『里奈の物語』を貫く強さを見よ!

文=北上次郎

  • 虹いろ図書館のへびおとこ (5分シリーズ+)
  • 『虹いろ図書館のへびおとこ (5分シリーズ+)』
    櫻井とりお
    河出書房新社
    1,320円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 鈴木大介『里奈の物語』(文藝春秋)がすごい。

「農業と下請け製造業の街であると同時に、博打の街でもある」北関東の地方都市を舞台に、濃厚な物語が展開するのだ。

 里奈と比奈は、その街の飲食長屋の駐車場の一角にある物置倉庫に住んでいる。里奈の養母であり、伯母でもある幸恵がパブスナックの勤めを終えて帰ってくるまで、その倉庫で待っている。里奈八歳、比奈四歳。

 冒頭近く、里奈の母である春奈が突然訪ねてくる場面がある。「ここに里奈いるんだろ?さっき幸恵姉ちゃんに聞いてから来たんだから、隠しても無駄だよ。里奈! 里奈!!」

 初めて見る母の顔が、包丁片手にドスドス歩いてくる母が、怖い。その春奈がしゃがみこむ里奈の腕を掴んできたとき、里奈は思う。

「この女は敵だ」

 この物語はここから始まっていく。

 春奈はそのとき二人の子供を連れている。里奈の三つ下の雄斗と琴美。その二人を置いて母はまた出ていくから、いきなり弟と妹がひとりずつ増えることになる──こうしてストーリーをずっと追っていきたくなるが(そのすべてがこの長編を形成しているからだ。いったいこのあとどうなるんだろう、という緊迫感が尋常ではない)、いくらなんでもそういうわけにもいかないだろうから、このあたりでやめておく。

 このあとはいきなり結論だ。夜の街で生きる志緒里が一四歳の里奈に言う次の台詞をまずは引く。

 いいことを教えてやろう、と言ったあと、こう付け加える。

「言ったように、男には怖いやつがいる。そしてどんなに鍛えても、女は男に力じゃ勝てねえ。けどな、最後の最後に強いのはな。女なんだ」
「いいか里奈。ゼニでよろめくな」

 あるいはここに、里奈が家出した夜、コンビニ前でたむろしていた見知らぬ少女に「あたしに靴売ってよ」と声をかけたとき、「お前、あたしの靴履いてけよ。金とか要らねえし」と買ったばかりの高価な靴をくれた金髪少女の心意気を並べてもいい。母に捨てられ、中学生から売春に走り、一般的には「悲惨な青春」を過ごす里奈の、この物語が胸に残るのは、安易な同情を拒否する強さが貫いているからだ。男などに頼らず、女だけで生きていく力に満ちているからだ。それは、誰にも支配されたくない、自分の気分は自分で決める──というメッセージに他ならない。

 著者は『最貧困女子』『家のない少女たち』などのノンフィクションを書いてきた作家で、本書が初の小説ということだが、こういう傑作がいきなり飛び出してくるから油断できない。二〇一九年の掉尾を飾る傑作だ。もう少し早く出てくれば、二〇一九年のエンターテインメント・ベスト10の上位にランクインしたのは必至。

 凪良ゆう『わたしの美しい庭』(ポプラ社)もいい。前作『流浪の月』でびっくりしたので、すぐに手に取ったが、期待は裏切られない。あるマンションに住む人々を描く連作集だが、ホントにうまい。中心にいるのは、統理と百音だ。彼らは血が繋がっていない。統理の元嫁が再婚して生まれたのが百音だが、その両親が交通事故で亡くなったので統理が引き取って一緒に暮らしている。

 次に出てくるのは、高校時代の初恋の人をいまだに忘れられない桃子。移動式の屋台バーを経営する路有。うつになって大手ゼネコンをやめた基。彼らは微妙に繋がっている。統理と路有は高校の同級生だし、桃子の初恋の人の弟が基だ。みんなが鬱屈をかかえていて、それでも生きていく日々を、静かに丁寧に描いていく。

 路有がゲイであること、朝になるとその路有がやってきて、統理と百音と三人でご飯を食べること──そういう光景があることも書いておく。その日々が楽しい、と百音が考えていることは重要だ。彼らの住むマンションの屋上庭園の奥にある「縁切り神社」がはたして物語で機能しているかという問題もあるけれど、それは宿題にしておく。

 今月の三作目は、櫻井とりお『虹いろ図書館のへびおとこ』(河出書房新社)。第一回氷室冴子青春文学賞大賞との帯が付いているが、読み始めたらやめられなくなった。最近は途中で読むのをやめる本が多いのだが、ではなぜ、この小説はぐんぐん読み進めたのか。

 小学六年生の火村ほのかがいじめにあって学校に行けなくなり、図書館で過ごす日々を描く長編である。いじめにあったとき①先生にいう②親にいう③だれにもなんにもいわない、という三タクで③を選んだほのかは学校に行かずに過ごす場所として図書館を発見するのだ。水飲み場もトイレもある。うるさい大人たちも図書館の机に向かって勉強していれば何も言ってこない。つまり前半は街のサバイバルだ。後半は図書館で過ごす日々を描いていくが、その柔らかな手触りがいいのだ。そうとしか言いようがない。ラストも素敵だ。

 今月のラストは、穂波了『月の落とし子』(早川書房)。第九回のアガサ・クリスティー賞の受賞作品だが、帯に「突然死する宇宙飛行士、墜落する宇宙船、蔓延する致死病原体」とあるので、だいたいの内容は推察できる。しかしそれでも面白い。とにかく冒頭の宇宙のシーンの迫力と緊迫感が半端ないのだ。一〇〇ページのところで宇宙船が墜落してくるが、ここまで読んだらもうだめだ。あとは黙って読まれたい。

 作者は二〇〇六年に第一回のポプラ社小説大賞を受賞した作家で、本書は一三年ぶりの第二作だが、デビュー作よりも遙かに大きくなっての再登場だ。その成熟に拍手したい。

(本の雑誌 2020年2月号掲載)

« 前のページ | 次のページ »

●書評担当者● 北上次郎

1946年東京生まれ。明治大学文学部卒。1976年、椎名誠と「本の雑誌」を創刊。以降2000年まで発行人とつとめる。1994年に『冒険小説論』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『書評稼業四十年』(本の雑誌社)、『息子たちよ』(早川書房)がある。

北上次郎 記事一覧 »