みうらじゅんの自伝的小説『ブツゾー・キッド』が面白すぎる!

文=久田かおり

  • ブツゾー・キッド
  • 『ブツゾー・キッド』
    みうらじゅん
    淡交社
    1,870円(税込)
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  • ぬすびと
  • 『ぬすびと』
    寺地はるな
    双葉社
    1,870円(税込)
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  • ノーメイク鑑定士 (単行本)
  • 『ノーメイク鑑定士 (単行本)』
    石田 夏穂
    中央公論新社
    1,980円(税込)
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  • お隣さんの置き配がヤバすぎる
  • 『お隣さんの置き配がヤバすぎる』
    有手 窓
    河出書房新社
    1,892円(税込)
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  • 見えるか保己一
  • 『見えるか保己一』
    蝉谷 めぐ実
    KADOKAWA
    2,035円(税込)
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 いやもう『ブツゾー・キッド』(みうらじゅん/淡交社)が面白すぎて! 表紙のインパクトと圧だけで「好き」と思わされるなんて、これは目への媚薬なのか?恐ろしい。主人公のじゅん少年はブツゾー・マスターである祖父の影響で小学四年生から中学二年生までどっぷりと仏像の世界にはまる。東寺の明王像をみて「カッコエエ!」と叫ぶ十歳。将来お坊さんになりたくて仏教系の中学校に進学するとか、スクラップブックに仏像の切り抜きを貼り、解説を書き、中二の学祭で独自の展示しちゃったりなんかするとか、もうどんだけ仏像好きやねん! 自分の部屋に「イマ寺院」と名付けたり、部屋の中に仏壇的なスペースを作ったり、親にねだるのは仏像の写真集だったり、シブいシブいシブすぎる。そんなブツゾー・キッドとブツゾー・マスターの仏像をめぐる日々がとても優しく温かくユーモラスにつづられる。ニヤニヤしたり呆れたり吹き出したりしながら知らない間に仏像について詳しくなり、もっと知りたい仏像見たい!と思っている自分に驚かされる。やっぱ媚薬やん。そんな楽しくて優しい物語だけど、最後にちょびっと泣いてしまう。人はこうやって大人になっていくんだな、と切なくなる。けれど、マスターとキッドの日々はその後、二十五年の月日を経ていとうせいこうという盟友との邂逅へとつながっていく。いとうせいこうの解説で明らかになる新事実にもびっくり。推し活ではなく「マニア道」と呼ぶにふさわしい「めっちゃ好き」をぜひ。
『ぬすびと』(双葉社)で「寺地はるなは裏切らない記録」をまたまた更新。気難しい少年栄輝、上品で美しい母彌栄子、そこに子守として雇われた鳴海。型破りな鳴海の接し方のおかげでうまく行っていた三人の関係がとある出来事で破綻、そして二十年後に思わぬ再会。「普通の家族」を諦めて生きてきた人たちが泣きながら手に入れたそのつながりをずっと見守っていたくなる。弱さは強さであり、厳しさは優しさである。満ち足りて幸せそうに見えた彌栄子の失踪の理由、そして彌栄子を護るために奔走する二人の姿に大切な人を大切にすることは、足りないものを足りないまま包み込むことであり、補い合わなくても守らなくてもただそばにいて、そばにいるコトを伝え続ければいいのだと教えられる。
『ノーメイク鑑定士』(石田夏穂/中央公論新社)は働く人たちを描いているのだから「お仕事小説」になるのだろうけれどどうにもこうにもそう呼びたくはない。そもそも「お仕事小説」は読みながら共感したり、読み終わった後「よし、自分もがんばろう」って思えたりするものが多いだろうに、この小説たちを読んでもまったく全然一ミリも頑張る気持ちがわいてこないというね。仕事への矜持や直面する困難を乗り越えるたくましさなんてどこにもない。どこにもないのに、不思議と心惹かれてしまう。こわばっていた身体がほぐれ、眉間のしわが緩み、かたくなな心の扉が開かれ、そして肩の力が抜けて青空の下で思いっきり背伸びをする爽快さだけが残っている、不思議な気持ちよさだ。けれどその気持ちよさだけではないのもまた石田小説の魅力の一つ。表題作では働く女性たちへの「女性は美しく化け、装わなければならない、しかも他人の目のために」という押しつけを「がはははは」と笑い飛ばす権利をくれる。取引先からの「ノーメイクの社員がいる」というクレーム。なんじゃそりゃ!どないやねん!と驚くし呆れるし腹が立つ。けれどそのクレームに対応する的外れな男性社員の滑稽さに見覚えがありすぎて。化粧だけじゃなく、私は私のために私が気持ちよくあるために装うんだという、あってしかるべき権利が取り戻されていく。
『お隣さんの置き配がヤバすぎる』(有手窓/河出書房新社)がホントにヤバすぎる。売れっ子原作者からのセクハラで生きがいだった漫画が描けなくなり、家に引きこもっている三十過ぎの新人漫画家侑李と、お隣の豪邸に住む専業主婦の花帆。まったく重ならない二人の人生が、「置き配預かり」をきっかけにとある事件へと突進していく。そう、まさに突進、あらすじからでは想像もできないぶっ飛びの突進。仕事もペンネームも失い、最底辺の暮らしを余儀なくされた侑李と、豪邸で何不自由なく優雅に暮らしているように見えつつ本当は誰よりも不自由な世界で人としての尊厳も踏みにじられている花帆の二人が本当に手に入れたかったもの。それを手に入れるために二人がやろうとしたこと、そしてその結末。「女であること」で何かを奪われ、何かをあきらめ、何かを踏みにじられた経験のある人たちすべてに贈りたい、この突進の炎を贈りたい。
 デビュー以来歌舞伎を題材に書き続けてきた蝉谷めぐ実の「新たなる挑戦」かつ「今年の大本命」という『見えるか保己一』(KADOKAWA)が噂にたがわぬ傑作だった。古代から江戸時代初期までに成った史書や文学作品を収めた叢書「群書類従」を編纂した江戸時代の全盲の学者塙保己一の人生を読んでいると、彼の記憶力のすさまじさにのけぞってしまう。少しでいいから分けて欲しい。けどそれゆえの周りとの埋められない溝、越えられない壁、分かち合えない孤独の深さと大きさを思うとやっぱり無くていいやとも。見える者と見えない者、その断絶は彼の成した偉業に埋もれていた。蝉谷めぐ実が掘り起こしたのは、見えないものを見るため、そしてそれを感じるため研ぎ澄まされた唯一無二の感性と、見て欲しい感じて欲しいというそばにいる人の思いを受け取れない鈍感さだった。保己一が本当に見るべきだったものは何だったのだろうか。

(本の雑誌 2026年6月号)

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●書評担当者● 久田かおり

名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。

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