プロパガンダを警告する『操作される現実』におののく!

文=冬木糸一

  • 操作される現実―VR・合成音声・ディープフェイクが生む虚構のプロパガンダ
  • 『操作される現実―VR・合成音声・ディープフェイクが生む虚構のプロパガンダ』
    サミュエル・ウーリー,小林啓倫
    白揚社
    3,190円(税込)
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  • 「色のふしぎ」と不思議な社会 ――2020年代の「色覚」原論 (単行本)
  • 『「色のふしぎ」と不思議な社会 ――2020年代の「色覚」原論 (単行本)』
    川端 裕人
    筑摩書房
    2,090円(税込)
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  • 闇の脳科学 「完全な人間」をつくる
  • 『闇の脳科学 「完全な人間」をつくる』
    ローン・フランク,仲野 徹,赤根 洋子
    文藝春秋
    2,200円(税込)
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  • 独学大全 絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法
  • 『独学大全 絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』
    読書猿
    ダイヤモンド社
    3,080円(税込)
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  • Mind in Motion:身体動作と空間が思考をつくる
  • 『Mind in Motion:身体動作と空間が思考をつくる』
    バーバラ・トヴェルスキー,諏訪正樹,渡会圭子
    森北出版
    3,960円(税込)
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  • スケール 上:生命、都市、経済をめぐる普遍的法則
  • 『スケール 上:生命、都市、経済をめぐる普遍的法則』
    ジョフリー・ウェスト,山形 浩生,森本 正史
    早川書房
    2,530円(税込)
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  • スケール 下:生命、都市、経済をめぐる普遍的法則
  • 『スケール 下:生命、都市、経済をめぐる普遍的法則』
    ジョフリー・ウェスト,山形 浩生,森本 正史
    早川書房
    2,530円(税込)
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 アメリカ大統領選が民主党バイデンの勝利で幕を閉じたが、近年の大統領選の戦場は、SNSにまで拡大している。多くの人が気づかないうちに自分たちの陣営を支持し、相手を嫌悪するように、操作を画策する勢力が存在するのだ。サミュエル・ウーリー『操作される現実 VR・合成音声・ディープフェイクが生む虚構のプロパガンダ』(小林啓倫訳/白揚社)は、そんなSNSを用いた煽動合戦と、AIやVRやARといった最新の技術が、プロパガンダや洗脳的な教育に用いられる状況を解説する警告の書だ。

 たとえば近年、人工知能による自然な文章生成の技術も進歩を続けていて、海外のインターネット掲示板のRedditでは、新しい言語モデルを用いたBotが、人間にバレずに書き込みを行っていたことが明らかになった。これがスパムや誘導に使われるのは間違いないが、こうしたAIによる文章生成や偽の動画生成を見破るためのチェックAIも作られつつある。AIvsAIともいえる状況だが、技術がどう用いられるかについての知識があれば、我々も見破ることができる。操られたくなければ、読んでおきたい一冊だ。

 川端裕人『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)は近年再開されつつある色覚検査に端を発し、自身もかつて色弱と診断された著者が研究者らへの取材を重ねて現代の色覚科学の最前線に挑んだ一冊だ。二〇〇二年を境に、日本では学校検診の必須項目から色覚検査が外された。その後、色覚検査は積極的に実施されてこなかったが、それによって、自分が色弱であることを自覚しないまま就職期になって検査をして、警察やパイロットといった一部の職業につけないことが明らかになり、道を断念するケースが近年増えてきているという。

 そういう事情もあり、色覚検査の再開の動きが出始めている。しかし、それはかつて色弱に実質的な害がないにも関わらず、就ける職業が大幅に制限された差別的な時代の再来に繋がりはしないか。また、現在の最先端の色覚検査によれば、軽微な色覚異常といえる人が四割もいるという。つまり、人の色覚は正常/異常で単純に分けられるものではなく、現代の最先端の知識と基準で、色覚についてもう一度考え直す必要があるはずだ。本書はその問題に、社会と科学の両面からがっつり組み合っており、読み応え十分。

 ローン・フランク『闇の脳科学 「完全な人間」をつくる』(赤根洋子訳/文藝春秋)は、脳に直接電気刺激を与えて、うつや統合失調症を治し、はてには同性愛者を異性愛者に変えようとして、世間から批判を喰らった科学者ロバート・ガルブレイス・ヒースの生涯とその研究の意味をあらためて問い直す一冊だ。脳に電気刺激を直接与える治療は現代では一般に用いられるようになったが、ヒースがやったことはその先駆けだった。この治療法は、単に病を癒すにとどまらず、報酬系の中心部である側坐核に電極を埋め込み、自分の幸福度を自分で決められるようになった時、そこに制限をかけるべきか否かといった問いかけにも繋がってくる。「人間の行動はどこまで制御されるべきなのか」という、根源的なテーマが全体を貫いている傑作ノンフィクションだ。

 読書猿『独学大全 絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』(ダイヤモンド社)は、独学すること、自分を自分が望む方へと変えていきたい人にとっては必読の一冊だ。時間を確保するための技術である「ポモドーロ・テクニック」のようなすぐに使えるものから、「そもそもなぜ学ぶのか」「どうやって学び続けるのか」という、動機をみつけ、継続するための技法も充実している。各技法の使い方、使い道だけでなく、それらの技法がどのように生み出され、発展してきたのかという歴史観点も含まれていて、ビジネス書でありながら、同時に人文書でもある一冊だ。八〇〇ページ近い本だが、辞書的に使えばいい。

 複雑な道を覚えているロンドンのタクシー運転手の海馬は通常よりも大きいように、脳と意識は空間と身体動作との相互作用によって形作られている。バーバラ・トヴェルスキー『Mind in Motion 身体動作と空間が思考をつくる』(渡会圭子訳/森北出版)は、そこにどのような関係性があるのかを主に神経科学と認知心理学で解説していく一冊だ。取り上げられていく実験は、空間から時間にまで広がっている。たとえば、朝食、昼食、夕食のマークを自由に並べさせる実験を行ったところ、ほとんどの人が食事の順番を横向きの一直線に並べ、その時間の向きは、英語話者であれば左から右というように人の読み書きの習慣で異なった。そうした時間認識の傾向は、漫画の中で時間をどう表現するのかという表現論にも関わってくる。コンパクトなテーマだが、壮大なスケールがある。

 ジョフリー・ウェスト『スケール 生命、都市、経済をめぐる普遍的法則』(山形浩生・森本正史訳/早川書房)は、生命、都市、経済に存在する、スケールについての普遍的な法則を導き出そうという科学ノンフィクションである。たとえば、都市の人口サイズにたいして、多くのデータが1・15に近いべき乗スケーリングを示している。所得、特許数、GDPだけでなく、犯罪件数も、レストランも、インフルエンザの症例もその割合で増えていく。我々は自分を自由な存在だと感じているが、総体としてみると一定の法則に従っているようなのだ。なぜそんなことが起きるのか? と、こうした法則とその背後にある原理を探求していく、エキサイティングな一冊だ。

(本の雑誌 2021年1月号掲載)

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●書評担当者● 冬木糸一

SFマガジンにて海外SFレビュー、本の雑誌で新刊めったくたガイド(ノンフィクション)を連載しています。 honz執筆陣。ブログは『基本読書』 。

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