寂しさからのため息だ。著者の作品をもっと読みたい。

『今日のわたしは、だれ? 認知症とともに生きる』(ウェンディ・ミッチェル/宇丹貴代実訳/筑摩書房)は二〇一四年に五十八歳で若年性アルツハイマーの診断を受けた著者の手記。

 最近テレビでよく耳にするようになったNHS(イギリスの国民保険サービス)だが、著者はそのNHSで事務方チームのリーダーとして長年働いていた。職場での信頼も厚く、シングルマザーとして二人の娘を育て上げ、毎日が充実していた。しかし、ある時から自分の中に空白が生じる。簡単に素早くできていた事が次第に困難になり、時間がかかるようになってくる。認知症と診断がおりると、退職をすすめられ仕事は続けられなくなった。それでも自立して生きていく挑戦をあきらめず、認知症と折り合いをつけながら日々を創意工夫していく。

 人は加齢の為、徐々にできる事のハードルがあがっていく。物忘れはその筆頭ではないだろうか。著者のおかれた立場は他人事ではなく迫ってきた。どのようにこの難局を乗り越え、いや、乗りこなしていくのか、当事者ならではの手記は示唆に満ちている。

 二〇二〇年現在も、著者は日々ブログやツイッターで発信している。(@WendyPMitchell)リアルタイムの発信は、本書の続編を読ませてもらっているようだ。

 次に紹介するのは、ファンタジーの名手ジョーン・エイキンの短篇集『月のケーキ』(三辺律子訳/東京創元社)。上質なファンタジーほど心をほぐしてくれるものはない。十三の短篇がおさめられ、不気味なものや風刺がきいているもの、ファンタジーらしい不可思議さたっぷりなものと、作品ごとに別世界への扉が開く。

「にぐるま城」は魔力の話。魔女のエイリーおばさんは自分が死んだら、甥のコラムに自分の役割を引き継ぐよう折りにふれて話をしていたが、詩人になりたいコラムは話半分に聞いていた。コラムはにぐるま引きで商売しながら詩をつくり、曲をつける毎日をおくっていたが、エイリーおばさんが亡くなった後、村にヴァイキングが襲ってきて、とうとうコラムの魔力が必要となる時がきてしまう。おばさんの魔力を思い出しながら、村を救うためにヴァイキングと対峙するコラム。全てが終わった後に残るものはとてもシンプルだった。

『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』(コーリー・スタンパー/鴻巣友希子・竹内要江・木下眞穂・ラッシャー貴子・手嶋由美子・井口富美子訳/左右社)は言葉好き、辞書好き、本好きにとっては極上のおもしろさを堪能できる良書。

 著者はアメリカのメリアム・ウェブスター社でおよそ二十年に渡り辞書を執筆・編集していた言葉のプロだ。硬軟おり混ぜての文章でトリビアを語り、言葉の深みを教えてくれる。

「まともじゃない言葉」の章では英単語"Irregardless"について質問の手紙が編集部に届いたところからはじまる。著者はこんなまともでない言葉はうちの辞書に載っているはずがないと思ったのだが、意に反してその単語は登録されていた。驚いた著者は徹底的にその単語の調査を開始し、単語を用いた引用記事のひとつに無教養な響きを持つのは、それが「方言」だからだと暗にいっているものを見つける。著者は英語を川になぞらえ、幾筋もの川の流れのひとつに「方言」もあるとし、「方言なくして言葉は存在せず」とキッパリ。標準英語がすべてではないのだから、方言そのものや、そこに含まれる語彙も尊重しなくてはいけない。ないがしろにすると、深刻な事態を招くのだと具体例をあげる。読むと、確かにそのとおりなので方言の重要さを大いに納得する。

 とりあげられた言葉は、わずか十四しかないことに驚く。それぞれが冒険小説のようにおもしろく、読んだ後は言葉がとびきり光ってみえてくる。

(本の雑誌 2020年6月号掲載)

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●書評担当者● 林さかな

一九六七年北海道生まれ。カナダ、京都、名古屋で生活。いまは東北在住。好きな詩:エミリー・ディキンソン「真実をそっくり語りなさい、しかし斜めに語りなさい――」

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