謎の解明か迷宮入りか!? 小林一星のデビュー作登場!

文=千街晶之

  • シュレディンガーの猫探し (ガガガ文庫)
  • 『シュレディンガーの猫探し (ガガガ文庫)』
    一星, 小林
    小学館
    704円(税込)
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  • 寝屋川アビゲイル 黒い貌のアイドル (講談社タイガ)
  • 『寝屋川アビゲイル 黒い貌のアイドル (講談社タイガ)』
    最東 対地
    講談社
    759円(税込)
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 五○パーセントの確率で放射線が放出されて猫が殺される仕掛けの箱があるとして、量子力学的には、箱を開けてそれを確認するまで、猫が死んでいる状態と生きている状態は五○パーセントずつの重ね合わせである──量子力学に興味がなくてもSFやミステリを読んでいればいつかは必ずめぐり合う、お馴染み「シュレディンガーの猫」の思考実験である。これをタイトルに掲げたのが、第十四回小学館ライトノベル大賞審査員特別賞を受賞した、小林一星のデビュー作『シュレディンガーの猫探し』(ガガガ文庫)だ。探偵嫌いの高校生・守明令和は、文芸部員・芥川くりすの紹介で、「魔女」を自称する少女・焔螺と出会う。

 一方には高校生探偵・明智太陽やハードボイルド探偵・金田一勘渋郎といった「名探偵」がおり、一方には「さあ──迷宮構築を始めようか。聞かせてもらおう。この私が迷宮入りにするべき謎を。その事件を!」と宣言して事件を迷宮入りへと導く「魔女」焔螺がいる──という構図のもと、謎を解明するか、それとも神秘のままにしておくかという奇妙な駆け引きが繰り広げられる。ただし、迷宮入りにするには名探偵の推理の道筋を素早く予想した上でそれを潰さなければならないため、三十六個のロッカーが同時多発密室になったり、遠く離れた二つの場所に同じ物体が出現したり──といった作中の謎には、仮説としてちゃんと解決が提示されるのでご安心。結末が示唆する続篇にも期待したい。

 先月号のこの欄で、小林泰三が六月に三冊の新作を上梓したことに言及したが、最東対地も負けていない。七月から八月にかけて三冊の新作が刊行されるが、『寝屋川アビゲイル 黒い貌のアイドル』(講談社タイガ)はその中の一冊。アイドルグループ「NE×T」に所属していたるるは、突然顔に黒いシミが拡がったため引退を余儀なくされた。原因が呪いではないかと疑う彼女は、それを解いてくれる人物を求めて大阪へ。ところが、アビーとゲイルと名乗る変人霊能力者コンビは、一向にるるの呪いを解く様子がない。彼らが言う「厄霊」とはどんな存在なのか。

 舞台が大阪に移るや否や、怒濤のような大阪弁の奔流に主人公のみならず読者も引っぱり回されることは必至。語り口の軽妙さのわりに、登場人物たちに課せられた運命はかなりシビアで、そのギャップがなんとも強烈である。この種のゴーストハンターものの通例としてミステリ的な意外性のある仕掛けも用意されており、ミステリファンが読んでも充分堪能できる作品となっている。

 中国の魏の時代、竹林に集って酒を飲んだり清談に興じたりした七人の人物を「竹林の七賢」と称する。田中啓文『竹林の七探偵』(光文社)に登場するのは、「魏」ならぬ「疑」という国の七人。彼らは酒や清談のみならず、「疑案」という推理ゲームにも興じることがある。棺から消えた死体の謎、周の国から去ったと伝えられる老子がどこへ行ったかという謎......七賢の推理比べから導き出された結論は?

 アガサ・クリスティー『火曜クラブ』やアイザック・アシモフ「黒後家蜘蛛の会」シリーズなどのように、複数の人間が集う場における安楽椅子探偵ものの体裁を取っているが、本作において、ミス・マープルや給仕ヘンリーと同じ真打ちの名探偵の役割を担うのが誰か......という部分が実に風変わりである。本格ミステリとしては、七賢のひとりが巻き込まれた殺人事件の謎を解く第二話「酒徳頌」が特に秀逸だ。

 日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作の『大絵画展』をはじめ美術ミステリの作例が多い望月諒子の新作『哄う北斎』(光文社)には、タイトルにある葛飾北斎の絵のみならず、オーストリアの画家グスタフ・クリムトの絵も絡んでくる。かつてイタリアの美術館から盗まれたクリムトの「婦人の肖像」を、日本の美術商が手に入れたと発表した。だが、美術館から「婦人の肖像」を盗み出した張本人の手元にも同じ絵が存在している。果たしてどちらが本物なのか?

 美術商、新進実業家、美術史学者、社会学者からCIAに至るまで、腹に一物も二物もある連中が欲にまみれた頭脳戦を繰り広げる。登場人物が多い上に各自の目論見が入り乱れるかなり複雑な物語だが、老境にたった一年だけ天下を取った絵師として北斎を解釈するくだりがユニークだ。

 戸田義長『雪旅籠』(創元推理文庫)は、第二十七回鮎川哲也賞の最終候補になった『恋牡丹』の姉妹篇にあたる連作時代ミステリ。「八丁堀の鷹」と呼ばれる北町奉行所定町廻り同心・戸田惣左衛門、息子の清之介、惣左衛門の後添え・お糸といった、前作でお馴染みの面々が再登場する。

 幕末安政年間から明治初頭にかけての時代を背景としており、「逃げ水」のように桜田門外の変という史実を踏まえたエピソードもある。あとがきでは、前作収録の「恋牡丹」がジャン=クリストフ・グランジェの『クリムゾン・リバー』から着想を得たことを明かしているが、今回の収録作にも、元になった前例が窺える作品が散見される。翻案の仕方がやや露骨に感じる場合もあるものの、それだけにとどまらない工夫が凝らされていて読み応えがある。全八篇からベストを選ぶなら「天狗松」。清之介たち役人が待ち受けていた方向へ逃げた筈の男がどこに消えたのか、そして銃を持っていた男が何故竹光で相手と争ったような状況の遺体となって発見されたのか......という謎の提示が魅力的だし、真相の納得度の高さも、物語としての余韻も、間然するところのない傑作と言える。

(本の雑誌 2020年10月号掲載)

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●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

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