宝石箱のように愛おしい服部まゆみ『最後の楽園』

文=千街晶之

  • 最後の楽園: 服部まゆみ全短編集
  • 『最後の楽園: 服部まゆみ全短編集』
    服部まゆみ
    河出書房新社
    4,180円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 世界樹の棺 (星海社FICTIONS)
  • 『世界樹の棺 (星海社FICTIONS)』
    筒城 灯士郎,淵゛
    講談社
    1,705円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • ホテル・ウィンチェスターと444人の亡霊 (講談社タイガ)
  • 『ホテル・ウィンチェスターと444人の亡霊 (講談社タイガ)』
    木犀 あこ
    講談社
    759円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 服部まゆみといえば、銅版画家として出発し、一九八七年に『時のアラベスク』で第七回横溝正史賞を受賞して小説家デビュー、芸術や歴史に題材を採った耽美的な作風で根強い人気を誇った作家である。二○○七年に逝去したが、最近『罪深き緑の夏』『シメール』といったゴシック小説が河出文庫から復刊され、また注目を集めつつある。その再評価の決定打となりそうなのが、『最後の楽園 服部まゆみ全短編集』(河出書房新社)だ。生前に刊行された著者の短篇集は『時のかたち』だけだったけれども、その収録作を含めた全十七篇が、一冊にまとまったかたちで読めるようになったのだ。

 収録作は本格ミステリ色が濃いものから幻想的なものまでさまざまだが、いずれも鋭敏な美意識と、淡々としていながら冷やかな凄みを帯びた心理描写を特色としている。謎解きを重視した系統の作品でも、真の答えを曖昧にしたままの結末が目立つ。土屋隆夫は探偵小説を割り算の文学と称したけれども、著者の美学は、たとえ本格ミステリであっても割り切れないことの余韻を重視しているのだ。スーパーナチュラル系の作品では、ある島で目撃した怪異に主人公が追いつめられてゆく表題作もいいし、坂井修造という画商を主人公にした「骨」「雛」は怪異譚として完成度が極めて高く、連作として一冊にまとまるほど書き継がれていれば......と惜しまれる。著者自身の版画をあしらった装幀も格調高く、宝石箱のように末永く愛惜したい一冊となっている。

 せっかくの素晴らしい企画ながら、苦言もひとつ。作品の魅力だけで勝負......という意図なのかも知れないが、古くからの愛読者に対してならともかく、本書で初めて著者の名を知ったような新しい読者に対して、何の解説もないこの本は不親切すぎはしないか。

 筒城灯士郎は、筒井康隆のライトノベル『ビアンカ・オーバースタディ』の続篇『ビアンカ・オーバーステップ』でデビューした異才である(依頼されたわけではなく勝手に書いた続篇だが、それで筒井康隆本人に才能を認められたのだから大したものである)。その第二作『世界樹の棺』(星海社FICTIONS)は、石国という小さな王国を舞台にしたファンタジー長篇。王城にメイドとして仕える恋塚愛埋は、考古学に詳しい「ハカセ」とともに、古代人形たちが暮らす巨木「世界樹の苗木」の内部に調査のため赴いた。二人はそこで六人の少女と出会うが、やがて密室状況で惨殺事件が発生する。

 古代人形は人間と見分けがつかないため、被害者も加害者も人間なのか人形なのかわからない──という奇怪な犯罪。一方、高圧的で巨大な帝国と無力な石国の関係も不穏さを掻き立てる。そして次第に作中の世界そのものの謎が明かされ、衝撃的な結末に収斂してゆくのだ。ファンタジーにして本格ミステリにしてSFにして百合小説......と、貪欲なまでのジャンルミックスの手法で個性的な世界を構築した意欲作だ。

 宇佐美まこと『黒鳥の湖』(祥伝社)の主人公・財前彰太は、今では不動産会社の社長だが、かつて探偵事務所で働いていた頃、依頼人からある事件の情報を聞き、それを利用して人知れず罪を犯したことがあった。ところが十八年の時を隔てて同じ手口の犯罪が発生し、それをきっかけに彰太の日常は崩壊してゆく。

 主人公を取り巻く登場人物はかなり多く、それぞれが思惑を抱えているので、話の進行も錯綜を極める。娘が非行に走るなど、幸せだった家庭が見る見るうちに瓦解する中、彰太は過去と現在の事件の真相を知ることで、十八年前に犯した自分の罪と向き合おうとするのだ。登場人物たちの裏の顔が暴かれる過程や、真犯人の衝撃的な正体は著者の本領発揮と言える。

 ウィンチェスター・ミステリー・ハウスといえば、アメリカはカリフォルニア州にある迷路状の大豪邸で、造営主が霊の祟りを恐れて増築作業を続けさせたことで知られているが、木犀あこ『ホテル・ウィンチェスターと444人の亡霊』(講談社タイガ)の舞台は、タイトル通り夥しい亡霊が棲みついた巨大な老舗ホテル(イメージ的にはむしろ、スティーヴン・キング『シャイニング』のオーバールック・ホテルに近いかも)。時には霊の仕業でトラブルが発生したりもするのだが、そんな場合にお客様をなだめ事態を解決するのは、勤続十年目のコンシェルジュ、友納だ。

 何もない空間から客室に降り注ぐ血、誰もいない廊下から聞こえる騒音......といった現象そのものは心霊現象であろうとも、何故それが起こったのかという原因は必ずある。友納がそれを解きほぐしてゆく過程の本格ミステリ的な面白さに、亡霊たちの憎めない個性も加味されて、怖さより楽しさを感じさせる連作に仕上がっている。

 最後に紹介するのは、浦賀和宏『デルタの悲劇』(角川文庫)。「浦賀和宏が殺された!?」という帯の惹句から推察される通り、怪作『浦賀和宏殺人事件』などに連なる、著者本人をネタにして遊び倒した系列のミステリだ。

 作家の浦賀和宏、本名・八木剛が殺害され、その遺作『デルタの悲劇』には、斎木、丹治、緒川という三人が、小学生だった頃に同級生をいじめ殺したのではという疑惑が記されていた。そして八木剛は、成人した斎木たちにつきまとって罪を告白させようとしていた。

 著者のこれまでの作品の読者なら、大体どの方面からトリックを仕掛けてくるかは予想がつくだろう。とはいえ、仕掛けのすべてを見抜くのはかなり難しい筈だ。二百ページ足らずの小品ながら、用意周到な騙しの技巧はおそろしく密度が濃い。

(本の雑誌 2020年3月号掲載)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

千街晶之 記事一覧 »