すばらしく魅力的な高山羽根子の偽史を見よ!

文=大森望

  • 星系出雲の兵站-遠征-5 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『星系出雲の兵站-遠征-5 (ハヤカワ文庫JA)』
    林 譲治,Rey.Hori
    早川書房
    968円(税込)
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  • 宇宙【そら】へ 上 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『宇宙【そら】へ 上 (ハヤカワ文庫SF)』
    メアリ・ロビネット・コワル,酒井 昭伸
    早川書房
    1,122円(税込)
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  • 宇宙【そら】へ 下 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『宇宙【そら】へ 下 (ハヤカワ文庫SF)』
    メアリ・ロビネット・コワル,酒井 昭伸
    早川書房
    1,122円(税込)
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  • 時間旅行者のキャンディボックス (創元SF文庫)
  • 『時間旅行者のキャンディボックス (創元SF文庫)』
    ケイト・マスカレナス,茂木 健
    東京創元社
    1,430円(税込)
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  • 歴史は不運の繰り返し セント・メアリー歴史学研究所報告 (ハヤカワ文庫 SF テ 11-1)
  • 『歴史は不運の繰り返し セント・メアリー歴史学研究所報告 (ハヤカワ文庫 SF テ 11-1)』
    ジョディ テイラー,朝倉 めぐみ,田辺 千幸
    早川書房
    1,320円(税込)
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 今年のSF界ビッグニュースのひとつは『首里の馬』の芥川賞受賞。その高山羽根子の、待望ひさしい初の書き下ろし長編『暗闇にレンズ』(東京創元社)★★★★★がついに出た。〝記録〟というテーマは『首里の馬』とも通底するが、こちらは映像が核になる。

 物語は、監視カメラがあふれる街角でスマホを操る2人の少女が主役のSide Aと、19世紀末の横浜で娼館・夢幻楼を営む嘉納家に連なる女性たちの歴史をたどるSide Bに分かれ、Bの時代が少しずつAに近づいていく。Bの主役は、仏、独、満州、米国、ベトナムなど世界各地で五代にわたり最先端の映像制作に関わってきた〝一族〟。彼女らの歩みを通し、この現実とちょっとだけ違う改変歴史が徐々に浮かび上がる。偽史を構成するパズルのピースがすばらしく魅力的で、すでに円熟期のプリースト(とくに『隣接界』)の域。SF読者的には、〝兵器としての映像〟〝現実をつくる光〟というネタにもっと踏み込んでほしかった気もするが、まあ、プリーストだからしょうがない。芥川賞作家の実力を天下に知らしめる傑作。

 しかし、ジャンルSF的に今月最大のトピックは、2年前にスタートした林譲治《星系出雲の兵站》全9巻が、『星系出雲の兵站―遠征―5』(ハヤカワ文庫JA)★★★★½でめでたく完結したこと。舞台は、人類の播種船が到着して数千年を経た植民星系群。突如勃発した未知の異星人ガイナスとの戦争を兵站から描く前半は看板通りのミリタリーSFだが、後半は敵文明の起源に焦点が移り、ファーストコンタクトもの/異星生物学ものに転調。終盤は、ホーガン《巨人たちの星》三部作や劉慈欣《三体》三部作を思わせる大技が炸裂する。深刻な状況でもユーモアを忘れない語り口のおかげでさくさく読めるが、その分、ラストがやや軽くなりすぎた感も。(ドラマ版「柳生一族の陰謀」の)成田三樹夫の口調で喋る戦略の天才・烏丸三樹夫少将が素敵です。

 一方、翻訳SF最大の話題作は、昨年の主要SF賞3冠(ネビュラ賞・ヒューゴー賞・ローカス賞)+サイドワイズ賞に輝くメアリ・ロビネット・コワル『宇宙へ』(酒井昭伸訳/ハヤカワ文庫SF)★★★½。舞台は、1952年に巨大隕石が落下して米国東海岸が壊滅した並行世界。第二次大戦に従軍した元パイロットで数学の博士号を持つエルマは、夫ナサニエルとともにこの厄災を生き延びるが、エルマの計算の結果、近い将来、地球は居住不能になると判明。人類が生き残るには宇宙に移住するしかない! ......という強制的な事情で宇宙開発が急加速した時間線で女性たちが差別に抗して活躍する。ロケットが飛ぶたびに主人公夫婦のイチャラブ場面(下ネタギャグつき)が挿入されるお茶目な書きっぷりもあって気楽に読める宇宙開発ドラマ。要は女性版(改変歴史版)『王立宇宙軍』(もしくはブラウン『天の光はすべて星』)か。

 対するケイト・マスカレナス『時間旅行者のキャンディボックス』(茂木健訳/創元SF文庫)★★★★½は、1967年の英国で4人の女性科学者がタイムマシン開発に成功した──という改変歴史設定の時間もの。300年先までの時間旅行が実用化されるものの、時間管理局的な組織が技術を独占、システムが硬直化してゆく。それに叛旗を翻す人々のドラマをはさみつつ、密室で発見された身元不明の銃殺死体をめぐるフーダニット+ハウダニットが焦点になる。特殊設定本格ミステリとしても上々なのでミステリ読者にも推奨。SF的には、The Psychology of Time Travel という原題が示す通り、時間旅行がもたらす心理的な問題にスポットライトを当てたのがキモ。タイムトラベラーは死生観が変化し、性格も変わってしまうとか(『三体 Ⅱ』で描かれる〝深宇宙旅行の心理学〟と似た発想です)。時間SFのメルクマールになりそうな1冊。

 同じく時間もののジョディ・テイラー『歴史は不運の繰り返し セント・メアリー歴史学研究所報告』 (田辺千幸訳/ハヤカワ文庫SF)★★★は、ウィリス《オックスフォード大学史学部》シリーズをライトノベル化したようなドタバタSF。とはいえ、いくつかの設定と用語とアイデアが共通するだけで、こちらは白亜紀の恐竜騒動が中心なので、読み心地はあんまりウィリスっぽくない。タイムトラベラー候補生のサバイバル訓練パートは面白いが、メインパートのバトルはさすがにゆるすぎるのでは。

 恩田陸『スキマワラシ』(集英社)★★★★は、古物商を営む兄弟の話。弟の方は、ときどきサイコメトリーが発動する体質だが、兄弟はそれを秘密にして、「アレ」と呼んでいる。商売柄、あちこちを回るうち、兄弟は、強い「アレ」を高確率で引き起こす、一群の古いタイルがあることを知る。どうやらそのタイルが秘めた記憶には、若くして世を去った兄弟の両親が関係しているらしい......。題名の〝スキマワラシ〟とは、「人と人との記憶のあいまに棲みつく」妖怪。兄が適当にでっちあげた妖怪だったはずが、目撃情報が出はじめる。解体が決まった古い建物に現れる三つ編みの少女。その正体は? 小説は、予想もつかない展開を経て、驚愕の名場面にたどりつく。いかにも恩田陸らしいモダンファンタジーだ。

 おお、もう行数がない。千街ページで扱われている斜線堂有紀『楽園とは探偵の不在なり』はタイトルから思う以上にテッド・チャン味が強いのでSF読者もお見逃しなく。書き切れないので、『GENESIS されど星は流れる』と柴田勝家『アメリカン・ブッダ』と草上仁『キスギショウジ氏の生活と意見』その他は次号で。

(本の雑誌 2020年11月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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