榎田ユウリの新境地『殺し屋がレジにいる』がいいぞ!

文=梅原いずみ

  • 殺し屋がレジにいる
  • 『殺し屋がレジにいる』
    榎田 ユウリ
    講談社
    2,475円(税込)
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  • お稲荷さまの謎解き帖
  • 『お稲荷さまの謎解き帖』
    朝水 想
    双葉社
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  • アルネの事件簿 (新潮文庫nex)
  • 『アルネの事件簿 (新潮文庫nex)』
    むらさき
    新潮社
    825円(税込)
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  • 京都市民限定で求人が出ているとあるバイトについて
  • 『京都市民限定で求人が出ているとあるバイトについて』
    円居 挽,pako
    KADOKAWA
    1,650円(税込)
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 生きていると、「うるせえ!」と叫びたくなるような理不尽に晒されることがある。でも、ちゃんと怒るのは難しい。だって、自分が我慢すればその場は穏便に済むし......。榎田ユウリ『殺し屋がレジにいる』(講談社)の主人公・榊冴子もそうして生きてきた。齢七二の伝説の殺し屋と出会うまでは。

 スーパーのパートとして働く冴子は、更年期に悩む五二歳。「すみません」が口癖の彼女はある日、迷惑客を撃退する黄色いジャージ姿の老女・山田グロリアと出会う。グロリアが凄腕の殺し屋と知った冴子は、親友を束縛夫から救うために弟子入りを志願。「強くなりたいんです」「知ったことか」。二人の応酬は、ちょうど年始に放送していた『千と千尋の神隠し』を彷彿とさせる。冴子の打たれ強さはグロリアに代わり彼女を鍛える仲間も認めるほどだが、「強く」なった冴子が親友を救い出してすべて解決!とはいかない。ある殺人事件を機に、グロリアの過去に関わる暗い影が冴子たちにも牙を剥くのだ。

 この緊急事態に冴子は自ら飛び込む。仲間と出会い、心身ともに鍛えられたからこそできた選択なのかもしれない。だが、そもそも冴子がグロリアに弟子入りしたのは、殺し屋になるためでも、親友の夫を痛めつけるためでもなかった。身体や見た目の「強さ」があるに越したことはないものの、親友を救う手段は、抑圧に抗う方法は、力だけではないと冴子は分かっていたのだ。本来の彼女はそうした「強さ」を持っていたのに、生きる術として「怒らないほうが楽だし傷つかない」と自分に言い聞かせるしかなかった。その冴子が最終盤、押し殺してきた感情を爆発させる。グロリアたちが本職の顔を見せるアクションシーンも痛快だけれど、やはり冴子が自分を解放する瞬間が最高。BL作品を中心に執筆してきた著者の新境地を感じる。

 朝水想『お稲荷さまの謎解き帖』(双葉社)は、第四六回小説推理新人賞受賞作を含む四話収録の連作短編集。大神様から稲荷神として人間界に遣わされた「俺」は、「誉人」に選ばれた人間の願いを百人分叶えれば、晴れて天界へ戻ることができる。が、「俺」が人間界に降り早三百年、叶えた願いは五つのみ。次の願いが叶えられなければ、神の資格を剥奪されてしまう。窮地の「俺」に届けられたのは、「どうか私が殺されますように」という奇妙な願いだった。

 その後も、「俺」のもとに持ち込まれるのは「幽霊に会えますように」「あの子が選ばれませんように」「あの人を騙せますように」と、不可思議なものばかり。なぜ、そんな願いをしたのか? どういう事情から生まれた願いで、真意はどこに? 「噓はつくし、本音とは違うことを言うし、何を考えているのかさっぱり分からん」と人間を評する神様視点を謎解きと連作、両方の仕掛けに活かしているのが巧い。また、神様特有の能力で人間社会に潜入して奮闘する「俺」の姿は、稲荷神の仕事小説としても楽しめる。神様も楽じゃない。

 1月号でも『サイレントヒルf』のノベライズを紹介したが、ゲームノベライズには大きな期待をしている。原作の再現にとどまらない、読み物としての趣向が練られたノベライズは、金銭的事情や時間、環境などでプレイできない人がゲームの作品世界に触れる一助になるし、逆にゲームファンを読書に誘うきっかけにもなるはずだ。

 吸血鬼探偵アルネと吸血鬼オタクの人間リンによる本格推理アドベンチャーゲーム『アルネの事件簿』。むらさき『アルネの事件簿 Strange life』(新潮文庫nex)は、原作ゲームの雰囲気バッチリの中、謎解きを楽しめる小説。厳密にはノベライズではなく、原作者による新規書き下ろし連作短編集で、五話が収録されている。どの話も「人外にとっての常識」が前提の特殊設定ミステリになっていて、さらにアルネの「犯人を追い詰める過程を楽しみたい」という捻くれた性格が加算されるため一筋縄ではいかない。特に、ドタバタ劇と真相の切なさに振り回される第二話は、人間と人外の"死者"に対する捉え方のズレが鍵を握る秀作だ。

 三月は、名作ホラーゲーム『殺戮の天使』のノベライズも十年の時を経て文庫化された(木爾チレン著/真田まこと原作『殺戮の天使 UNTIL DEATH DO THEM PART』角川ホラー文庫八八〇円)。願わくば、ゲームノベライズが多く刊行されていた二〇一〇~一五年頃のような波をもう一度。

 ゲーム関連で続ける。スマホゲーム『FGO』などのイベントシナリオを手掛け、ノベライズも刊行している円居挽の『京都市民限定で求人が出ているとあるバイトについて』(KADOKAWA)。田舎から出て、黒髪の乙女と出会う"あの"青春を夢見て京都の大学に進学したものの、神田祟は四回生の冬になっても何の物語も得ることができなかった。

 京都で青春を送り損ねかけていた祟だったが、全財産を賽銭箱に投じた代わりに、古道具屋「深村堂」の謎めいた女主人と知り合い、彼女から怪しいバイトを斡旋されることに。二部構成全一二話で、事故物件の空き部屋での幽霊待ちに死者蘇生の儀式、店主が代替わりせず五百年続く古本屋、百歩以上歩くと呪われる家の探索などなど......青春かどうかはともかく、祟は京都で次々と"物語"に遭遇する。ひとつひとつは小さな異変だけれど、第二部に入ると点と点が線になるように、じわりじわりとつながっていく。SNSやWEBをモキュメンタリーホラーとは異なる手法で取り入れた仕掛けも斬新で、しかも謎解きの手がかりとして超重要。著者のデビュー作『丸太町ルヴォワール』に始まるシリーズが好きな方は堪らないはず。

(本の雑誌 2026年3月号)

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●書評担当者● 梅原いずみ

ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。

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