過去を突きつけてくる吉田修一『湖の女たち』

文=高頭佐和子

 二〇二〇年を、「コロナと『日没』の年」と名付けたい。得体の知れない何かがじわじわ近づいてきて、気がつくとその渦中にいる。未体験の恐怖に、心を侵食された記憶が後々まで残りそうだ。既に多くの書評で絶賛されている桐野夏生『日没』(岩波書店)だが、私も何か書かずにはいられない。

 小説家のマッツ夢井は、ある日「文化文芸倫理向上委員会」と言う組織から召喚状を受け取る。編集者は親身になってくれず、飼い猫は行方不明。弟からは「最近、作家がよく自殺するって言われている」と言う情報を得て、不安な心境のまま指定された場所に向かう。そこで主人公は、自身の小説が「レイプを奨励している」と言う告発を読者からされたことを知らされ、「療養所」に収容されながら「作文」を書かされることになる。所長を始めとする癖のある職員たちの理不尽な主張や悪意に満ちた態度と、誰一人信用できない環境での監禁生活に、強靭な精神を持つマッツも徐々に正気を失っていく。その精密な描写は、読み手も追い詰めていく。凄まじい緊迫感だ。何より恐ろしいのは、この小説が私たちの生きる現実と地続きであるようにしか思えないことだ。

『日没』ショックを抱えたままに、吉田修一『湖の女たち』(新潮社)を読んだ。これも衝撃的な一冊である。琵琶湖近くにある介護施設で、入居者の呼吸器が故意に止められるという事件が起こる。捜査の過程で出会った介護士の女性と刑事は、互いから逃れられない関係に陥っていく。一方、事件の取材をする週刊誌の記者は、被害者の元大学教授には満州で暮らしていた過去があり、自分が調べている九〇年代に起きた血液製剤の副作用事件の重要人物と繋がりがあることを知る。被害者の妻が満州の湖で目撃した出来事。時を経て現在、湖で起きている事件の真相。その両方が次第に明らかになっていく。

 個人的な話になるが、私の父は満州生まれである。被害者と同世代の祖父母は、満州時代のことを詳しく語りたがらなかったが、祖父が中国の人々に対して贖罪の気持ちを持ち続け、祖母が悲しみを抱えていることを感じることはあった。特別な話ではなく、多くの日本人にとってあの戦争は近しい誰かの経験したことであり、関係のない昔の出来事ではないだろう。封印してはいけない過去があり、なかったことにできない出来事は、戦争の後も現在も起き続けている。私たちはそれを忘れてはいけないし、未来のために向き合わなければならないのだということを、心に刻みつけられた。

 緊張感溢れる小説が続いた後に、愉快な一冊に出会った。戌井昭人『壺の中にはなにもない』(NHK出版)の主人公、勝田繁太郎を一言で表現すると、何を言っても手応えのないぼんくらお坊ちゃんである。

 繁太郎の曾祖父は武術家で経営者としても成功した立志伝中の人で、祖父は高名な陶芸家である。親族も学者、医師などの立派な職業を持ち活躍しているが、本人は優秀さの片鱗も見せない男だ。一貫教育の学校で競争を知らずに育ち、成績は凡庸である。空気読めない性格が原因で級友たちから無視され、ボサッとした見た目のせいで不良グループに絡まれ、社会性が乏しいため友人らしい友人もおらず家にばかりいる。親には呆れられ、姉にはイラつかれ、就活にも失敗する。祖父のコネでギャラリーに就職するものの、美術品の価値が理解できず、あり得ない失敗を繰り返している。

 繁太郎のすごいところは、通常なら悩み苦しむべき状況を、全く気にしていないところである。武術家の曾孫だけあって反射神経はよく、経済的にも恵まれているのに、それを有効利用することも鼻にかけることもない。悪意も卑屈さもなく思った事を素直に口にするだけなのだが、相手は噛み合わない会話と謎の行動に戸惑うハメになる。その脅威的なマイペースぶりが淡々と描写され、久々に小説を読みながら声を出して笑った。

 そんな繁太郎を、唯一高く評価しているのが破天荒な祖父だ。陶芸に興味を持たせようとし、銀座での豪遊につき合わせ、見合いをさせたりもするが、当人には全く響かない。しかしその祖父が亡くなり、変てこな研究所で働き始めてから、繁太郎の日常は少しずつ変わっていく。

 こんなヤツが身近にいると、日々イライラさせられ、尻拭いに四苦八苦させられること間違いなしである。しかし読んでいるうちに、邪気が全くないこの青年を「繁太郎最高!」と讃えてやりたい心境になってくる。いろいろなことに気を配り、わかりやすい成果を上げることだけがいい人生ではない。自分の速度で生きるって、素敵だ。(周りがちょっと困るけどね。)読み終わると「全ての人に幸あれ」という言葉が自然と浮かんだ。愛すべき小説である。

 青山七恵『みがわり』(幻冬舎)の主人公・園州律は新人賞を受賞したものの二作目がなかなか書けない作家だ。ある日出版社の紹介で、自分のファンだという女性・梗子に出会う。涙を流して喜ぶ梗子に違和感を覚えつつも、彼女の自宅を訪問した律は、自分が彼女の亡くなった姉・百合にそっくりであることを知る。

 やたらと感情的に姉への思いを吐露する梗子には、伯母に懐いていた娘とハンサムな夫がいる。百合の生涯を小説にしてほしいという依頼を受け、彼らと関わっていくうちに、律の中には必要以上の好奇心が芽生え、一家が隠す秘密を炙り出し、小説として描写することに取り憑かれていく。

 それぞれの登場人物が持つ過剰な部分と、ペースの良い物語に引き込まれた。終盤の展開には驚愕するしかない。小説を書くってなんなのか、読むってなんなのか、『日没』とは違う意味で考えさせられた。

(本の雑誌 2021年1月号掲載)

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●書評担当者● 高頭佐和子

神奈川県生まれ。都内在勤書店員。文芸書担当。

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