『オクトーバー・リスト』の"つかみ"に興奮!

文=吉野仁

  • オクトーバー・リスト (文春文庫 テ 11-43)
  • 『オクトーバー・リスト (文春文庫 テ 11-43)』
    ジェフリー・ディーヴァー,土屋 晃
    文藝春秋
    1,045円(税込)
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  • 続・用心棒 (ハヤカワ・ミステリ 1966)
  • 『続・用心棒 (ハヤカワ・ミステリ 1966)』
    デイヴィッド・ゴードン,青木 千鶴
    早川書房
    2,090円(税込)
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  • 幸運は死者に味方する (創元推理文庫)
  • 『幸運は死者に味方する (創元推理文庫)』
    スティーヴン・スポッツウッド,法村 里絵
    東京創元社
    1,320円(税込)
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  • アウトサイダー 上
  • 『アウトサイダー 上』
    スティーヴン・キング,白石 朗
    文藝春秋
    2,420円(税込)
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  • アウトサイダー 下
  • 『アウトサイダー 下』
    スティーヴン・キング,白石 朗
    文藝春秋
    2,420円(税込)
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  • 警部ヴィスティング 鍵穴 (小学館文庫 ホ 2-2)
  • 『警部ヴィスティング 鍵穴 (小学館文庫 ホ 2-2)』
    ヨルン・リーエル・ホルスト,中谷 友紀子
    小学館
    1,100円(税込)
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  • 殺人記念日 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『殺人記念日 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    サマンサ ダウニング,QUESTION No.6,唐木田 みゆき
    早川書房
    1,386円(税込)
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『ベストセラー小説の書き方』でディーン・R・クーンツは「最初の三ページが勝負だ」と記していた。いまや冒頭から派手な山場をもっていく手法はめずらしいものではない。のっけから読者の心をつかめ。それでいえばジェフリー・ディーヴァーの新作はその教えのはるか上をいく。小説のつくりそのものが「つかみ」なのだ。『オクトーバー・リスト』(土屋晃訳/文春文庫)は、なんと物語の最終章からはじまり、第1章へと逆順して語られていく。

 冒頭第36章を読み始めて分かるのは、マンハッタンのアパートメントでガブリエラという女性が不安にかられていることだ。娘サラがジョゼフという狂った男に誘拐され、その目的は〈オクトーバー・リスト〉の奪取にあるらしい。彼女は娘を助けにいった男たちの帰りを待っていた。しかし現れたのは、銃をもったジョゼフだった。

 その場面にいたるまでの三日間が章ごとに逆行して描かれ、事件の発端へと遡っていくわけだが、人物の関係など把握しづらい部分も多く、けっして読みやすいものではない。だが、第1章までたどりつくと「ああ、そういうことだったのか!」と作者の思惑どおりに驚愕する。あわてて第1章から順に戻って読まずにおれない。すると、これまで白だったオセロの石がみな黒になっていく感覚といえばいいのか、あちこちに仕掛けられた伏線や企みをたどる面白さに興奮すること必至なのだ。

 デイヴィッド・ゴードン『続・用心棒』(青木千鶴訳/ハヤカワ・ミステリ)は、題名どおり前作の続編で、犯罪組織の用心棒ジョーが、ふたたびテロ組織の活動をつぶそうと仲間とともに大がかりな任務を果たす。とくにジョーが凄腕の金庫破りエレーナと組んで宝石商からダイヤモンドを盗み出す一連の展開が意表をつき圧巻だ。冗談がすぎるほどのユーモアや男女入りまじった乱闘シーンなどが満載で、強奪サスペンス映画を思わせるスケールと派手なアクションがニューヨークのあちこちで展開していく。ハリウッド映画式クライムの醍醐味にあふれた一作だ。

 スティーヴン・スポッツウッド『幸運は死者に味方する』(法村里絵訳/創元推理文庫)の舞台もニューヨークだが時代は一九四〇年代で、名探偵リリアンと助手ウィルの女性コンビが活躍するミステリ。ペンテコスト探偵事務所に調査の依頼が舞い込んだ。ある大邸宅でおこなわれていたパーティーのさなか、女主人アビゲイルが水晶玉で撲殺された事件だ。客たちのあいだでは、一年前に亡くなったアビゲイルの夫の霊が妻を殺したのだという噂がひろまっていた。戦後間もない大都会で対照的な女性ふたりが主役の探偵小説といえば、先月刊行のアリスン・モントクレア『ロンドン謎解き結婚相談所』(同文庫)と同質の軽妙洒脱な読みごこちを感じた。だがウィルが元サーカス団員で〈ブラックマスク〉誌を愛読するなど、英米の違いが細部にあらわれており、あわせて読むとなお愉しいだろう。

 スティーヴン・キング『アウトサイダー』(白石朗訳/文藝春秋)は、上下二段組み六百数十ページある大作。ページをめくるごとに謎がふかまる上巻にひきこまれ、文字どおり闇のなかで恐怖の存在と闘う下巻の盛りあがりにより、一気に読まされた。物語は、小さな町で少年の惨殺死体が発見されたことにはじまる。数々の目撃証言により教師テリーが大勢のまえで逮捕された。ところが事件当日、テリーは同僚たちと遠く離れた町でおこなわれた作家ハーラン・コーベンの講演会に出席していたのだ。刑事ラルフはその事実を調査していくと矛盾する証拠がつぎつぎに現れたばかりか、次の悲劇に直面した。やがて事件の陰で暗躍する不気味な怪物の存在が浮かびあがる。トランプ大統領の時代、二〇一八年発表の作品だけに、本物と見分けのつかないフェイクな有象無象が出現し、世界をひたすら混乱させ、取りかえしのつかない破滅的混乱が生まれた恐怖がそこにある、と読み解けばいいのだろうか。

 一方、派手さもケレン味も押さえた作風ながら、堅実な警察捜査の模様をしっかりと読ませるのが、ヨルン・リーエル・ホルスト『警部ヴィスティング 鍵穴』(中谷友紀子訳/小学館文庫)だ。シリーズ第十三作。ラルヴィク警察の主任警部ヴィスティングは、とつぜん検事総長に呼び出された。急死した大物政治家クラウセンの別荘から、巨額の紙幣の束が発見されたのだ。ヴィスティングは娘リーネや鑑識員モルテンセンら捜査チームとともに極秘に捜査をはじめた。すると過去の大事件につながっていることが判明したものの、なぜクラウセンがひそかにこれほどの大金を所持し続けたのかは分からなかった。どこまでも地味な作風なのに知らず物語の世界に耽溺してしまうのは、人物にせよ状況にせよ会話にせよ丹念に描写され、現実味のあるドラマが構築されているからだ。

 今月もっとも痛快なのは、サマンサ・ダウニング『殺人記念日』(唐木田みゆき訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)。妻とふたりの子供がいる「わたし」は、バーで出会った女性に、耳の不自由な男トビアスだと偽って近づいた。それは新たな殺人の獲物を求めてのことで、サイコな夫婦のひそかな楽しみだった。そんなとき一年前に殺害した女性に関する問題が巻き起こり、あわてた夫婦は十八年前の連続殺人事件の犯人のしわざだと思わせようと企む。子供たちとの生活に追われる日常をおくりつつも、殺人犯罪に手を染めるのが夫婦円満の秘訣という本作は、どこまでもユーモラスな語り口で展開しつつ、たっぷりと毒が盛られ、しかもひねりの効いたドメスティック・ミステリである。

(本の雑誌 2021年6月号掲載)

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●書評担当者● 吉野仁

1958年東京生まれ。書評家。おもにミステリを中心とした小説や本の書評、文庫解説などを執筆。

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