"見えない存在"に光を当てる『サブリナとコリーナ』

文=林さかな

  • サブリナとコリーナ (新潮クレスト・ブックス)
  • 『サブリナとコリーナ (新潮クレスト・ブックス)』
    カリ・ファハルド=アンスタイン,小竹 由美子
    新潮社
    2,310円(税込)
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  • 優しい暴力の時代
  • 『優しい暴力の時代』
    チョン・イヒョン,斎藤真理子
    河出書房新社
    2,420円(税込)
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  • 忘却についての一般論 (エクス・リブリス)
  • 『忘却についての一般論 (エクス・リブリス)』
    ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ,木下 眞穂
    白水社
    2,860円(税込)
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  • 現想と幻実: ル=グウィン短篇選集
  • 『現想と幻実: ル=グウィン短篇選集』
    アーシュラ・K・ル=グウィン,大久保ゆう,小磯洋光,中村仁美
    青土社
    2,860円(税込)
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  • ラスト・ストーリーズ
  • 『ラスト・ストーリーズ』
    ウィリアム・トレヴァー,栩木伸明
    国書刊行会
    2,640円(税込)
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 コロナ禍で外出することがかなり減ってしまい、自分の世界がどんどん小さくなるような今、小説を読むと少し見える範囲が広がる。

『サブリナとコリーナ』(カリ・ファハルド=アンスタイン/小竹由美子訳/新潮社)は、ラテンアメリカ系の人々を描いた短篇集。作者にとってデビュー作品となる。どの短篇のどの女性たちも印象に残る。

「新潮社クレスト・ブックス2020-2021」のフリー冊子に、作者のインタビューが掲載されている。短篇で描かれる非白人女性に対する暴力について、作者の実体験に基づいているものがあり「人間がこんなに醜くなれるってことが、みんなにわかるでしょ」と語る。

「姉妹」は実話に基づいている作品のひとつ。一緒に暮らす姉妹の、妹の方に恋人ができたとき、姉にもいい人がいなくちゃと、ダブルデートを設定する。彼は姉を気に入ったが、姉は何かしっくりこない。だから、彼から求婚されたとき、姉は断る。結婚したくないということが姉には明確だったからだ。拒絶したその時、酷い暴力がふるわれる。新聞に載ってもおかしくないような出来事だが、そんな記事が新聞に載ることはない。ただ、非白人女性がひどい怪我をした事を、まわりのごくわずかな人が知るだけで、それ以上に興味をもつ人はいない。

 暴力が日常になり、日常をなんとかやりすごし生き延びていく。人は見ようと思ったものしか目に入ってこない。

 作者はスペイン系の苗字をもつ女性たちの未解決事件の多さから、「見えない存在」に苛立ちをもっていた。「見えない存在」を「見える存在」にしようと、作家になった。そして、暴力に屈せず、サバイバルして生き延びる、自分の故郷に生きる、そういう女性たちを十一の短篇に描いて見せてくれた。

『優しい暴力の時代』(チョン・イヒョン/斎藤真理子訳/河出書房新社)は悪意むき出しの目にみえる暴力ではなく、直接的な手は出さない、みえない暴力を静かな筆致で描いた短篇集。

 出産を軸にした短篇「何でもないこと」は、まだ高校生の娘が妊娠し、未熟児を出産する。双方の親は生まれるまで妊娠に気づいていなかった。

 娘の母親は、予期せず登場した小さい赤ん坊の存在に動揺し、自分の妊娠出産時を思い起こす。相手の親は料理をしていたときのフライパンの蓋が爆発し、クレームをどうつけようかと思案しているさなかに、息子に子どもができたことを知らされる。親たちは理解が追いつかない。その間に小さく産まれた命は、危険な状態がすすんでしまい、一刻も早い手術が必要になる。大人の誰かが(親になったばかりの未成年者ではなく)手術同意書にサインをしなくてはいけない。けれど、大人たちは先延ばしにする。目の前にある小さな命ではなく、自分たちの子どもと世間体を優先させてしまう。

 待ってくれない時間の中にいる人がみているものは狭い。その残酷さが際立たされる。

『忘却についての一般論』(ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ/木下眞穂訳/白水社)はスリリングな展開に読んでいる間中、心がわしづかみにされ、読了後には、タイトルの秀逸さにうなった。

 ルドは両親を亡くしたあと姉と暮らし、姉が結婚したときも離れずついていった。義兄も姉同様、ルドを大事にし、ジャーマン・シェパードを贈った。ファンタズマと名付けたその犬とルドは深い友情で結ばれる。

 しかし、幸せな時間は長く続かず、内戦が勃発し、姉夫婦が行方不明となる。ルドはファンタズマと建物の中で籠城生活を送らざるを得なくなってしまう。ルドは日記をつけ、文章を書き続け、文字を身近におきながら生活する。はじめは義兄の家に食料が豊富にあった。しかし、内戦は長引いた。その間、ルドは外に出られなかったが、あらゆる手を尽くして自給自足をし、ファンタズマと共に生き抜いていく。

 長い時間が過ぎたあと、ルドには建物の外にいる人と関わるときがおとずれる。母親を暗殺されたストリートチルドレンと、籠城生活のなかでどうやって出会うのかは読みどころのひとつ。

 ロビンソン・クルーソーのように、限られたものしかないルドの生活は、なんと三十年近くにも及ぶ。並行して語られるのは、建物の外にいる人物の物語で、彼らの話は、大事な伏線にもなる。伏線を回収するおもしろさには深みがあり、そんな長篇は満足しか残さない。

 駆け足にあと二冊ご紹介する。『現想と幻実 ル=グウィン短篇選集』(大久保ゆう・小磯洋光・中村仁美訳/青土社)はル=グウィンの自選短篇集をもとに、これまで訳されてこなかった作品を選出している。

 生前最後の発表となった作品「水甕」は召使いが主人の言いつけにより、砂漠を歩いて渡り、聖者に甕に入った水を届ける話。暑さで過酷な旅、旅の帰り道で出会う鼠、聖者からの甕。清らかで喉の渇きが癒えるかのような読後感を味わった。

 ウィリアム・トレヴァーの『ラスト・ストーリーズ』(栩木伸明訳/国書刊行会)は、二〇一六年に逝去したトレヴァーのまさしく「ラスト」(最後)の短篇集。

 死後、トレヴァーのデスクの上に置かれていた作品「ミセス・クラスソープ」はため息が出るほどすばらしい。

 妻を亡くしたエサリッジが、未亡人ミセス・クラスソープと出会う。色恋の話でもなく、それぞれの人生に決定的なものを与えたわけでもない。ひとひねりある語り口は、話の筋を容易にわからせないが、ミセス・クラスソープの人となりがみえてくると、ラストが染みる。

(本の雑誌 2020年11月号掲載)

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●書評担当者● 林さかな

一九六七年北海道生まれ。カナダ、京都、名古屋で生活。いまは東北在住。好きな詩:エミリー・ディキンソン「真実をそっくり語りなさい、しかし斜めに語りなさい――」

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