森絵都『デモクラシーのいろは』を笑顔で読み終える!
文=久田かおり
森絵都の『デモクラシーのいろは』(KADOKAWA)は昭和一〇〇年であり終戦八〇年という二〇二五年に出るべくして世に出た一冊だろう。これは終戦直後の日本においてGHQ民生局による実験として日本人女性四人を選び、半年間民主主義教育合宿を行おう、というお話。敗戦によりそれまで正しいと信じ込まされていたすべてを失って何を信じればいいのかわからなくなっていた日本人たちに、GHQは新しいイデオロギーを植え付けようとする。それぞれに出自も経歴も戦争による被害も違う四人の女性に、民主主義をいろはから教えようと奮闘する日系二世のサクラギ。その毎日の悪戦苦闘ぶりは、使命の重さに比してすっとこどっこいで的外れで思わず笑ってしまう。一筋縄ではいかない四人も、邸宅を提供している鵺のような元華族仁藤夫人も非常に個性的で、サクラギの授業以外の苦労もしのばれる。なかなか成果が出せない焦りのなかから、それでもようやく芽吹いていく彼女たちの才能。それぞれが抱える問題やその背景も丁寧に描かれていて、いつしか自分も仲間になっている気になる。笑ったり泣いたりしながら読み進めて、そろそろこの授業も終わりか、と思ってからの終盤。おやおや、ここから何かが起こるのか? ミステリではないけれど、そこからの面白さはネタバレ厳禁。「与えられた物語を信じちゃいけない」「民主主義の基本は、君たちが、自分自身で考えた物語を生きること」というサクラギの言葉をかみしめながらどうぞ笑顔で読み終えて下さいまし。
近藤史恵の新刊『オーロラが見られなくても』(KADOKAWA)は、登場する訪れたことのない国や食べたことのない食べ物を検索しまくりながら読むとよし。会社でのドジっ子扱いに不満と焦りを感じていたり、長年付き合った彼女に突然振られたり、親友の結婚に寂しさを感じたり、家族の介護に疲弊していたり、恋人の裏切りに傷ついたり。そんな五人が一人で訪れた異国。知らない国を一人で旅することにはいろんな苦労もあるだろうけど、一人だから出会えた景色や人や食べ物もある。そういう旅が疲れ切った過去を肯定し、新しい一歩へと背中を押してくれたり、見えない明日に光を当ててくれたりもする。(見返しについているおまけがおしゃんてぃだ)
『龍の守る町』(講談社)は水墨画を通して再生していく大学生や、新人視能訓練士の成長というニッチな世界を色濃く描いてきた砥上裕將が、消防士の生きざまを通して「命と町」という大きな世界を描き出す。消防士として町のスーパーヒーローである秋月は伸ばした手で救えなかったいくつかの命による越えられないトラウマを抱えている。現場の最前線でチームを率いてきた立場から、事務職である司令塔への異動。電話での救助要請にまともに受け答えできない、PC操作もままならない、それでも上司として部下をまとめなければならないというもどかしさが真摯につづられる。個性豊かな三人の部下それぞれに語る現場での思い出たちが彼らが持つ問題を少しずつ解きほぐしていく。そことそこが繋がるのか、とひとつひとつが明らかになるにつれて、彼らが生きる町の様子もくっきりと浮かび上がっていく。どんな過去であってもそれを変えることはできない。だからこそあの日の自分が明日の自分を救うこともある。傷は消せない。でもその傷に手を当てることで痛みを和らげることはできる。そうやって私たちは今日も明日も生きていくのだろう。
『世界はきみが思うより』(寺地はるな/PHP研究所)は父親の浮気のせいで他人の作ったものが食べられなくなったぼくと、難病を抱えた口の悪い妹を持つ時枝くんのふたりの物語を軸に、ぼくの母、時枝兄妹と暮らす菜子さん、国際交流プラザで働く紗里、三人の女性たちがつなぐ世界を優しく描き出す。彼らを中心にいくつもの複雑に絡んだ関係の中でぼくと時枝くんは失ってしまった世界への信頼を取り戻していく。強かったり、今にも切れそうだったりするつながりの中で、菜子さんの存在の大きさたるや! 一七〇センチ超の身長に高下駄という姿で、物理的にも大きいのだがこの高下駄エピソードがとてもいい。豪快で大雑把に見えて誰よりも繊細に自分の周りの人たちを繋いでいる彼女自身の物語も読んでみたい。「普通」という枠からはみ出した者に対して世界は優しくない。きゅうくつで残酷で生きにくい。でも、もしかすると世界は私たちが思っているほど悪くないのかもしれない。寺地小説を読むといつもそう思う。
荻堂顕の『いちばんうつくしい王冠』(ポプラ社)を手に取ってすぐに著者の名前を二度見、荻堂顕が青春小説だと!? しかも辻村深月の『かがみの孤城』ばりの設定だと!?
中学二年生の主人公ホノカは目覚めたら見知らぬ七人の少年少女と共に体育館にいた。そして妖精の着ぐるみを着た男の「キミたちにはこれから、一本の劇を演じてもらいます」という言葉から疑問だらけの日々が始まる...ってどんな設定よ! なぜここにいるのか、なんのために集められたのか、どうしたら帰れるのか。家族や友だちが心配してるはず、助けに来てくれるに違いない、そう思いながらも妖精の指示のもとでなぜか劇の練習に明け暮れる八人。何が起こっているのか、何をさせたいのか、読み手も疑問符だらけの頭でページをめくる。そして徐々に見えてくる彼女たちの抱える秘密。けれど、その秘密たちが真実のほんのひとかけらだったと気付いたときに物語が抱える深さにおののく。この物語にカタルシスはない。多分いつまでも幕は降ろされないままなのだ。
(本の雑誌 2026年1月号)
- ●書評担当者● 久田かおり
名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。
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