テンポ快調のB級宇宙SF『ミッキー7 反物質ブルース』が楽しい

文=大森望

  • ミッキー7 反物質ブルース (ハヤカワ文庫SF)
  • 『ミッキー7 反物質ブルース (ハヤカワ文庫SF)』
    エドワード・アシュトン,大谷 真弓
    早川書房
    1,518円(税込)
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  • インサイト 戦闘妖精・雪風
  • 『インサイト 戦闘妖精・雪風』
    神林 長平
    早川書房
    2,200円(税込)
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  • 探偵機械エキシマ
  • 『探偵機械エキシマ』
    松城 明
    KADOKAWA
    2,035円(税込)
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  • 惑星カザンの桜 (創元SF文庫)
  • 『惑星カザンの桜 (創元SF文庫)』
    林 譲治
    東京創元社
    902円(税込)
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  • アイギス (一般書)
  • 『アイギス (一般書)』
    葉山 透
    ポプラ社
    2,420円(税込)
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  • 星に届ける物語:日経「星新一賞」受賞作品集 (新潮文庫 ほ 4-81)
  • 『星に届ける物語:日経「星新一賞」受賞作品集 (新潮文庫 ほ 4-81)』
    藤崎 慎吾,相川 啓太,佐藤 実,之人 冗悟,八島 游舷
    新潮社
    693円(税込)
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  • 図書館の魔女 高い塔の童心
  • 『図書館の魔女 高い塔の童心』
    高田 大介
    講談社
    2,090円(税込)
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  • リストランテ・ヴァンピーリ
  • 『リストランテ・ヴァンピーリ』
    二礼 樹
    新潮社
    1,870円(税込)
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 ポン・ジュノ監督の映画『ミッキー17』が楽しい。ミッキーは異星植民計画の使い捨て人間(死んでも新しい体ですぐ復活する)にうっかり志願したばかりに最低最悪な任務で酷使されるダメ男。原作は7人目だが映画では17人目に増量、ミッキーが死ぬ場面をこれでもかと見せる。頭の悪いギャグと下世話なジョーク満載の爆笑ブラックコメディだが、その原作の続編、エドワード・アシュトン『ミッキー7 反物質ブルース』(大谷真弓訳/ハヤカワ文庫SF)★★★½が出た。前作のラストで原住生物のムカデ(映画ではチビ王蟲風)との交渉をまとめ、めでたくエクスペンダブルから引退したミッキーだが、隠してきた反物質爆弾の回収をコロニー司令官(映画ではマーク・ラファロが嬉々としてトランプ大統領っぽく演じている)に命じられる。ところがムカデの代表によれば、爆弾は"南の友人"に貢物として渡したという。ミッキーは仕方なくスピーカーを案内役に決死の爆弾奪還作戦に赴く。

 全体にスコルジー《老人と宇宙》をB級にした感じで、テンポは快調。異星種属との問題解決に関して、いかにもアメリカ的な脳天気さが多少鼻につくが、それ以外は楽しく読める。

 神林長平『インサイト 戦闘妖精・雪風』(早川書房)★★★★は、『アグレッサーズ』に続くシリーズ第5作にして新3部作の第2章。前作に続き、日本海軍のエース田村伊歩や、FAFの桂城彰が軸になる。会話劇メインの前半から、後半は急展開。雪風はずいぶん饒舌になり、ジャムは意外な正体を現す。さあ、深井零、どうするどうなる─というところでこの巻は幕。早く第6作(新3部作完結編?)が読みたい。

 その『雪風』へのオマージュと聞いて慌てて読んだのが松城明『探偵機械エキシマ』(KADOKAWA)★★★½。エキシマは4本脚の黒い鏡餅みたいな小型ロボット。毎回、神のごとき推理で殺人犯を特定し殺害しようとするが、人間の管理者(空木)が寸前で止めて推理過程を通訳する。なるほどこれは、「もしも雪風が探偵機械だったら?」という趣向の超ユニークな本格ミステリ。雪風ファンはお見逃しなく。

 林譲治『惑星カザンの桜』★★★½(創元SF文庫)は、ひさしぶりの単発(一巻完結)長編。1万光年彼方の惑星カザンで、文明の急激な発展と滅亡が観測される。急遽派遣された総勢750名の調査隊は、何度もワープをくりかえし、片道7年の歳月を費やして現地に赴くが、それきり消息を絶つ。カザン文明はなぜ滅び、調査隊に何が起きたのか? その謎を解くべく、3600人の第二次調査隊がカザンに到着。やがて、地球文明そっくりの都市や、第一次調査隊メンバーそっくりの人間が見つかるが、どうもようすがおかしい。この惑星はいったい何なのか? ─というわけで、緊迫のファーストコンタクトは林譲治版『ソラリス』になるかと思いきや、意外な方向へ。ある意味、惑星ソラリスのジャンルSF的再解釈かも。

 葉山透『アイギス』(ポプラ社)★★★½は、AI消失の謎をめぐるタイムリミットサスペンス。題名のアイギス(AIgis)とは、孤高の天才・天野生人がほとんど独力で開発した世界初の汎用AIによるセキュリティシステム。いまや日本の金融取引の80%を管理するが、そのアイギスがとつぜん機能を停止。その後、サーバーから"失踪"したことが判明する。「自己保存、データ保全、安全な取引」の三原則を最優先とするアイギスが、なぜ、どこに消えたのか? 主人公の本多葵はかつて天野のいた研究所でスパコンを開発していた技術者。デジタル庁危機管理部門の依頼を受け、前代未聞のAI捜索ミッションに挑む。SF度は低めだが、リーダビリティは抜群。

『星に届ける物語 日経「星新一賞」受賞作品集』(新潮文庫)★★★½は、1万字以内の"理系文学"を対象とする公募短編賞一般部門のグランプリ作品を11年分集めたアンソロジー。AIが書いた研究論文という体裁の藤崎慎吾「「恐怖の谷」から「恍惚の峰」へ~その政策的応用」に始まり、自動運転車同士の衝突事故直前の半秒間を描く八島游舷「Final Anchors」、遺伝子操作したサンゴで二酸化炭素削減を目論む相川啓太「次の満月の夜には」、皮膚を緑化して飢餓問題の解決を図る白川小六「森で」など、技術寄りのSFが多い。村上岳「繭子」のように、確かに理系文学だが、SFかどうかよくわからない作品も。マイベストは、文明崩壊後の世界で、遠隔地との通信のためひたすらスマホの音ゲーをプレイする梅津高重「SING×レインボー」。他に、関元聡「リンネウス」と「楕円軌道の精霊たち」、佐藤実「ローンチ・フリー」、柚木理佐「冬の果実」、之人冗悟「OV元年」を収める。新進SF作家のショーケースとしてもお薦め。

 高田大介『図書館の魔女 高い塔の童心』(講談社)★★★½は、10年ぶりに出たシリーズ第3弾。ただし前作の続きではなく、ハルカゼ視点からマツリカの幼女時代(6、7歳の頃)を描く『図書館の魔女』前日譚。好物の海老饅頭が不味くなったという事実からマツリカの天才的な頭脳が弾きだした答えとは? シリーズの入口にもなるキュートな小品。夏に出る第4作が楽しみだ。

 第11回新潮ミステリー大賞に輝く二礼樹『リストランテ・ヴァンピーリ』(新潮社)★★★は、近未来または改変歴史世界のイタリアを舞台にした異色のライトノベル系ヴァンパイア小説。主人公は会員制高級リストランテの人肉解体師。美形揃いのアニメ的なキャラたちが華麗なアクションを展開する。背景が全然よくわからないが話は面白い。

(本の雑誌 2025年5月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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