朝井まかて『グロリアソサエテ』のうねるような熱に酔う!

文=久田かおり

  • グロリアソサエテ
  • 『グロリアソサエテ』
    朝井 まかて
    KADOKAWA
    2,310円(税込)
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  • 巌窟の王 (文芸書・小説)
  • 『巌窟の王 (文芸書・小説)』
    友井 羊
    光文社
    2,145円(税込)
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  • 嵐の中で踊れ
  • 『嵐の中で踊れ』
    一木 けい
    NHK出版
    1,925円(税込)
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  • グレタ・ニンプ
  • 『グレタ・ニンプ』
    綿矢 りさ
    小学館
    1,870円(税込)
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  • メゾン美甘食堂 (一般書)
  • 『メゾン美甘食堂 (一般書)』
    水生 大海
    ポプラ社
    1,980円(税込)
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  • 成瀬は都を駆け抜ける
  • 『成瀬は都を駆け抜ける』
    宮島未奈
    新潮社
    1,870円(税込)
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 大正末期から昭和初期、日本で興った民藝運動。その生みの親たちを生き生きと描いたのが朝井まかての『グロリアソサエテ』(KADOKAWA)だ。関東大震災で被災し京都へ居を移した柳宗悦一家。そこに女中として奉公にあがった同じく被災により家を失った少女サチの目を通して「民藝運動」が生まれていく様が描かれる。女学校出の教養を持ちながら女中としてはひよっこのサチを宗悦の妻兼子が温かく見守っていく。この兼子がとてもいいんだ。日本屈指のアルト声楽家でありながら二人の男の子を生み育て、お金に無頓着で自分で稼ごうとしない宗悦の代わりに歌を歌うことで一家の収入を担う。鷹揚で陽気で温かい、なおかつ肝っ玉も据わっていて家事の差配も完璧だ。教養に溢れしかも温かい、こんな家ならぜひとも女中奉公させていただきたいもんだ。宗悦とともに民藝運動に勤しんだ濱田庄司、河井寛次郎。三人の男たちの朝市巡りの描写も楽しい。「民藝」という新しい概念が生まれ育っていく過程の、うねるような熱。棚に飾って仰ぎ見るのではない、人々が毎日がしがしと使っている器や布に「用の美」を見出す彼らの無邪気さと、芸術家としての苦悩、そこに惹かれていくサチの無垢な眼。ワクワクしながらたどり着く最終章、そこで出会う思わぬ展開。そういうことだったのか、といくつかの伏線が頭をよぎる。先の奉公先の長男とサチの淡い恋の行方に思いを馳せる馥郁とした読書時間。

 温かくなった心が一気に冷え込むのが友井羊の『巌窟の王』(光文社)だ。大正2年の名古屋で起こった強盗殺人事件をモデルに描いたこの小説は、「冤罪」の非道さ理不尽さそしてそれを生み出した者たちへの怒りに満ちている。冤罪というものは取り調べの過酷さに思わず自白してしまうことから生まれることが多い。けれどこの事件の主人公岩田は一度も自白していない。一貫して無実を訴え続けているのに、「共犯者」の告白によってのみ罪を被せられているのである。無実を示す証拠があるのに、だ。そんなアホな!と憤りながら21年に及ぶ獄中生活と出所してからも続く過酷な闘いへの怒りに血圧が上がりまくる。岩田のために骨を折ってくれる多くの人たちの無私の努力に胸が熱くなる。正義の火は消せない。理不尽と嘘が束になってかかっても消せない炎が正義にはあるのだ。

 デビュー作『1ミリの後悔もない、はずがない』で読み手にヒリヒリする痛みを刻み込んだ一木けいの新刊『嵐の中で踊れ』(NHK出版)は台風の夜に同じ避難所に集まった人たちの黒歴史博覧会だ。そりゃまぁ他人に知られたくない黒歴史の一つや二つや三つや四つ誰もが持ってはいますけど、その黒歴史の対象者に逃げ場のない状況で遭遇するって、これって地獄ですか? 伝えたいのに伝えられない恋心、自らピリオドを打った許されない関係、四角四面の人生の中で事故のように起こった不倫、そんな忘れたい、隠したい関係がなぜか次々繋がっていく。嵐の夜の黒歴史サークルの中でそれぞれの抱える悩みや困難や屈託が解放され浄化されていく。キーパーソンとなるのは"商店街クラッシャー"と呼ばれる海果子。日常の中ではなかなか共感されづらい彼女が放つ圧倒的自己肯定感と生きざまが淀んで倦んでこじれていた彼らの鎧を打ち砕いていく。

 昨年紹介した『激しく煌めく短い命』で女性同士の尊い恋愛を描いた綿矢りさの新作『グレタ・ニンプ』(小学館)になんじゃこりゃあっ!!とぶっ飛ばされた。これは「妊婦コメディ」というジャンルになるらしい。いや、確かに妊娠すると女性は心も身体も変化するよ。けど、これは変化するにもほどがある。控えめで笑顔の可愛い由依が4年の不妊治療のすえ、妊娠したとたん口調は悟空に、デニス・ロッドマンのような4ミリのパープル角刈りで原色タンクトップに短パンを着用するオトコのような見かけに!って、夫の俊貴はそりゃひっくりかえるだろう。でもこの俊貴がすばらしい。衝撃的な変化をとげた由依に戸惑いつつも、彼女をまるっとがしっと受け止めていく。そして出産後のお宮参りの席で、その見かけを揶揄する由依の父親への啖呵。ここでの俊貴のかっこよさたるや! 妊娠出産によって手に入るものと失うもの。そういうあれこれをせめて由依のようにポジティブに受け止めていけたら、そうつくづく思う。

 水生大海の『メゾン美甘食堂』(ポプラ社)の舞台は朝夕二食の賄い付き(定額)賃貸マンションだ。しかも築古さがレトロな魅力になっているって、そりゃもう住むしかないでしょ。しかもしかも、料理人が住人の愚痴を聞いてくれるわ、抱える悩みや謎へのアドバイスが心を救ってくれるわ、それぞれが必要であろう薬膳アレンジ料理をふるまってくれるわって、ここは最高メゾンじゃないですか? この薬膳アレンジがめちゃくちゃおいしそうなのもよき。部下の指導に悩む中間管理職への胃腸に優しいおかゆが、別れた彼女への未練に悩む会社員への二日酔いに効く白菜のクリーム煮が、職場の人間関係に悩むプランナーへの美肌に効く鶏団子スープが、実家との折り合いが悪いショップ店員へのストレスを解消するサツマイモのレモン煮がじんわりと心と身体に効いていく。お料理小説でありお仕事小説であり謎解き小説でもある、さらにレシピ付きという贅沢さだ。

 最後に。宮島未奈『成瀬は都を駆け抜ける』(新潮社)はシリーズラストを飾るにふさわしい一冊。特に最後の成瀬と島崎の場面。この会話のためにシリーズはあったのだろう、と思わせるほど最高の締めだ。でも成瀬よ、いつか帰って来てくれ!待ってるからな!

(本の雑誌 2026年3月号)

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●書評担当者● 久田かおり

名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。

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