米澤穂信『倫敦スコーンの謎』の冴えわたる推理を見よ!
文=梅原いずみ
今月は米澤穂信『倫敦スコーンの謎』(創元推理文庫)から、と決めていた。二〇二五年に第十回吉川英治文庫賞を受賞し、アニメ化もされた〈小市民〉シリーズ。主人公は平和な高校生活を送るべく、小市民を目指す小鳩常悟朗と小佐内ゆきだ。互いに抱えるとある性分ゆえ過去に苦い経験をしている二人は、"互恵関係"を結び小市民的生活を心がけている。二〇〇四年の『春期限定いちごタルト事件』で始まった本編は、二〇〇六年『夏期限定トロピカルパフェ事件』、二〇〇九年『秋期限定栗きんとん事件』、二〇二四年『冬期限定ボンボンショコラ事件』で完結。番外編として、二〇二〇年に第一作品集『巴里マカロンの謎』が出て、そして今回、第二作品集となる『倫敦スコーンの謎』が刊行された。学生時代にリアルタイムでシリーズを追い、『冬期』まで約一五年焦らされた身としては、それほど間を置かず小鳩君と小佐内さんに再会できた喜びがひとしおである。
さて、番外編第二弾にあたる本作は、四話が収録された連作短編集。卒業生の美術家の作品は盗作なのか? レシピ通りのスコーンが生焼けだったのはなぜ? 二人が遭遇する出来事は日常の謎の範囲内ながら、推理は冴え渡っている。特に、絶品ジェラートを目の前に食べようとしない人物をめぐる「羅馬ジェラートの謎」は傑作で、シンプルな状況から導き出される予想外でビターな結末が味わい深い。本作の時系列が『春期』と『夏期』の間ということもあって、随所で小市民になりきれない二人の姿も垣間見え、とある人物については「不幸になるといいね」「うん。なる」なんて話す。いったいどこが小市民的なのか、怖すぎである。本編でも重要人物の堂島健吾の意外な一面を伺える話もあるので、未読のシリーズファンは(美味しいスコーンを準備して)今すぐどうぞ!
シリーズもので必読がもう一冊。法月綸太郎『法月綸太郎の不覚』(講談社)。《探偵・法月綸太郎》シリーズ、七年ぶりの新刊である。収録作は短編三作+書下ろし中編一作。短編はアンソロジーなどで発表されたもので繋がりはないのだが、なんと全四話共通してミステリファンにはお馴染みのある題材が登場する。しかも、その扱い方がすべて異なっているのだから驚きだ。
事故物件で起きた不可解な事件、殺された資産家女性と瓜二つの幽霊など、一筋縄ではいかない謎を綸太郎が論理で鮮やかに解体していく様は美しささえある。和菓子屋の兄弟のお家騒動をめぐる書下ろし「平行線は交わらない」は本格ミステリの醍醐味が詰まった逸品で、綸太郎と犯人の頭脳戦に加え、タイトルの『法月綸太郎の不覚』含め、あらゆる伏線の回収に痺れる。また、綸太郎と父の法月警視のテンポのいいやり取りからは、コンプライアンスが問われるインターネット社会で今後、名探偵という存在がいかに残っていけるのかという、著者の真摯な姿勢も見えてくる。あとがきで吐露される著者の想いには切なくなるが、現代に合わせてアップデートしつつ、「古風なアマチュア名探偵しぐさ」を貫く手腕は大変見事だ。
深町秋生『血は争えない』(双葉社)は、「歌舞伎町の狂王」と呼ばれたヤクザの一代記。平成二二年の東京地裁、岡谷組二代目組長の不破隆次に死刑判決が下される。が、彼はそこで綽名に違わぬ大暴れをする。「おれだけが本物だ」「この血こそが本物だ」。果たして狂王の言葉の真意はどこにあるのか。物語は、一五歳だった不破が初めて歌舞伎町にやって来た昭和四五年まで遡る。
場末のストリッパーだった母親の遺言「歌舞伎町を牛耳る顔役の王大偉があなたの父親」を信じ、田舎から出てきた青年がチンピラからヤクザ、ヤクザから眠らぬ街の王へとのし上がっていく過程は、常に血と暴力にまみれている。昭和、平成、令和と各時代の歌舞伎町の変遷とも重なる不破の生き様は、時に目を覆いたくなるほど苛烈で破壊的だ。その一方で、彼の行動のすべては王一族を守るためと一貫している。育った環境もあり、不破にとって血の繋がった家族は何にも代えがたい存在なのだ。それが痛いほど伝わってくるからこそ、血族に拘り、"本物"と"偽物"に翻弄される不破の姿にはどこまでも孤独と哀しみが付き纏う。物語を彩る登場人物も敵味方問わず魅力的で、中でも岡谷組の若頭で不破の異母兄にあたる近藤傑志は掛け値なしに格好いいです。
『犯罪前夜』(小学館)は、警察小説の名手・吉川英梨の著作五〇作目となる長編の犯罪小説だ。大阪湾観光帆船で発生したシージャック事件。きっかけとなったのは、大阪市内で発生した闇バイトによる犯行と思しき強盗殺人事件だった。海上保安庁特殊警備隊、通称SST所属の岸本は隊を率いて船へ突入/制圧するものの、犯人グループにも人質にも死者が出てしまう。さらに、岸本が射殺した犯人のひとりは彼と同期だった元海上保安官と判明し──明かせるあらすじはここまでだ。
緊迫感に満ちた怒濤の第一部の時点で抜群に面白いのだが、シージャック事件のその"後"を描く第二部以降が本作の本番である。警察やかつての同期を射殺した岸本、残された被害者/加害者家族にとっては、犯人逮捕で事件終了とはならない。なぜ、犯人たちはシージャックという前代未聞の事件を起こすに至ったのか。あの日、あの瞬間に何を想い行動したのか。岸本を含め、関係者たちは生々しい己の傷と向き合いながら事件の真相に迫る。真相が明らかになったからといって、取り返しがつかないのが人間の生だ。それでも、それだからこそ、第三部で岸本が基地長に吐露する言葉の重みは一層増す。
(本の雑誌 2026年7月号)
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- ●書評担当者● 梅原いずみ
ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。- 梅原いずみ 記事一覧 »




