今年最大の話題作『ブルシット・ジョブ』に注目!

文=冬木糸一

  • ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論
  • 『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』
    デヴィッド・グレーバー,酒井 隆史,芳賀 達彦,森田 和樹
    岩波書店
    4,070円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 言語の起源 人類の最も偉大な発明
  • 『言語の起源 人類の最も偉大な発明』
    ダニエル・L・エヴェレット,松浦俊輔
    白揚社
    3,850円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 「役に立たない」科学が役に立つ
  • 『「役に立たない」科学が役に立つ』
    エイブラハム・フレクスナー,ロベルト・ダイクラーフ,初田 哲男,野中 香方子,西村 美佐子
    東京大学出版会
    2,420円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • ジョージ・オーウェル――「人間らしさ」への讃歌 (岩波新書 新赤版 1837)
  • 『ジョージ・オーウェル――「人間らしさ」への讃歌 (岩波新書 新赤版 1837)』
    川端 康雄
    岩波書店
    968円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻
  • 『マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻』
    山本貴光
    本の雑誌社
    2,200円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 おそらく今年最大の話題作がデヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(酒井隆史、芳賀達彦、森田和樹訳/岩波書店)だ。『負債論』などの著書がある文化人類学者のグレーバーによる本書は、「クソッタレな仕事」がどれだけこの世の中に溢れているのか、また、それが増え続けているように見えるのはなぜなのかを考察する一冊である。クソッたれな仕事といっても種類があるが、本書の定義は「被雇用者本人でさえ正当化することが困難なほど無意味で不必要な仕事」のこと。イギリスの世論調査によれば、あなたの仕事は世の中に意味のある貢献をしていると思いますか? という問いに対して、三七%ものひとが「していない」と回答したという。

 出社して必要もないはんこを押したり、仕事をしなくても誰も気づかなかったり、物を数メートル移動させるためだけに関係各所に連絡をして時間と人件費を無駄に使うような労働が具体例として挙げられているが、重要なのはこうした労働は、従事する人間の精神を疲弊させるということだ。仮にこの世の四〇%近くの仕事が無意味なのであれば、やりようによっては我々は週に二〇時間労働の余暇に溢れた社会に移行することも可能なのかもしれないと示される。はたして現代の労働観はどうあるべきなのか。立ち止まって考え直すために重要な一冊だ。

 続いての本も大物。ダニエル・L・エヴェレット『言語の起源 人類の最も偉大な発明』(松浦俊輔訳/白揚社)は、『ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観』で日本でも有名となった著者による言語の歴史を辿る一冊。『ピダハン』でみせたように、難解な内容を自身の豊富な調査体験をはじめとした様々なエピソードで彩り、たのしく読ませてくれる逸品だ。著者による言語の起源の見解は、一〇〇万年以上前に存在していたホモ・エレクトゥスにある。

 彼らは装飾や石器など複雑な道具を作って、「文化」を形成していた形跡がある。それは、指標記号や類像記号を超えた象徴記号(シンボル)の操作が可能だった証拠で──と、シンボルから始まって、手話やジェスチャー、脳科学と神経科学に、発声器官からの推察など、様々な方面から言語の発明と発展の歴史を掘り出してみせる。広範な内容を取り扱っていて、なかなかここまでの本は出るもんじゃないので、言語について興味がある人には、ぜひ手にとってもらいたい。

 エイブラハム・フレクスナー、ロベルト・ダイクラーフ『「役に立たない」科学が役に立つ』(初田哲男、野中香方子、西村美佐子訳/東京大学出版会)は、それが解明されても何の役に立つのか誰にもわからないような、基礎的な研究こそが最終的には大きな成果をもたらすのだ、という「基礎研究」の重要性を訴える、一〇〇ページちょっとの短いエッセイ集だ。マクスウェルの方程式やアインシュタインの相対性理論のような、歴史上偉大な研究の多くは、何の役に立つなどと考えていない、研究者の純粋な知的好奇心によって生み出されてきた。だが、近年のように、社会が貧しくなり、余裕がなくなってくると、投資はすぐに成果の出そうな、わかりやすい研究に集まりやすくなる。それでは人類の知は袋小路に入ってしまう。今求められている一冊だ。

 政治において監視・管理社会に向かうような行動が起きると古典的なディストピアSFが売れ始める。そうした管理社会ものディストピアの代表格『一九八四年』の著者、ジョージ・オーウェルの人生に迫る評伝が、川端康雄による『ジョージ・オーウェル─「人間らしさ」への讃歌』(岩波新書八八〇円)である。オーウェルは世界的に著名な作家だが、売れ始めたのは晩年の作品である『動物農場』から。それ以前はインド帝国警察に就職してビルマに赴任して帝国主義を憎むようになったり、BBCに就職して仕事のつまらなさに絶望したりといった複雑な経歴がある。だが、そうした経験があったからこそ『一九八四年』の管理・監視社会描写がうまれたのであった─と、その人生から、あまり有名ではない評論や小説まで、すべての作品を浮かび上がらせてみせる。

『押井守の映画50年50本』(立東舎)は、映画監督の押井守が一九六八年から一年に一本ずつ、「今の押井守にとって重要な映画」を選んで語り尽くす一冊。単に映画史的に重要な作品を選ぶわけではなく、自作への影響など、個人的な偏愛と注目ポイントに従っているのが特徴。たとえば一九六八年であればSF映画の金字塔であるキューブリックの『2001年宇宙の旅』ではなく、セルジオ・レオーネ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』が選ばれている。高校時代から始まって、時系列順に押井守作品への影響を辿っていける楽しみもある。各映画に対する演出論もキレッキレで、押井守ファンだけでなく、映画が好きなすべての人にオススメ。

 さて、最後に紹介するのは本の雑誌社の本なのだが、山本貴光『マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻』。マルジナリアとは「余白の書き込みのこと」であり、著者含む古今東西の作家や評論家が「本の余白に書き込みをどうやって入れてきたのか」「なぜ入れているのか」を取り上げていく。僕自身本にめちゃくちゃ線をひき、思ったことの書き込みを入れるタイプなので、全編通して共感しっぱなし。マルジナリアの探求は本にとどまらず、ウェブサイトや電子書籍、プログラミングのコメントにまで広がっていき、想像よりもずっと広いこの世界の一端を知ることができるはずだ。

(本の雑誌 2020年10月号掲載)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 冬木糸一

SFマガジンにて海外SFレビュー、本の雑誌で新刊めったくたガイド(ノンフィクション)を連載しています。 honz執筆陣。ブログは『基本読書』 。

冬木糸一 記事一覧 »