文明をゼロから作るタイムトラベラーの必携書

文=冬木糸一

  • ゼロからつくる科学文明: タイムトラベラーのためのサバイバルガイド
  • 『ゼロからつくる科学文明: タイムトラベラーのためのサバイバルガイド』
    ライアン・ノース,Ryan North,吉田三知世
    早川書房
    3,080円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 財政赤字の神話: MMTと国民のための経済の誕生
  • 『財政赤字の神話: MMTと国民のための経済の誕生』
    ステファニー・ケルトン,井上 智洋,土方 奈美
    早川書房
    2,640円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 史上最悪の感染症: 結核、マラリアからエイズ、MERS、薬剤耐性菌、COVID19まで
  • 『史上最悪の感染症: 結核、マラリアからエイズ、MERS、薬剤耐性菌、COVID19まで』
    Osterholm,Michael T.,Olshaker,Mark,オスターホルム,マイケル,オルシェイカー,マーク,加奈子, 五十嵐,英美, 吉嶺,義人, 西尾
    青土社
    2,200円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 宇宙考古学の冒険 古代遺跡は人工衛星で探し出せ
  • 『宇宙考古学の冒険 古代遺跡は人工衛星で探し出せ』
    サラ・パーカック,河江肖剰,熊谷玲美
    光文社
    2,640円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • コンピューターは人のように話せるか?―話すこと・聞くことの科学
  • 『コンピューターは人のように話せるか?―話すこと・聞くことの科学』
    トレヴァー・コックス,田沢恭子
    白揚社
    2,970円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 もし、あなたが過去にタイムトラベルをして、しかも装置が動かなくなってその時代に取り残されてしまったとしたら......。そういう時でも、あなたが文明をゼロから作り直せるようにしよう、という観点から書かれた、人類の英知がつめられた文明速攻再始動マニュアルがこのライアン・ノース『ゼロからつくる科学文明 タイムトラベラーのためのサバイバルガイド』(吉田三知世訳/早川書房)だ。取り残されるといっても、どの時代からスタートするかで異なってくるが、本書が想定しているのは動物が大地を闊歩し、ホモ属も出てきた安定期になってから。

 タイムトラベラーにたいして行われる最初の技術継承は「話し言葉」で、言葉の普遍的な特性、その役割と、作り方について述べた後、他四つの基本技術として、書き言葉、数字、科学的方法、余剰カロリーについて触れていく。ビタミンAが欠乏した場合全盲に、ビタミンB1が欠乏すると意識障害に、と健康についての知識も重要で......と、基本のキから始まり、水車、蒸気機関、セメント、と文明レベルがアップしていき、最終的にはコンピュータの作り方までたどり着いてみせる。いつ過去に取り残されるかわからないので、一冊携えておきたい本だ。

 早川書房から続けて紹介すると、ステファニー・ケルトン『財政赤字の神話 MMTと国民のための経済の誕生』(土方奈美訳)は今アメリカで大いに話題になっているMMT(現代貨幣理論)について、米上院予算委員会のチーフエコノミストやバーニー・サンダース議員の大統領選顧問など要職についてきた第一人者が語った一冊だ。MMTによると、通貨主権を持つ国はいくらでも貨幣を自国で刷れるのだから、財政赤字は国家の破綻には繋がらない。たとえば日本も赤字国債の財政赤字を補うために大量の国債を発行していて、借金がヤバいと言われるが、円をいくらでも刷れるので、理論上は明日にでもすべての国債を買い入れ、借金をゼロにすることができる。そんなことをやって問題ないのか? 貨幣を刷り続け市中に供給するといずれ起こるインフレへの対抗策など、莫大な借金を抱える日本ではこうしたMMTに関連した議論が盛り上がっていくだろう。押さえておくと見通しがよくなるはずだ。

 コロナ禍になってから様々な感染症に関する素晴らしい本が刊行されたが、マイケル・オスターホルム、マーク・オルシェイカー『史上最悪の感染症 結核、マラリアからエイズ、エボラ、薬剤耐性菌、COVID-19まで』(五十嵐加奈子、吉嶺英美、西尾義人訳/青土社)もそんな一冊。二〇一七年に刊行された本だが、その時点で、今なぜ感染症対策が必要とされているのか、もし致命的なインフルエンザが蔓延したら世界でどれほど被害が出るのかなど広範に語っている。現在の社会は、おびただしい数の人間と動物が世界中を移動しており、どこか一国で発生した感染症でもすぐに世界に広まってしまう。また、人口が急増傾向にあり、人間と動物の距離が近くなっていることで、特に鶏や豚といった家畜からのウイルス・細菌感染の脅威が増しているなど、新型コロナだけでなく、人間社会がいまどれほどの感染症の脅威にさらされている状態なのかを明らかにしていく。今や、感染症は世界にとって気候変動に並ぶリスクとみられているのだ。新型コロナを乗り越えても、必ず次の感染症が流行る。その時我々はどうすればいいのか、あらためて考え直すための一冊だ。

「遺跡発掘」や「考古学」といえば、テクノロジーとは無縁であり、泥臭い人力の調査によってすべてが完結するイメージがある。だが、実は現代の遺跡発掘には人工衛星からの映像データの活用が重要で、宇宙考古学と呼ばれる領域の発展によって効率化が進んでいるのだという。その実態を紹介しているのが、宇宙考古学の第一人者であるサラ・パーカック『宇宙考古学の冒険 古代遺跡は人工衛星で探し出せ』(熊谷玲美訳/光文社)だ。言われてみれば当然で。立ち入れない広大な未開の地を人間が歩きまわって探すより、宇宙からめぼしいものを探したほうが圧倒的に効率的だ。ある考古学者のチームは、人工衛星画像と地上探査によって、ブラジルのアマゾン川流域でこれまで知られていなかった先コロンブス期の遺跡を八一ヶ所も発見した。当然、人工衛星画像がなければ、不可能だった成果だ。とはいえ、ただ画像を眺めていればいいわけではなくて......と、その細かなテクニックや知見が豊富に述べられていく。現代のインディ・ジョーンズともいえる、新しい冒険の形がここには描き出されている。

 我々は普段当たり前のように会話を行っているが、実はそれは細かく解析してみるととんでもない離れ業であることを、おもに人体の構造・進化の流れから解き明かしていくのがトレヴァー・コックス『コンピューターは人のように話せるか? 話すこと・聞くことの科学』(田沢恭子訳/白揚社)だ。人体の構造上、我々が喋れるようになったのは具体的にどの時点からなのか。文字を読み上げる時の心の声はどのように形作られるのかといった、言葉にまつわる人体の仕組みと歴史からはじまり、どうすればそれをリアルにコンピューター上に再現させることができるのかといった、機械音声に歌わせることができる初音ミクの技術や、iPhoneに搭載されたAIであるSiriの音声技術にまで踏み込んで見せる。我々は将来、AIと友人のように話すようになるだろう。そうなったら当然、我々の話し方にも影響があって──と、AI時代のコミュニケーションにまで、本書の射程は広がっている。

(本の雑誌 2020年12月号掲載)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 冬木糸一

SFマガジンにて海外SFレビュー、本の雑誌で新刊めったくたガイド(ノンフィクション)を連載しています。 honz執筆陣。ブログは『基本読書』 。

冬木糸一 記事一覧 »