女たちの絶望としたたかさを描く土門蘭『戦争と五人の女』
文=久田かおり
土門蘭『戦争と五人の女』(河出書房新社)は朝鮮戦争が終結する直前の一九五三年、呉市にある娼街を舞台にそこで生きる五人の女たちのひと月を描く。十代から五十代までの女たち。娼婦の母を持つユウ、フィリピンと朝鮮の血を引くクンヒ、娼婦でありながら次々と子どもを産むユウの母親世津、弟と日本に渡ってきて遣り手婆として女たちを差配するジュンヒ、ジュンヒの娘で四人の女たちの人生を日記に綴っていく英子(ヨンジュ)。女たちは国に、戦争に、そして男たちに搾取され蹂躙され傷つけられていく。その過酷で壮絶な日々を土門蘭は炎のような筆であぶりだす。けれど、自分の身体を売り、命を削りながら生きている彼女たちに国や男たちがひれ伏しているように見えることがある。金と引き換えに差し出す性が男たちを飲み込んでいく。彼女たちの小さな暴力は大きな暴力に包まれていく、そしてそれをどこか気持ちよさそうに眺めている彼女たちがいる。女たちは圧倒的な無力感と底の見えない絶望と、そしてそれでも生きていく強さを秘めている。したたかであること、それがこの地獄のような世界で生きていく唯一のカギなのだろう。作者の覚悟をこれほどまでに感じる物語に、いままで出会ったことがない。
麻宮好の『四十年目の春』(祥伝社)には派手な殺陣もうごめく権謀術数もない。その代わり果てしなく深い夫婦の愛と、温かい思いに満ちあふれている。三十石の家から二百石の家へ婿養子にいった十歳の清四郎。妻となるのは二つ年上で身体も大きく武芸にも秀でた佳乃。小さく弱い己を叱咤激励しながらも不器用に支え続けてくれる妻との四十年。義父の後を継いで郡奉行になる、という夢を叶えるため二人で歩んだ日々。次々襲う困難。それを一つずつ乗り越えていく二人の姿が尊くて愛おしい。いくつも現れる岐路。どの道を選ぶのか、何を基準に決めればいいのか。何かを手に入れるとき、その手は空でなければならない。何かを守る時、他の何かを捨てなければならない。悩み、迷い、苦悩する清四郎。どうすればいいのか、進むべき道に迷ったとき、彼が指針とするのはいつも佳乃だ。佳乃の声がいつも導いてくれるのだ。多くの喜びと、多くの悲しみに満ちた四十年。とある疑問が晴れた瞬間に涙があふれだす。そうだったのか。そこから始まっていたのか。いやぁ、この涙は気持ちいい。
デビュー作『あなたの四月を知らないから』がすこぶるよかった青山ヱリの新作『その名前をいつか』(朝日新聞出版)もまたすこぶるよき。青山ヱリは人と人の間にある感情の、そのあわいにある名付けようのない思いを描くのが上手い! そもそも友情とか愛情とか、区切る必要なくね? 十五歳の六花と曜の間に芽生えた感情は、少しずつ変わりながらもずっとそこにあったのだろう。お互いの心の中で生き続けていた思い、それを優しく冷たく隠してきた二人の、その年月の尊さよ。出会いは別れを連れてくる。けれど名前のつけられないこの感情を無かったことにはできないのだ。転校からの音信不通、二十年後の再会。大人になった二人が歩いてきた別々の道。誰よりも大切な人の幸せが、自分の幸せと同じとは限らない。その事実が心を切り刻んでいく。青山ヱリの文章が、描く世界が、そして胸にそっとしみ込む繊細な心の動きが、とてもとてもよき。こんなにも切実で愛おしい名もなき関係があっただろうか。
二〇二五年のデビューから一年余りで三冊も出版している上村裕香の『海の底に雨は降らない』(幻冬舎)はヤングケアラーの自殺幇助がテーマだ。デビューから介護→政治→お笑いときて再び介護に戻り、それを一段も二段も三段も深く掘り下げた今作は今までちりばめられていた「笑い」を封印したシリアスな一冊。進行性の難病で身体の自由が利かなくなっていく母親を、十歳から十年間一人で介護してきた光莉。みんなと同じような、当たり前の普通の学校生活も、進学も就職も、すべて諦めて母親のそばで介護をし続けてきたある日、母親が自死した。そして光莉は「自殺幇助」の罪に問われる。懲役二年執行猶予四年、という罪。この、一ミリの救いもない光莉の過去と、そして母の妹の元に身を寄せてからの日々が語られる。光莉にフィクションとして自分の半生を描かせようとする編集者、光莉と同じようにヤングケアラーの経験を持つ作家日比谷、二人と知り合うことから始まる光莉の「あの日」を探す旅。過去を変えることはできない。けれど、自分の体験と記憶を物語ることで上書きすることならできる。光莉は自分の人生を生きるために、失ったものを取り戻すために、あの日の忘れ物を見つけなければならないのだ。これは「介護」経験者にとってつらい物語である。けれど、この物語を読むことでそのつらさを上書きすることができるかもしれない。
新刊が出たら内容がどうこう関係なく、あるいは読もうが読むまいが絶対に買う勢と、どんなに面白いと分かっていても例えば読みたいと心のどこかで思っていたとしても絶対にこの作家の小説は買わない勢がくっきりと分かれていてそれでいて根本は同じところにあるかもしれないし、ないかもしれない村上春樹待望の新作『夏帆』(新潮社)が発売された。三年ぶりの長編だとか、初の単独女性主人公だとか、珍しく雑誌に発表されたものをまとめた連作短編集だとか、発売前の話題も豊富で店頭でもするすると売れているし、なによりとても読みやすい、とどうでもいい情報ばかりで内容に全く触れていないということに気付いたら紙面が尽きた。やれやれ。ありくいとジャガーとシロアリが......
(本の雑誌 2026年9月号)
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- ●書評担当者● 久田かおり
名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。
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