『少年は世界をのみこむ』に温かいものがこみあげる!

文=北上次郎

  • 少年は世界をのみこむ (ハーパーコリンズ・フィクション)
  • 『少年は世界をのみこむ (ハーパーコリンズ・フィクション)』
    トレント ダルトン,池田 真紀子
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    2,860円(税込)
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  • 出版と権力 講談社と野間家の一一〇年
  • 『出版と権力 講談社と野間家の一一〇年』
    魚住 昭
    講談社
    3,850円(税込)
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 トレント・ダルトン『少年は世界をのみこむ』(池田真紀子訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)が素晴らしい。たとえば、一二歳のイーライに、七〇歳過ぎのスリム・ハリデーが「光と陰だ、坊主」と言う。どうして一二歳の少年と、七〇歳過ぎの老人が話しているのかというと、スリムがイーライのベビーシッターだからだ。刑務所仲間のライル(ドラッグの売人で、イーライの母のボーイフレンドだ)から頼まれて、スリムが断れなかったからだ。三二年前、タクシー運転手を殺した罪でボゴ・ロード刑務所に収監されたスリムは何度も脱獄し、「ボゴ・ロードのフーディーニ」と呼ばれている男で、だから幼いイーライに刑務所の中の話をよくする。イーライはそうやって育ってきた。

 イーライには一歳上の兄オーガストがいるが、六歳のときに母さんが家を出ていってから、ガスは喋らなくなっている。いつも空中に字を書いて、それで意思疎通をはかっている。イーライの夢は、地元新聞の犯罪報道記者になることだ。その新聞社に勤めるケイトリン・スパイズに一三歳のときに会いに行くくだりがある。そこにこうある。

「ケイトリンは、ぼくの理想の女の子、クラーク・ケント風の縁の太いめがねで美少女ぶりを隠した女の子そのものだった」

 そのとき、ケイトリン・スパイズは二一歳、イーライ・ベルは一三歳だ。歳の差は八歳。その項のラストはこうだ。

「世界を待ってて、ケイトリン・スパイズ。ぼくを待っていて」

 この小説の魅力をうまく伝えられない。全体が五八〇ページもある小説の四六〇ページのところに出てくるシーンをここで紹介したいのだが、終わり間近のこんなシーンを割ってしまうのはルールに反するので、曖昧に書く。母さんとイーライとガスが危機に陥ったとき、「灰色のジャケットの男」が登場するのだ。そこまでに登場した男に、そんな男はいない。いったい誰なんだろう。と思っていると、ああ、そうだったのかと納得するシーンだ。温かなものがこみ上げてくるシーンだ。

 飲んだくれの父親と、ドラッグに溺れた母親と、そして法の外に生きる男女(すこぶる個性的な連中だ)に囲まれて育った少年の日々を、色彩感豊かに描いた傑作だ。ここではそう書くにとどめておく。

 藤谷治『睦家四姉妹図』(筑摩書房)も面白い。一九八八年から二〇二〇年までの三二年間を描く家族小説で、全八章にわかれているが、それぞれの冒頭に、一月二日の家族写真が掲げられている。いや、実際の写真が載っているわけではない。写真・前列右より、睦八重子(五十歳)、というように、家族写真の構成が書かれているだけ。これが絶妙な効果をあげている。最初は、両親に娘四人の写真で、そのとき末っ子の恵美里は一三歳。この家族写真が年を追うごとに変わっていく。娘たちの名字が変わって配偶者やその子供たちが映っていたりするのだ。ちなみに最後の写真で恵美里は四五歳で、名字がまた睦に戻っている。こういうふうに家族の歴史を写真に語らせているのはうまい。

 家族の歳月に、時代の移り変わりを重ねているのも印象的だ。ウィンドウズ95を導入して仕事がどう変わったかなど(電子メールの練習がとんでもないことを生み出すくだりもいい)、巧みに物語に取り入れている。三二年間のことであるから、実にさまざまなことが起きるが、それがどういう日々であったか、その具体的な挿話の積み重ねを読むのも読書の愉しみだろうから、ここには書かないことにする。ただ一つ、言えることは、睦家の歴史を読んでいると、過ぎ去りし日々のことがどんどん蘇ってくることだ。藤谷治はやっぱりうまい。

 桜木紫乃『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』(KADOKAWA)と、鈴村ふみ『櫓太鼓がきこえる』(集英社)も印象に残ったが、この二冊は別の機会に譲って、今月のラストは、魚住昭『出版と権力』(講談社)。講談社と野間家の一一〇年、との副題が付けられた書だ。圧巻は、この書の冒頭に出てくる合本資料で、昭和三四年に編纂した社史『講談社の歩んだ五十年』(執筆は、木村毅)のもとになった資料の中に、一四七巻の合本資料があったという話から、この書は始まるのである。合本の中身のほとんどは、二〇〇字詰めの原稿用紙に手書きした速記録の束で、それは「三〇〇回を越える座談会と、二〇〇人に及ぶ人を訪問して作られたもので、二度と再び得難い貴重な資料」だという。社史『講談社の歩んだ五十年』のために集められたものだが、社史に使用された分は僅少で、大半が未使用。それをそれから六〇年たってなお、講談社はいまも保管しているのだ。

「良いことも悪いことも事実は事実として残すことで、日本を代表する総合出版社としての歴史的・社会的な責任を果たさなければならないという意識があったと思う」

 と著者の魚住昭は書いているが、膨大な手書きの資料がいまも残されているのがすごい(その合本が棚に並べられている写真も掲げられている)。講談社にとって残したくないものもあり、それをも含めて保管し続ける懐の深さに圧倒される。

 それらの座談会、インタビューは本書の随所に引用されているが、戦時中、陸軍の顧問制度を突っぱねたというOB社員の座談会に、事実をすり替えていると疑問を呈しているように、著者は克明に検証していくから歴史が立体的に浮かび上がってくる。日本の出版史に関心のある方はぜひ読まれたい。

 未読のまま仕舞い込んでいた二〇一〇年に出た社史『物語 講談社の100年』をいまあわてて探している。

(本の雑誌 2021年5月号掲載)

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●書評担当者● 北上次郎

1946年東京生まれ。明治大学文学部卒。1976年、椎名誠と「本の雑誌」を創刊。以降2000年まで発行人とつとめる。1994年に『冒険小説論』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『書評稼業四十年』(本の雑誌社)、『息子たちよ』(早川書房)がある。

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