上下巻二千枚エンタメ度120%の『マイボディ・オン・ザ・ムーン』を受けてみよ!

文=大森望

  • マイボディ・オン・ザ・ムーン 上
  • 『マイボディ・オン・ザ・ムーン 上』
    矢野 アロウ
    早川書房
    2,420円(税込)
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  • マイボディ・オン・ザ・ムーン 下
  • 『マイボディ・オン・ザ・ムーン 下』
    矢野 アロウ
    早川書房
    2,420円(税込)
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  • 陽の光が消えた町で
  • 『陽の光が消えた町で』
    ナオミ・クリッツァー,桐谷 知未
    早川書房
    2,970円(税込)
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  • ロボットが泣いた夜 (新潮文庫 ハ 64-1)
  • 『ロボットが泣いた夜 (新潮文庫 ハ 64-1)』
    シルヴィア・パク,藤沢 町子
    新潮社
    1,320円(税込)
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  • 土人形と動死体
  • 『土人形と動死体』
    円城 塔
    早川書房
    2,200円(税込)
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  • ゲノム・トーカー (創元SF文庫)
  • 『ゲノム・トーカー (創元SF文庫)』
    林 譲治
    東京創元社
    990円(税込)
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  • 烏と孔雀
  • 『烏と孔雀』
    津原 泰水
    河出書房新社
    2,640円(税込)
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  • 小説教室: 忘れられない小説を書く
  • 『小説教室: 忘れられない小説を書く』
    津原泰水
    東京創元社
    2,310円(税込)
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「あと八日待て」と往年の北上次郎なら言ったかどうか、本誌今号発売後まもなく、今年の日本SF最大の話題作が書店に並ぶ。矢野アロウの大長編、『マイボディ・オン・ザ・ムーン』(早川書房)★★★★。なにせ、版元の売り文句が「『プロジェクト・ヘイル・メアリー』『三体』に比肩する面白さの日本SFが刊行されると言ったら、信じてもらえますか?」ですからね。信じるか信じないかはあなた次第ですが、物量は確かに超弩級。上下合計千ページ超、四百字×二千枚だから、単発の国産本格SF長編としては今世紀最長かも。
 どれどれと本を開くと、現実の出来事に取材したツカミは完璧。2019年1月、中国の無人探査機が人類史上初めて月の裏側に着陸。探査を開始したローバーは、やがて奇妙な直方体を発見する。〈神秘小屋〉と命名されたこの謎の物体は(史実と違って)ただの岩ではなく、明らかな人工物。その内部には、数十の首なし死体〝ルナ・ボディ〟が......。おお、これは『星を継ぐもの』と真っ向勝負か!?
 主役の一人は映像解析のため中国当局に呼ばれたNASA勤務の中国系米国人男性・楊張敏。他に、京都の大学病院に勤めるタイ人の女性脳神経学者、Vtuberを夢見るバンコク在住の車椅子の少女、シカゴに本拠を置く巨大企業の創業者の3人をめぐる話が同時進行。宇宙と脳と人類に関わるホーガン的なSFネタに、現在の世界状況をリアルに反映した(ドラマ『24』的な)サスペンス展開が加わり、エンタメ度は120%。人はなぜ宇宙を目指すのかという問いにちゃんと答えが出るのもポイントが高い。とはいえ、まだ解明されていないネタも残り、まだまだ続きがありそうだ。
 今月は他にも年間ベスト級が目白押し。翻訳SFの目玉は、全6編で主要SF賞8冠に輝くナオミ・クリッツァーの短編傑作選『陽の光が消えた町で』(桐谷知未訳/早川書房)★★★★½。ヒューゴー賞ネビュラ賞二冠の表題作はあたたかさと優しさを基調とするホープパンク。大災害に見舞われてネットも携帯もダウンした終末状況下で、利他的なご近所付き合いを基盤に力を合わせてコミュニティを再建する。ブリン『ポストマン』から説教臭さを抜いた感じ? 個人的ベストは、異類婚姻譚を下敷きにした「海を見渡す四姉妹」。ケープコッドを見晴らす海辺の小さな町に夫と越してきた元鰭脚類研究者は、かつて観察していたハイイロアザラシと15年ぶりに再会する。この町は人間の男にさらわれたセルキー(人間に変身するアザラシの妖精)の四姉妹がつくったという伝説があって......。川上弘美「海馬」を思い出させる傑作。人間の手助けがしたい善良すぎるAIが人間の人生を最適化するためにがんばる「報酬は猫の写真で」と、その延長上にある生活指導アプリとオンライン/オフラインコミュニティーを描く「アルゴリズムでよりよい生活を」は、『ブラック・ミラー』の明るい版みたいな雰囲気でほのぼのする。
 珍しく新潮文庫から、翻訳SFの大長編がお目見え。シルヴィア・パク『ロボットが泣いた夜』(藤沢町子訳)★★★★½は、今年のアザーワイズ賞を受賞したロボットSFのインスタント・クラシック。21世紀後半(推定)のソウルを舞台に、傷つき離れ離れになった家族の再会と再生の物語が警察捜査を軸に語られる。貧困、差別、ジェンダーなど現代社会が抱える様々な問題をリアルに写しつつ、日本の現代文学でもしばしば描かれる心の問題に深く分け入る。670ページの大長編だが、クリッツァーともども、ふだんSFを読まない人にこそ読んでほしい。
 円城塔『土人形と動死体』(早川書房)★★★★は、全15話から成る連作長編。魔術都市ミスルカラを統べる大魔術師ノーシュは、魔法が使えない弟子(ソウルレスと呼ばれる被差別民)のため、世界から魔術を消すと宣言し、地下迷宮の奥に閉じこもる。ドラクエ世界でNPCとプレーヤーの平等を実現しよう!みたいなこの話から、物語の存亡をかけた〝最後の戦い〟にたどりつく。冒頭の「登場人物がゴーレムなら読者はゾンビ」みたいな決定論が反転し、登場人物だって人間だという結末(たぶん)に至る。
 林譲治『ゲノム・トーカー』(創元SF文庫)★★★½は、『2001年宇宙の旅』にオマージュを捧げるファーストコンタクトものの単発長編。2034年、日本の木星探査機さいせいが謎の巨大物体と遭遇。彼らは1万6千年前に送信された人類のゲノム情報をたどって太陽系にやってきたのだという。いったい誰が、何のために送信したのか? 古代文明ブームが巻き起こるなか、意外な送信源が見つかる。急展開を経た驚愕の結末ではフェルミのパラドックスに思いがけない答えが出るが、さすがに350ページは短すぎたかも。
 2022年に世を去った津原泰水の『烏と孔雀』(河出書房新社)★★★★は、14編を収める3冊目の作品集。SF系のベストは『ポストコロナのSF』に寄稿された「カタル、ハナル、キユ」。奇妙な伝統音楽を核にひとつの文化がまるごと創造され、長編並みの読み応え。SF以外では、同人誌〈少女文学〉に寄稿された広島弁全開の2編がすばらしい。電車で見かける〝マスクの男の子〟への恋心を描くキュートな「恋するマスク警察」と、カラオケで「孫」を歌う中年ロッカーの哀愁を描く「リサイクル(亀井省吾の場合)」。とりわけ後者のラストのほのぼのぶりと来たらもう。めっちゃ人のいい作家みたいで、これが最後だなんてずるいよ、津原さん。あと、著者の講義録をまとめた『小説教室』(東京創元社)も出てます。

(本の雑誌 2026年7月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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