日本SF短編の最先端伴名練作品集に五つ星!

文=大森望

  • 危険なヴィジョン〔完全版〕1 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『危険なヴィジョン〔完全版〕1 (ハヤカワ文庫SF)』
    レスター・デル・レイ,ロバート・シルヴァーバーグ,フレデリック・ポール,フィリップ・ホセ・ファーマー,ミリアム・アレン・ディフォード,ロバート・ブロック,ハーラン・エリスン,ブライアン・W・オールディス,ハーラン・エリスン,伊藤典夫,浅倉久志,山田和子,中村融,山形浩生
    早川書房
    1,320円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • なめらかな世界と、その敵
  • 『なめらかな世界と、その敵』
    伴名 練,赤坂 アカ
    早川書房
    1,836円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 雪降る夏空にきみと眠る 上 (竹書房文庫)
  • 『雪降る夏空にきみと眠る 上 (竹書房文庫)』
    ジャスパー・フォード,桐谷 知未
    竹書房
    1,100円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 雪降る夏空にきみと眠る 下 (竹書房文庫)
  • 『雪降る夏空にきみと眠る 下 (竹書房文庫)』
    ジャスパー・フォード,桐谷 知未
    竹書房
    1,100円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 小鳥たち
  • 『小鳥たち』
    山尾悠子,中川多理
    ステュディオ・パラボリカ
    1,900円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • フレドリック・ブラウンSF短編全集1 星ねずみ
  • 『フレドリック・ブラウンSF短編全集1 星ねずみ』
    フレドリック・ブラウン,安原 和見
    東京創元社
    3,850円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 日本SF誕生―空想と科学の作家たち
  • 『日本SF誕生―空想と科学の作家たち』
    豊田有恒
    勉誠出版
    1,980円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 原書刊行から52年。それを3分冊にした邦訳の1冊目が1983年に出たきり、日本では長く幻の本となっていた革命的オリジナル・アンソロジーがついに全訳された。ハーラン・エリスン編『危険なヴィジョン[完全版]』、全3巻(ハヤカワ文庫SF)★★★½である。仄聞するところ、『世界の中心で愛を叫んだけもの』Tシャツの許諾を得ようと早川書房がエージェントに連絡したら、「それはいいけど、あれどうなってんの?」と突っ込まれ、Tシャツから駒で36年ぶりの[完全版]刊行が決まったらしい。改めて読むと時の流れを実感するわけですが、読みどころはやはり、いちばんイキってた時期(当時33歳)のエリスン節が冴え渡る各編の序文。合計100ページ以上あるので、むしろそっちがメインかも。本邦初訳も15編あるが、半世紀以上訳されなかったのもむべなるかなと思えるもの(スタージョンの近親相姦ものとか)が大半で、普通に面白いのはローマーくらいか。まあ、このアンソロジーのコンセプトに照らすと、普通に面白いのは失敗なので、失敗作が少ないとも言える。もちろん既訳・改訳には歴史的名作も多く(ライバーとかディレイニーとか)SFファンは必携。

 その『危険なヴィジョン』の日本版を目指した面がなくもない《NOVA》の最新刊『2019年秋号』(河出文庫)は、谷山浩子の幻想小説から津原泰水の初戯曲まで新作短編9編を掲載。アマサワトキオの生体コンビニものとか高山羽根子の捕鯨アイドルものとか田中啓文の宇宙サメSFとか、いろいろはじけてます。

 しかし、日本のSF短編の最先端という意味では、伴名練『なめらかな世界と、その敵』(早川書房)★★★★★がイチ推し。なにしろ、収録6編のうち4編は、同人誌に発表されたのち《年刊日本SF傑作選》に採録された作品。中でも「ゼロ年代の臨界点」は明治期(1900年代)に大阪の女子校で突如勃興した日本初のSFムーブメントについて語る偽文学史形式の改変歴史百合SFで、SFが好きすぎるこの著者ならではの超マニアックな細部が堪能できる。書き下ろしの中編「ひかりより速く、ゆるやかに」は、修学旅行の帰りに乗車した新幹線「のぞみ」で前代未聞の"事故"に巻き込まれたクラスメートたちを外側から見守る時間SF。おそろしくオタク的なネタをディープに追求しながら、その向こう側に突き抜けた希有な傑作であると同時に、2019年7月に書かれたという偶然によって特別な意味を持つ。この1編のためだけに本書を買ってもお釣りが来るだろう。まさにインスタント・クラシックと言うべき1冊。しかしまさか伴名練がここまでハネるとは。何事も極めるのが肝要か。なお、その伴名練のゆりかご(?)となった創元SF文庫の《年刊日本SF傑作選》は、まるで役目を果たし終えたかのように、12冊目の『おうむの夢と操り人形』を出して終刊。最後なので、いままで買ってなかった人もぜひ。

 神林長平"作家デビュー40周年記念作品"と謳う『先をゆくもの達』(早川書房)★★★★は、SFマガジン連載をまとめた単発長編。火星人の寿命は90歳で、生まれるのは女性だけ──そんな決まりのもとで暮らすコロニーの管理者ナミブ・コマチは、やがて、ある重大な決断を下すことになる。黄金時代の(ある意味アーサー・C・クラーク的な)SFへの郷愁を込めつつ、《火星》三部作のその先へと一歩を踏み出す。

 澤村伊智『ファミリーランド』(早川書房)★★★★は、同じくSFM掲載の連作に新作1編を加えた著者初のSF集。未来の日本を背景に、嫁姑、結婚、出産、介護、葬式など、家族にまつわるあれこれがシャープかつコミカルに描かれる。帯には"令和元年最恐SF"とあるが、全体としてはちょっと懐かしいテイストのブラックコメディか。冒頭の「コンピューターお義母さん」も楽しいが、インパクトは書き下ろしの「今夜宇宙船の見える丘に」が一番。要介護状態区分を推し進めた"ケアフェーズ"の発想は確かに"最恐"かも。

 ジャスパー・フォード『雪降る夏空にきみと眠る』(桐谷知未訳/竹書房文庫)★★★½は、人類が冬眠する世界を舞台にした恋愛ミステリの佳作。SF設定は相当つくりこまれているが、ゾンビ要素もウェスタン要素も『ドリーム・マシン』要素もあり、たいへん風変わりな読み心地。

 山尾悠子・中川多理『小鳥たち』(ステュディオ・パラボリカ)★★★★は、小鳥に変身する〈水の城館〉の侍女たちをめぐる表題作に触発された中川多理の人形の写真とそれに触発された続編(AI搭載のロボットが登場する)に、書き下ろしの新作を加えた全3話の幻想小説+人形写真集。

 著者の全SF短編111編を執筆順に収録した《フレドリック・ブラウンSF短編全集》の刊行が始まり、四分冊の第一巻『星ねずみ』が出た(安原和見訳/東京創元社)。オール新訳で面目一新の体だが「天使ミミズ」に慣れるのは時間がかかりそう(いや、どう考えても天使ミミズなんだけど)。

 ノンフィクションでは、豊田有恒『日本SF誕生 空想と科学の作家たち』(勉誠出版)が出ている。主に日本SF草創期の回顧録で、既出のエピソードも多いが、文春の編集者だった時代の桐島洋子の話や、国際SFシンポジウム当時の話(翻訳家連中が薄情だと平井和正がぼやいていたとか)が楽しい。今年のヒューゴー賞ベストシリーズ部門を受賞したベッキー・チェンバーズ《ウェイフェアラー》の第一作『銀河核へ』(創元SF文庫)は次号で。

(本の雑誌 2019年10月号掲載)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

大森望 記事一覧 »