『隠された悲鳴』に込められたボツワナの人々の叫び

文=小財満

  • 隠された悲鳴
  • 『隠された悲鳴』
    ユニティ・ダウ,三辺律子
    英治出版
    2,200円(税込)
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  • 雪が白いとき、かつそのときに限り (ハヤカワ・ミステリ)
  • 『雪が白いとき、かつそのときに限り (ハヤカワ・ミステリ)』
    陸 秋槎,中村 至宏,稲村 文吾
    早川書房
    1,650円(税込)
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  • カッティング・エッジ
  • 『カッティング・エッジ』
    Deaver,Jeffery,ディーヴァー,ジェフリー,真紀子, 池田
    文藝春秋
    2,750円(税込)
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  • ベルリンで追われる男 (創元推理文庫)
  • 『ベルリンで追われる男 (創元推理文庫)』
    マックス・アンナス,北川 和代
    東京創元社
    1,188円(税込)
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 南部アフリカの国、ボツワナ共和国の女性では同国で初めての最高裁判事を経て現在は外務国際協力大臣であり、人権活動家、そして作家という多彩な顔を持つユニティ・ダウのサスペンス小説『隠された悲鳴』(三辺律子訳/英治出版)はボツワナという中世と現代が入り交じる国の、人々の叫びが表現された作品だ。

 二十二歳の女性アマントルは高校卒業後、国家奉仕プログラムの参加者としてハファーラ村の診療所に一年間派遣されることになった。だが着任早々、彼女は診療所の倉庫で、とんでもないものを見つけてしまう。それは五年前に行方不明となり、儀式殺人の被害者となったのではないかと噂される少女ネオが当時着ていた──そして血だらけで発見され、警察に証拠として押収された途端、警察の保管室から煙のように消えてしまったとされていた洋服の入った箱だった。新たな証拠に騒然となり警察を信用できないという村の人々は人質をとり、警視総監や国家安全保障大臣といった国のトップにこの事件の解決を保証しろと要求するのだった。

 村の人々の側の立場で警察・政府との交渉人となるのが、主人公アマントルだ。軍に対するデモを行う学生運動の中心人物の一人であった彼女は仲間とともに真実を求め行動することになる。儀式殺人──権力や金のために少女を生きたまま食らうという呪術的迷信であり、権力者が警察にその事件を隠蔽させたのではないかという疑惑を前に、アマントルの友人である検察官の叫びはただただ虚しい。「隠蔽なんかに関わるわけない! ここはボツワナよ! 民主国家なのよ!」そして本作の二転三転するラストは、作者の経験してきたボツワナという国の現実がいかに社会的弱者にとって理不尽なものであるかを読者に突きつけてくるものだ。ジェンダーギャップや政治的腐敗の罪悪について改めて考えさせられる、現代の日本において読まれるべき作品である。

 紀元前の中国を舞台にした青春本格ミステリ作品である長篇デビュー作『元年春之祭』が昨年話題を集めた中国人作家、陸秋槎の第二長篇『雪が白いとき、かつそのときに限り』(稲村文吾訳/ハヤカワ・ミステリ)は作者が前作でも発揮した青春期の少女たちの関係性をいっそう前面に出せる舞台──「学園もの」であり密室殺人を扱った謎解きミステリだ。

 学校の寮で五年前の雪降る夜に起きた、犯人の足跡なき"雪密室"の殺人事件。これを生徒会長・馮露葵、生徒会寮委員・顧千千、そして当時学校の生徒だった図書館司書・姚漱寒の三人が捜査する。だが、彼女たちをあざ笑うかのように当時を再現するかのような殺人事件が──という粗筋。前作が古代中国の祭祀や漢籍といった世界観を殺人事件のハウダニット、ホワイダニットと直結する物語の中で語られる必然性をもった事柄──例えば麻耶雄嵩『夏と冬の奏鳴曲』におけるキュビズム、古泉迦十『火蛾』におけるイスラム神秘主義と同様の役割を持たせた作品だったのに対し、今回はその役割を真正面から描いた「青春」に持たせている。女性たちの思いの奔流を描くがゆえに百合と称せれられることもあるだろうが、その彼女たちの視野狭窄的な純真さこそが物語をミステリたらしめる作品だ。

 ジェフリー・ディーヴァーの描く、四肢が麻痺しながらも科学捜査の天才、リンカーン・ライムを主人公にしたシリーズ第十四作『カッティング・エッジ』(池田真紀子訳/文藝春秋)だが、本作の読者に判らぬよう仕掛けられた伏線の妙は、『魔術師』や『ウォッチメイカー』に匹敵するシリーズ中でも屈指の作品だ。

 ダイヤモンド店で店主と婚約指輪を受け取りにきたカップル、計三名が刺殺される。ダイヤモンドに奇妙な固執をする「プロミサー」と名乗る殺人犯、そして彼の顔を見たために追われる身となったダイヤモンド店店主の助手でカッティング(宝石研磨)の天才ヴィマル、そしてご存知リンカーン・ライムという三人の視点で物語は描かれる。なぜヴィマルは警察に保護を求めず逃避行を続けるのかという謎にはじまり、途中からは地中熱ヒートポンプ発電とニューヨークで頻発する地震の関連性という環境問題が挿入される。一見関係のなさそうな数々の筋が完全犯罪の策謀に収束したとき、読者はきっと「だからダイヤモンドか!」という驚きを得られるはずだ。作者につきもののドンデン返しの後に待ち受けるラストも極めてニクい。

 マックス・アンナス『ベルリンで追われる男』(北川和代訳/創元推理文庫)は原題"ILLEGAL"の通りドイツの不法残留者であるガーナ人を主人公にしたサスペンス。ある男が売春婦を殺害した場面を目撃したために、あらゆる人々から追われる身となる──という単純な筋だが、もちろん不法残留者としては警察を頼るわけにもいかず、むしろ容疑者として追われる身に。地下鉄に乗れば切符を持たないために検札係に追われ、さらに殺人犯の一味からも追われてしまう。そんな誰からも追われる身だが、車などを持てるわけもなく逃走手段が基本的には時速二十五キロを誇る己の俊足、というあたりがユニークだ。ただひたすらに足だけでスリリングな逃走劇が演出されるから面白い。その逃走劇に関係のなさそうなある人物の物語が繰り返し挿入されるのだが、この挿話が物語全体に及ぼすインパクトが大きい。作品に通底する無常観は読者を選ぶだろうが、J=P・マンシェットに代表されるセリ・ノワール的なものと言えばご理解いただけるだろうか。本作はドイツ・ミステリ大賞受賞作家である作者の第三作。作者は移民や人種差別といった社会問題をテーマに四作を上梓している。

(本の雑誌 2020年1月号掲載)

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●書評担当者● 小財満

1984年、福岡県生まれ。慶應義塾大学卒。在学中は推理小説同好会に所属。ミステリ・サブカルチャーの書評を中心に執筆活動を行う。

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