市川憂人の本格ミステリに臆せず挑め!

文=梅原いずみ

  • もつれ星は最果ての夢を見る
  • 『もつれ星は最果ての夢を見る』
    市川 憂人
    PHP研究所
    2,200円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 「真」犯人
  • 『「真」犯人』
    石持浅海
    祥伝社
    1,980円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • さよならジャバウォック
  • 『さよならジャバウォック』
    伊坂幸太郎
    双葉社
    1,870円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • サイレントヒルf
  • 『サイレントヒルf』
    黒 史郎,コナミデジタルエンタテインメント,コナミデジタルエンタテインメント
    KADOKAWA
    2,680円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

 市川憂人『もつれ星は最果ての夢を見る』(PHP研究所)は、未開の星で見つかった銃殺遺体をめぐる、本格SFミステリである。量子テレポーテーション通信が開発され、遠く離れた星同士でも通信が可能となった時代。人類は居住可能な星域を拡大するため、宇宙開拓コンペティションを開催していた。第三九回のコンペ参加者は五人。エンジニアの零司もそのひとりだ。宇宙船制御AIで相棒のディセンバーとコンペ会場の星に降り立った零司は、調査開始早々、競合相手の銃殺遺体を発見する。地球から十光年離れた場所で、誰が、いつ、なぜ、どうやって? 宇宙規模の壮大な事件に、零司とディセンバーは巻き込まれていく。

 本作は登場する要素のほとんどが謎解きに回収される。たとえば、コンペ参加者が連れているAI。ヒト型から動物まで、個性的なAIたちは人間との付き合い方もそれぞれ。零司のディセンバーは、零司に何度も「二言以上多いんだよ」と言われるくらい生意気......ではなく弁が立つ。各AIの個性や思考のロジックは、事件解明において重要な役割を持つ。そもそも舞台が宇宙という広大すぎるエリアのため、逆に犯行可能な人物が限られ、クローズドサークルが完成すること自体、斬新だ。

 もうひとつ、謎解きの鍵を握るのは量子力学的な視点だ。有名な「シュレーディンガーの猫」をはじめ、「量子もつれ」の思考がフーダニットに落とし込まれている。この仕掛けが本領を発揮し犯人を追い詰め、さらに予想外の真相をもたらす。ただし、量子力学の話は難解なため、理系科目に苦手意識のある方は、完璧に理解するより一度、「そういうものなのだ」と受け止め、先へ読み進めることをおすすめする。終盤の怒濤の展開では謎解きの快感を堪能できる。理系は苦手だからと諦めるのは勿体ない!

 奇想に満ちた謎と独自の論理が炸裂する点では、石持浅海『「真」犯人』(祥伝社)も外せない。芸術家の卵たちに創作環境を提供し、支援する芸術村。作曲家のバッハさん、写真家の拳さんなど、互いをニックネームで呼び合うこの村で、雑用係の丁稚として暮らす「わたし」はある日、発明家エジソンさんの死体を発見する。現場状況から見るに、犯人は歌人の小町さん。が、ある理由で小町さんを犯人にしたくない村長は、「わたし」に言う。"別の人物"を「真」犯人にせよ、警察を納得させる虚構のストーリーを組み立てよ、と。

 そう、本作で行われるのは犯人当てではなく、「真」犯人の捏造だ。良心の呵責や社会的・倫理的な正しさを超えた、芸術村のみで通用する論理をもとに、「わたし」は「真」犯人の犯行を仕立ててゆく。現場の状況と齟齬がないよう、だけど物的証拠は残さぬように......。悪巧みのため当然一筋縄ではいかず、問題が起きるたびに「わたし」はストーリーを修正し検証する。手法は間違いなく本格のソレだが、通常の謎解き小説とは手続きがまったく違っていて新しい。「わたし」や村長たちに感じていた、"才能"をめぐる違和感は後半バッサリ切ってくれる人物がいるので、そこ含め読み応え抜群の一冊である。

 二〇二五年五月刊行の短篇集『パズルと天気』もデビュー二五周年を機にした作品だったが、こちらは書下ろしの長篇。伊坂幸太郎『さよならジャバウォック』(双葉社)。

 物語は、『鏡の国のアリス』に出てくる言葉で始まる。「なぜかしら、頭がいろいろな気持ちでいっぱい。何が何だかはっきり分からない」。モラハラ夫を勢いで殺害してしまった量子の心情を的確に表した引用であり、序盤~中盤までの読者の気持ちにも重なる。なんせ、夫を殺した後の量子はあれよあれよという間におかしな展開に巻き込まれるのだ。まず、突然現れた大学時代の後輩・桂に「夫の死体を隠せばいい」と森に連れていかれ、気づくと今度は桂を追う夫妻・破魔矢と絵馬に協力を請われる。二人は、脳に寄生する"ジャバウォック"を桂と研究していたらしい。やがて語り手は、元ミュージシャンのマネジャー斗真に変わる。量子と斗真、二つの視点が交互に切り替わりながら物語は進むが、登場人物たちの狙いも、話の向かう先も見えない。それでも読者を物語に惹き込み離さないのは、さすが伊坂幸太郎である。

 そして終盤、ふたつのパートで描かれていた内容があちこちで繫がり、すべての疑問を解消しながら真実が立体的に浮かび上がる。これが本当に素晴らしい。ミステリにおける騙りの趣向の練り上げ方が半端ではないのだ。再読すると冒頭から巧妙に仕掛けられた伏線の数々に気づけるので、二度読み推奨です。

 九月に発売された、人気ホラーゲームの最新作「SILENT HILL f」。シリーズとしては外伝にあたり、一九六〇年代の日本が舞台である。そのノベライズが『サイレントヒルf』(コナミデジタルエンタテインメント原作・監修/KADOKAWA)だ。著者は、〈実話蒐録集〉シリーズなどの著作を持つ黒史郎である。

〈SILENT HILL〉シリーズの特徴は、心理的状態に起因する恐怖をベースにした物語で、今作はそこに、昭和時代の家父長制による抑圧や生きづらさが織り込まれている。登場人物たちが抱えてきた恐怖や怒りの感情を、映像や音声のない、言葉のみで表現しきった著者の描写力には息を呑む。霧に包まれた町、徘徊する化け物たちのおぞましい姿ひとつひとつにも、著者の手腕が活かされている。ゲームを遊ぶ/読むの体験が融合した理想の小説版で、今後こうしたゲームノベライズの需要はさらに高まるのではないだろうか。

(本の雑誌 2026年1月号)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 梅原いずみ

ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。

梅原いずみ 記事一覧 »