大阪万博SFの決定版牧野修『万博聖戦』登場!

文=大森望

  • 黒魚【クロウオ】都市 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5050)
  • 『黒魚【クロウオ】都市 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5050)』
    サム・J・ミラー,中村 融
    早川書房
    2,310円(税込)
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  • 誓願
  • 『誓願』
    マーガレット・アトウッド,鴻巣友季子
    早川書房
    3,190円(税込)
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  • 2020年のゲーム・キッズ →その先の未来 (星海社FICTIONS)
  • 『2020年のゲーム・キッズ →その先の未来 (星海社FICTIONS)』
    渡辺 浩弐,坂月 さかな
    星海社
    1,485円(税込)
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  • 記憶翻訳者 いつか光になる (創元SF文庫)
  • 『記憶翻訳者 いつか光になる (創元SF文庫)』
    門田 充宏
    東京創元社
    968円(税込)
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 EXPO'70から半世紀、ついに大阪万博SFの決定版が登場した。『月世界小説』以来5年ぶりの書き下ろしSF長編となる牧野修『万博聖戦』(ハヤカワ文庫JA)★★★★½である。物語の始まりは1969年。中学1年生のシト、サドル、未明は、周囲の人間多数が精神寄生体(オトナ人間)に憑依されていることを知る。時空を超えて彼らと戦うコドモ反乱軍に加わった三人は、翌70年、決戦の地・万博会場を目指す......。フジパン・ロボット館、自動車館、せんい館など実在パビリオンも登場、万博世代感涙の活劇がくり広げられる。

 後半の背景は2037年。二度めの万博に沸く、変貌した大阪市に、かつての子供たちが集う。科学への憧れ、弱者(LGBTとかロリコンとか)への共感と体制への反抗、ディック的な悪夢と万博幻想が結びつき、SFとホラーを融合した異形の傑作。還暦間近の身に、おなじみのエピグラフ「明日があると思えなければ/子供ら夜になっても遊びつづけろ!」(堀川正美「経験」)が、改めて沁みる。

 眉村卓『その果てを知らず』(講談社)★★★★は、昨年11月3日に85歳で世を去った著者が死の4日前まで手を入れていた文字通りの遺作。主人公は著者自身を投影した大阪在住のSF作家・浦上映生、84歳。癌の放射線治療をいったん終えて退院し、新幹線で久々に上京、小説業界のパーティーに出て、定宿に泊まる。その合間に、過去の回想、SF掌編、夢とも現実ともつかない出来事が挿入される。前半の読みどころは、すべて仮名で語られる日本SF草創期の記憶。森優との交友、早川書房社長室のこと、星新一の自宅での〈宇宙塵〉例会、筒井康隆との出会い......。

 後半では、SF的なモチーフが日常にまで入り込み、現実と虚構、生と死の境が曖昧になってゆく。迫りくる死さえも題材としてとりこむ、著者らしい、最後の〝私ファンタジー〟だ。

 サム・J・ミラー『黒魚都市』(中村融訳/新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)★★★★½は、昨年のジョン・W・キャンベル記念賞(新人賞じゃないほう)受賞作。温暖化による海面上昇の進んだ未来、北極海に浮かぶ洋上巨大建造物クアナーク(人口約100万)に、シャチとホッキョクグマを連れた謎の女がやってきたことから物語が動きはじめる。禁断のナノテクにより動物と絆を結ぶ"ナノボンダー〟の最後の生き残りとおぼしきオルカ使いの目的とは? 4人(大富豪の孫、都市管理官の部下、メッセンジャーの若者、連戦連敗のプロ格闘家)の視点から語られるストーリーがやがて合流し、壮絶なアクションへと雪崩れ込む。W・ギブスンをぐっとエンタメ寄りにしたというか、バチガルピ『神の水』や陳楸帆『荒潮』のラインだが、後半、家族小説っぽくなるあたりが独特。北極熊は最強ながら、鯱はタイトルロール(黒魚)の割に出番が少なすぎ。

 マルク・デュガン『透明性』(中島さおり訳/早川書房)★★★½は2068年のアイスランドが舞台のフランスSF。主人公は、デジタルデータに基づくマッチングサービスで急成長したトランスパランス社の女性社長。自身の人格をデジタイズし人工身体に移すことで不老不死を実現、グーグルを買収して世界の変革に乗り出す。後半は政治・宗教・社会がらみの議論が浮上、劉慈欣ばりの大仕掛けも炸裂する。ただし、このオチはちょっと......。

 藤ふくろうさんのページで紹介されているマーガレット・アトウッド『誓願』★★★★は、いまやディストピアSFの新古典となった『侍女の物語』の34年ぶりの続編......というか後日譚。ギレアデの〝その後〟が描かれるのはいいとして、終盤、まさかのミッション・インポッシブル展開にびっくり。シスターフッドものというか......想定外の百合SF?

 月額会員制コンテンツ配信サービスのU-NEXTが提供する電子書籍読み放題サービスから、オリジナルの書き下ろしSF短編があいついでリリースされている(ともに外部サイトでの単体販売あり)。8月に出た高野史緒「二つと十億のアラベスク」★★★½は、人間が労働から解放された未来を描く百合×AIもの。国立音楽院ピアノ科の浅田唯(17歳)は、ホールの音響についてクレームを入れたことをきっかけに、上級インターフェース(AI)の〝高瀬さん〟とやり合うことに。「ドビュッシーの『二つのアラベスク』のどちらか片方を演奏することになった時、どちらを選びますか?」という質問から、芸術の意味、生きることの意味が浮上してくる。対する藤井太洋「距離の嘘」★★★½は、新型麻疹ウイルスの感染症対策のため、カザフスタン共和国の東部に位置する難民キャンプに招聘された日本人の防疫分析官が意外な真実に直面するという、いかにも著者らしい近未来感染症SF。

 渡辺浩弐『2020年のゲームキッズ↓その先の未来』(星海社)★★★は〝新しい日常〟のその先を描く、新型コロナ禍にインスパイアされた近未来SF全16編を収録。(コロナと関係ない)ネズミの話と、不可能犯罪ものの「末恐ろしい子供」が印象に残る。

 最後に、門田充宏『記憶翻訳者 いつか光になる』(創元SF文庫)は、デビュー作『風牙』の再編集版というか、同書収録の「風牙」「閉鎖回廊」に、書き下ろしの2編を追加。その新作、「いつか光になる」「嵐の夜に」は、封印された子供時代の悲惨な記憶を取り戻そうとする映画ライターと記憶翻訳者・珊瑚との関わりが軸になる。単行本未読の方はこちらからどうぞ。『風牙』の残り2篇は、さらに書き下ろしを加えて1月文庫刊行予定。新刊アンソロジー多数はまとめて来月。

(本の雑誌 2021年1月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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