思わず噴き出す短篇集『黒い豚の毛、白い豚の毛』

文=林さかな

  • 黒い豚の毛、白い豚の毛: 自選短篇集
  • 『黒い豚の毛、白い豚の毛: 自選短篇集』
    閻連科,谷川毅
    河出書房新社
    3,190円(税込)
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  • ストーリー・オブ・マイ・キャリア 「赤毛のアン」が生まれるまで
  • 『ストーリー・オブ・マイ・キャリア 「赤毛のアン」が生まれるまで』
    ルーシー・モード・モンゴメリ,水谷 利美
    柏書房
    1,870円(税込)
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  • 穴の町
  • 『穴の町』
    ショーン・プレスコット,北田絵里子
    早川書房
    2,750円(税込)
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  • 『なにかが首のまわりに (河出文庫)』
    Adichie,Chimamanda Ngozi,アディーチェ,チママンダ・ンゴズィ,のぞみ, くぼた
    河出書房新社
    1,242円(税込)
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 ハラハラしたり、噴き出してしまったりと楽しませてもらったのが、ノーベル文学賞候補と注目されている作家、閻連科の自選短篇集『黒い豚の毛、白い豚の毛』(谷川毅訳/河出書房新社)。九つの短篇が収められている。

 表題の冒頭は少しだけ長閑。「春には春の匂いがあるべきだ。花や草の、青々とうっすらしたのがゆらゆら漂うように。」しかし、それはほんの二行で、三行目からは屠畜屋の豚をさばく血の匂いが充満しはじめ、物語の幕が開く。

 劉根宝はもうすぐ三十歳になる男で、嫁の来手がないため、同居している両親は肩身の狭い思いをしていた。そこに変なチャンスがめぐってくる。村一番の金持ちである屠畜屋の息子が交通事故で人を殺めてしまい、その息子の代わりに牢屋に入ろうというのだ。そうすれば、将来に便宜を図ってもらえ、嫁も見つかるはずだと見込んだのだ。しかし、村でそんなことを考えたのは、根宝ばかりではなかった。他にも身代わり候補が名乗りをあげ、最終的に三人が一部屋に集まった。くじのようなものをひいて、誰がお金持ちの家に恩義を売れるのか決めることにする。そのくじに使われたのが豚の毛なのだ。

 くじを引く三人それぞれに切実な背景があり、誰が牢屋に行くのか、二転三転しながら結末にたどりつく。

 他に作者自身の二十六年間に及ぶ軍での経験が反映されている三作「いっぺん兵役に行ってみなよ」「思想政治工作」「革命浪漫主義」はおもしろすぎて、何度も噴き出した。

 なにより軍隊の様子がよく伝わってくる。新兵の指導・教育や上司のお嫁さん探し、階級制度の厳しい組織における、上司への忠誠心の強さなど、真面目な日常はかえって滑稽にも感じてしまうものがある。何事も極端な世界は、一歩引いてみると、おかしみしかない。

 翻訳小説の楽しみは知らない国の世界を見せてもらうことでもあるが、日本との共通点が見えてくる「あるある」を、他国の視点で読めるのも楽しい。

 お盆で帰省していた自衛官の息子とも大いにもりあがり、息子は本好きな同僚にもすすめると言っていた。

『ストーリー・オブ・マイ・キャリア 「赤毛のアン」が生まれるまで』(L・M・モンゴメリ/水谷利美訳/柏書房)は、一九七九年に『険しい道』(絶版)として刊行されたものの新訳。モンゴメリが雑誌に連載した自身のキャリアを書いたもので、新訳では、詳細な訳注とモンゴメリの生涯もまとめられていて、資料的価値もある。いきいきした訳文で、「赤毛のアン」を書く作家がどのように誕生したかが見えてくると共に、作家の公にしていた顔と私生活の対比も資料から読み取れる。

 アンは全巻読んでいるので、はじまりの子ども時代からして、アンのような物語的文体で描写されるのに、わくわくした。訳者あとがきにある「モンゴメリの文体は感覚に訴えた「装飾過剰な文体」」に大いに納得する。

 帯にも引用されている──自身は有名になりたいわけではなく、自分が選んだ職業において、よい仕事をする人間のひとりとして認められたいと書くモンゴメリ。アンのように、多くの人に愛される作品を描いていたが、その私生活はかくも大変なものだったことは初めて知った。最期については真相が長い間伏せられ、一九四二年に亡くなった後、二〇〇八年まで公表されなかった。まさかと思う死因に驚かされる。

 モンゴメリ、そしてアンのファンならば、ぜひ読んで欲しい。

 オーストラリアの作家デビュー作『穴の町』(ショーン・プレスコット/北田絵里子訳/早川書房)は、「ぼく」が本を執筆するために滞在している町に穴があき、町が少しずつ消えていくという不条理な話。

 あり得ない事が起こる変な町の雰囲気に引きこまれる。

「ぼく」は〈ウールワース〉というスーパーマーケットで働きながら執筆する。スーパーマーケットによく来る客と知り合いになったり、図書館員に町について何を書くかを相談したりしながら町の情報を得ていく。

 知り合うひとりであるリックに、読んでいてなぜだか妙に引かれた。リックは毎日長い時間、店に滞在し、最終的にひとつかふたつ買い物をしていく。リックは大人になりそこねて今に至っている。職を得て社会人となり、結婚し、子どもができる、そういう段階を経て大人になるものだと本人は思っていたが、クリアしたのは途中までだった。その結果、大人になれないのならまた子どもに戻りたいと望んでいるのがリックだ。

 人は予定していた道のはしごがはずれてしまうと、次はどうやって道をみつけていくのだろうか。

 それにしても、穴に消えていく町という独特な雰囲気ある展開にすっかりはまってしまい、読後には、自分の住んでいる町にも穴があいてしまったらどうなるだろうと、しばらく想像が止まなかった。

 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『なにかが首のまわりに』(くぼたのぞみ訳/河出文庫)は、二〇〇九年に刊行された原著短篇集の翻訳であり、既に刊行されていた日本独自の短篇集『アメリカにいる、きみ』、『明日は遠すぎて』からのベストセレクション集。

 十二の短篇がおさめられ、ナイジェリアでおきているできごとを小説の形で読ませたそれは、ひとつ読むごとに、自分自身ですら気づいていなかった感覚を刺激される。
 移動しながら生きることを、熱量をもってチャーミングに描くアディーチェの作品を文庫で読めるのはとても嬉しい。

(本の雑誌 2019年10月号掲載)

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●書評担当者● 林さかな

一九六七年北海道生まれ。カナダ、京都、名古屋で生活。いまは東北在住。好きな詩:エミリー・ディキンソン「真実をそっくり語りなさい、しかし斜めに語りなさい――」

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