南海遊『パンドラブレイン』のとんでもない謎解きを見よ!
文=梅原いずみ
いつから二月はミステリが大量刊行される月に......? そう首を傾げたくなるくらい、昨年に続き今年の二月も新刊ラッシュだった。
まずは南海遊『パンドラブレイン 亜魂島殺人(格)事件』(星海社)。ミステリ研究会メンバー中心の大学生五名が訪れた亜魂島。そこはかつて、連続密室殺人鬼と名探偵の最後の対決が行われた場所でもあった。「亜魂島連続殺人事件」と呼ばれるその事件の考察を楽しんでいた五人だが、島に到着した当日に、密室で首を切断された死体と直面する。連続密室殺人鬼はまだこの島に潜んでいたのか? 不可解な出来事は続く。
島にあった脳科学研究所で研究されていた、記憶を扱う禁忌の技術。文字通りの意味で、現実へ迫ってくる過去。すべてのピースが嵌ったところで著者の仕掛けが一気に駆動し、大胆不敵でとんでもない謎解きが姿を現す。さまざまな作品へのオマージュが随所にちりばめられていて、青春ミステリとしても味わい深い。著者の前作『永劫館超連続殺人事件』とはまた違う読み心地ながら、タイトル回収の巧さは共通している。そうだね、殺人(格)事件だね!!!と、読了後に机に頭を打ちつけたのは、ここだけの秘密でお願いします。
紺野天龍『魔法使いが多すぎる 名探偵倶楽部の童心』(講談社タイガ)は、『神薙虚無最後の事件』に続くシリーズ2冊目。文庫書き下ろしとなる今作でも、東雲大学の〈名探偵倶楽部〉の面々が活躍する。
前作の冒頭で「誰かを不幸にするだけの名探偵なんて必要ない」と語っていた来栖は、今回はこう言う。「探偵たるもの、最後まで依頼人を信じ抜くべきだと思うのです」。だが、この考え方が彼女を苦しめることに。なぜなら依頼人は、自らを魔法使いと"信じる"聖川麻鈴。彼女いわく、自分は世界最強の魔法使い・聖川光琳の最後の弟子だった。しかし、十年前、光琳は彼女の目の前で"魔法によって"殺されたのだという。さらに今になって、姉弟子たちが師匠殺しは自らの犯行だと主張し始めた。その真偽を検証してもらいたい。
非現実的な依頼内容に語り手の瀬々良木は閉口してしまう一方で、来栖は乗り気。「最後まで依頼人を信じ抜く」ため、「誰も不幸にしない」ために、彼女は魔法の存在を否定せず、それでいて論理的整合性を保った推理で姉弟子たちの自白の論破に挑む。魔法が存在する世界を舞台にした特殊設定ミステリは数多あれど、現実世界のまま魔法の存在を論理的に証明しなければならない"特殊設定"は、今までになかったのではないだろうか。
獄炎使いや人形師など、個性豊かな姉弟子たちとの推理バトルは、魔法を前提にしているにもかかわらず非常にロジカル。まさに、魔法VS論理である。姉弟子たちの矛盾点を次々と指摘し、ハッピーエンドで終わらせようとする来栖。だが、前作既読の読者は知っている。ラスボスは〈名探偵倶楽部〉にいる、と。現実という煌めく刃で、来栖の優しい幻想の解を切り裂く〈東雲の名探偵〉の推理が、彼女の前に立ち塞がる。来栖の危うさも含め、ますます続きが気になるシリーズである。
短編集は、丸木文華『冷たい骨に化粧』(講談社)をオススメしたい。母と娘の逃避行を描く「真夜中のドライブ」、愛する妻が悪女であることを証明したい男の物語「愛妻家」、死の匂いに惹かれる女が暴く秘密にゾッとする「ジンとシャリ」など、キレ味鋭い九話が収録されている。マイベストは最終話の「赤い傘」。雨でもないのに傘を差し、来る日も来る日も来ない夫をバス停で待つ女にどこか懐かしさを感じる男が主人公で、結末に胸の奥がじわりと温かくなる。
第二十三回『このミステリーがすごい!』大賞の文庫グランプリ受賞作である松下龍之介『一次元の挿し木』(宝島社文庫)は、新人とは思えない筆力を感じさせる長編。二百年前の古代人の人骨と、四年前に失踪した妹のDNAが一致したという奇妙な謎をきっかけに次々と事件が起きてゆく。展開と伏線の仕込み方が巧みなので、一気読み必至。特に中盤からの展開には、目を丸くした。ぜひ、二作目三作目と書き続けてもらいたい。
最後に、今年で東日本大震災から十四年目となる。額賀澪『願わくば海の底で』(東京創元社)は、"あの日"以来姿を消した高校生・菅原晋也をめぐる、全六話の連作短編集だ。東北地方沿岸部の高校で菅原と過ごした日々を、先輩や同級生、美術部の顧問、後輩がそれぞれに語ってゆく。
ミステリ的な趣向として、各話には日常の謎が施されている。たとえば第一話では、菅原が高校一年生の時に起きた校舎荒らしと、その前夜に目撃された青い火の玉の謎が、第二話では二年生の菅原をプールに突き飛ばした女子生徒の真意が明らかになる。日々のささやかな謎の中心に、菅原晋也は確かにいた。
流れが大きく変わるのは、第四話「空っぽのロッカーで 菅原晋也、大学一年の冬」から。語り手は、菅原が通うはずだった美大の同級生だ。短い語りの後、第五話で二〇一一年三月十一日のことが描かれる。
各話の語り手たちによって、菅原晋也という人物の輪郭は浮かび上がっている。飄々としてみえる菅原には、実は〈大事なものを大事にできない〉という悪癖があったり、彼自身がそのことに深く悩んでいたことも綴られる。でも、それはどこまでいっても菅原の輪郭でしかない。彼自身は、ずっと不在のままだ。その空白を空白のまま受け止めることで、第五話の真相は最終話の「禱」へ繫がってゆく。美しい装丁の見え方は、読む前と後で大きく変わる。
(本の雑誌 2025年5月号)
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- ●書評担当者● 梅原いずみ
ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。- 梅原いずみ 記事一覧 »