異色のシェアハウス小説、加納朋子『二百十番館にようこそ』

文=北上次郎

  • コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店― (新潮文庫)
  • 『コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店― (新潮文庫)』
    町田 そのこ
    新潮社
    737円(税込)
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 郵便局長に年齢制限があるとは知らなかった。新しく郵便局長になるには、二十歳以上、六十五歳未満という制限がある。その他、ゼロから簡易郵便局を始めるには、業務を行う施設を自分で用意しなければならないが、すでにあるものを引き継ぐ場合にはOK。ただし、「主な受託条件」として、「純資産が三百万円以上あり、営業開始後も継続的に純資産三百万円以上を維持できる見込みがある方」との項目がある。さらに、純資産三百万円以上の連帯保証人を立てよ、とある。これでは刹那(ゲーム内ネーム)には無理だ。なにしろ全財産が二十五万円しかないのだ。加納朋子『二百十番館にようこそ』(文藝春秋)である。

 就活に失敗し、引きこもりとなってネットゲームだけをしていたら親に見放され、島民が一七人しかいない離島の古びた館に放り込まれる。当座の生活費は貰ったものの、心もとない金額なので、自分と同じように「親に捨てられた子」を集め、家賃を取ればなんとかなる、と思いつく。というわけで、社会に適応できないゲームオタクたちの共同生活が始まっていく。これはそういう小説だ。

 郵便局長の件は、島の老人と仲良くなった刹那が提案される案件で、それ以外にも研修があったりして局長になるのは結構大変だ。オタクたちの共同生活も山あり谷ありの波瀾模様。やっぱりうまいな加納朋子。異色のシェアハウス小説だ。

 次は、乃南アサ『チーム・オベリベリ』(講談社)。明治期に北海道に渡ってオベリベリ(現在の帯広)の地を開拓した人間たちの途方もない労苦と営みを描く長編で、六六〇ページという分厚い書ながらも一気読み。

 物語の真ん中から少し前あたりに、晩成社を立ち上げて北海道に渡った依田勉三、鈴木銃太郎、渡辺勝の三人が酒盛りする場面がある。漬物と塩いくらだけは出したものの、何か酒の肴を出さなければ、と勝の妻(そして銃太郎の妹)カネは考えるが、すぐに出せるものがない。すると勝が「これでいい」と目の前の鍋を指さす。

 その鍋で作っていたのは、豚の餌だ。クズ野菜を鍋に放り込んで煮ていただけ。三人は木杓を使って鍋から野菜やホッチャレをとりわけていく。ホッチャレとは、産卵を終えた鮭のことで、肉が痩せて味が落ちると言われている。そのホッチャレも最初はとることを許されなかったが、それはともかく、三人は好みによって味噌をつけたり、塩を振ったりしてつまんでいく。すると勝が、「一句出来たがや」と言って詠みあげる。

「落ちぶれた 極度か豚と 一つ鍋」

 ああでもないこうでもないと飲んでいるうちに、依田勉三が

「こういうのは、どうだら」と言って詠む。

「開墾の 初めは豚と 一つ鍋」

 豚の餌を食べるという自虐だけでなく、事実を冷静に観ている姿勢と、何かしらの決意が感じられる句だ。

 この晩成社は、二〇一九年の朝ドラにも登場したようだが、ここでは依田勉三を脇にまわして、勝の妻カネの側から描いたのがミソ。明治の先進教育を受けたヒロインが、自然厳しい十勝原野でいかに生き抜いたかを、鮮やかに、情感たっぷりに描き出している。

 澤田隆治『永田キング』(鳥影社)も大変興味深い。この本には、「スポーツ漫才で一世を風靡した男の物語。」という副題が付けられている。

 スポーツ漫才とは何か。この本の冒頭には、昭和三〇年代に著者が見た永田キングの野球コントが紹介されている。四人グループのそのコントは、バットをさかさまに持ったり、ボールとグラブを間違えて投げたりするものだが、その中に、野球の一連の動作をスローモーションで見せる芸があり、著者は目を見張ったという。当時のスポーツ中継にはスローモーション再生の技術がなかったので、スローモーションで滑りこんだり、回転してキャッチする姿は、大変新鮮であったようだ。

 本書は、その伝説の芸人「永田キング」の半生を、膨大な資料を読み込んで明らかにしていくノンフィクションだ。当時のパンフレットや新聞広告や舞台写真などが数多く掲載されているので臨場感に富んでいるのが第一。第二は、漫才がどうやって庶民の人気を集めるようになったのかという歴史から、戦前の吉本と新興キネマ演芸部(松竹系)との対立まで、大衆芸能史の変遷を背景としてきちっと描いていること。だからとてもリアルに、永田キングの半生が立ち上がってくる。五〇ページに及ぶ巻末の年表が圧巻だ。

 今月は他にも、町田そのこ『コンビニ兄弟』(新潮文庫nex)、この号が出るころには書店に並んでいるはずの長浦京『アンダードッグス』(KADOKAWA)、池上永一『海神の島』(中央公論新社)があるが、それらは別の機会に譲って、原田ひ香『口福のレシピ』(小学館)で締めくくる。

 今回は、料理学校の後継者という親に決められた道を嫌って家を飛び出した品川留希子を主人公にした長編である。

 親には反抗したものの、料理は好きなので、SNSにレシピをあげているうちに人気が出て、今ではちょっとした人気プロガーになっているが、ある企画を立ち上げると、思わぬ問題が起きて──という料理小説だ。

 原田ひ香の料理小説には定評があり、本書にも美味しそうな料理がたくさん登場するが、今回の趣向は、留希子の祖父が生きた昭和初期の品川家の日々を随所で描くこと。現在編と過去編が交互に描かれるのである。過去編で語られるのは、「ポークジンジャー事始」だ。いつもよりもストーリー色が濃いのも今回の特色かも。

(本の雑誌 2020年10月号掲載)

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●書評担当者● 北上次郎

1946年東京生まれ。明治大学文学部卒。1976年、椎名誠と「本の雑誌」を創刊。以降2000年まで発行人とつとめる。1994年に『冒険小説論』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『書評稼業四十年』(本の雑誌社)、『息子たちよ』(早川書房)がある。

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