絵画をめぐるミステリー『パリのアパルトマン』をお勧め!

文=小財満

  • パリのアパルトマン (集英社文庫)
  • 『パリのアパルトマン (集英社文庫)』
    ギヨーム・ミュッソ,吉田 恒雄
    集英社
    1,265円(税込)
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  • 熊の皮 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
  • 『熊の皮 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』
    McLaughlin,James A.,マクラフリン,ジェイムズ・A.,千鶴, 青木
    早川書房
    2,090円(税込)
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  • 七人の暗殺者 (ハヤカワ文庫NV)
  • 『七人の暗殺者 (ハヤカワ文庫NV)』
    Truhen,Aidan,トルーヘン,エイダン,和代, 三角
    早川書房
    1,144円(税込)
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  • 闇という名の娘: The HULDA TRILOGY #1:DIMMA (小学館文庫)
  • 『闇という名の娘: The HULDA TRILOGY #1:DIMMA (小学館文庫)』
    J´onasson,Ragnar,ヨナソン,ラグナル,薫, 吉田
    小学館
    880円(税込)
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 ジャン=クリストフ・グランジェやピエール・ルメートルをしのぎ、現在フランスで最も売れているベストセラー作家、ギヨーム・ミュッソの新作『パリのアパルトマン』(吉田恒雄訳/集英社文庫)は一見地味なタイトルを良い意味で裏切る、絵画をめぐるエンタテインメント作品だ。クリスマス間近のパリに休暇で訪れた元刑事マデリンと、原稿のために訪れた劇作家ガスパール。二人は宿であるアパルトマンのダブルブッキングで同じ建物に泊まることに。彼らは管理人の依頼により、そのアパルトマンを所有していた急逝した画家ローレンツが最期に描いたとされる失われた絵画の捜索をはじめる。

 冒頭は美術を生業とする人々の姿が描かれ、読者が主人公たちと美術業界の表裏を散策するような作品かと思わせるが、中盤の画家が失意の日々を送るきっかけとなった息子の死をめぐる事件の描写、そして画家が遺した失われた絵画を示すある手がかりが明らかになってからが一気に物語にドライブがかかる。前作『ブルックリンの少女』でも見せたどんでん返しこそ控えめだが、次々に物語の背後に秘められていた真実が明らかとなり怒濤のラストまで読者を引っ張る腕はお見事。解説で川出正樹氏が指摘するように、本作はクリスマス・ストーリーという趣も内包した作品で、主人公たちが失ってしまった母性や父性を回復していく物語でもある。作者の人々への暖かな眼差しが嬉しい万人にお勧めできるエンタテインメント作品だ。

 2019年エドガー賞新人賞受賞作品ジェイムズ・A・マクラフリン『熊の皮』(青木千鶴訳/ハヤカワ・ミステリ)はアパラチア山脈の雄大で苛酷な自然とそこに生きる人々の感情のうねりを描いたアクション小説。麻薬組織からの逃亡のすえターク山自然保護区での管理人の仕事をすることになったライス、ライスの前任者で生物学者のサラ。一方、自然保護と狩猟文化や林業という面でライスたちと対立の耐えない地元の猟師、そしてアンフェタミンや希少動物の密売で生計をたてる無法者たち。彼らとの文化的な対立が主題となるが、物語を牽引するのは二つの謎だ。一つはライスが山の中で見つけた熊の死体──希少動物の密売のために胆嚢と手足が切り取られたもの──を殺した密猟者の正体。そしてもう一つはライスがターク山にやってくる直前、サラを暴行しレイプした三人のならず者の正体だ。そしてこれらの謎を追うライスの行動が本作の本作たる所以。なんと言えばよいか、ライスはひたすらに山に籠もるのだ。密猟者を待ち伏せする過程で仙人的な男に導かれ、山──動植物を含めた自然の秩序と同化していく瞬間をライスは経験する。この自然崇拝的なアニミズムと、アメリカの自警団的な意識が自然と融合している点が本作のキモだろう。

 これほど人を喰ったような小説というのも珍しいだろうか、と思わせられたのはとある作家の別名義だという覆面作家エイダン・トルーヘンのデビュー(?)作『七人の暗殺者』(三角和代訳/ハヤカワ文庫NV)。どのくらい人を喰っているかといえば、たとえばマット・ラフ『バッド・モンキーズ』、あるいはシェイン・クーン『インターンズ・ハンドブック』と同じ──あるいはデイヴィッド・ゴードン『二流小説家』の幕間のパルプ小説の一篇と言われても納得するくらい。元コーヒー豆の貿易業者で今は麻薬の密売人の主人公ジャック・プライスが下の階に住む老婆ディディが殺害されたことに腹を立てて捜査をするうちにSNSで有名な世界的セレブ暗殺集団〈セヴン・デーモンズ〉を敵にまわし大立ち回りをするという極々単純な筋だが、描写、文法含めすべてがハチャメチャが過ぎる皮肉とユーモアに満ちた怪作だ。賛否が分かれそうな本作だが、作者エイダン・トルーヘンは訳者あとがきによれば『世界が終わってしまったあとの世界で』のニック・ハーカウェイのペンネームではという説もあるとのこと。個人的には本作の主人公とドクという暗殺者の女性の歪な愛憎関係、物語の起こるきっかけだった老婆の死がマクガフィン的である点など、作者がハーカウェイであれば妙に納得できる気もする。

 気鋭のアイスランドの作家ラグナル・ヨナソン『闇という名の娘』(吉田薫訳/小学館文庫)は刑事フルダ・ヘルマンスドッティルを主人公にしたシリーズ第一作。六十四歳で退職間近のフルダが退職までの二週間の間、上司から担当させる事件がないと言われて自ら未解決事件の再調査をすることに。無能な同僚が担当していたロシア人難民の女性エレーナの不審死に目をつけ捜査を始める。老齢の女性という主人公の特性を除けば典型的な警察小説だ。物語は三つの視点で進む。主人公フルダの捜査パート、女性が男性に誘われ旅行へ出る事件の被害者と思しき人物のパート、そしてシングルマザーの苦悩を描いたパートだ。一見関係のなさそうなこの最後のパートは実は物語で大きな役割を果たす。フルダの過去──娘を自殺で、夫を心臓発作で亡くした真相が読者に明らかになった途端、驚くべき、というか呆気にとられるラストを迎える本作だが、おそらく本作のみで評価するのは難しいだろう。というのがシリーズは第二作、第三作とシリーズを重ねていくうちに十年ずつ時代をさかのぼってフルダの人生を描いていくようなのだ。本作では老いて退職を前にしているからか、刑事という職業倫理から外れ、またプロらしからぬ失敗を繰り返す女性として描かれる彼女が、シリーズを通しどのようにして現在の姿に至ったのか。特にシリーズ第二作は本国での評価が高いとのことで邦訳を期待したい。

(本の雑誌 2020年2月号掲載)

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●書評担当者● 小財満

1984年、福岡県生まれ。慶應義塾大学卒。在学中は推理小説同好会に所属。ミステリ・サブカルチャーの書評を中心に執筆活動を行う。

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