町田そのこ『夜明けのはざま』の主人公の決断を応援する!

文=松井ゆかり

  • 夜明けのはざま (一般書)
  • 『夜明けのはざま (一般書)』
    町田 そのこ
    ポプラ社
    1,870円(税込)
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  • 苺飴には毒がある (一般書)
  • 『苺飴には毒がある (一般書)』
    砂村 かいり
    ポプラ社
    1,870円(税込)
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 誰にでもいつか死は訪れるということを、常に意識しながら生きている人は多くないだろう。けれども、日常的に死というものに否応なしに向き合わざるを得ない人もいる。たとえば、葬儀社のスタッフとか。

 町田そのこ『夜明けのはざま』(ポプラ社)の舞台は、「芥子実庵」という家族葬専門の葬儀社。登場人物の多くは大切な人を亡くしていた。残された者たちが途方に暮れる様子はこちらまでつらい。 本書は連作短編集で、各話の語り手の中でも全編を通じての中心人物となっているのが、芥子実庵で葬祭ディレクターとして働く佐久間真奈。二十二歳から勤めて九年、ようやく一人前になれたと自負している。しかしながら恋人に葬儀社の仕事は辞めてくれと言われてしまい、反発しながらもひとりで生きることには不安もある真奈の心は揺れていた。そんなときに昔からの友人のひとり・なつめが自ら命を絶ち、真奈に葬儀を取り仕切ってくれとの遺言があったことがわかる。なつめは大学時代に新人文学賞を受賞した作家だったが、二作目以降本業はパッとせず風俗で働いており、店の常連客と心中したのだった。

 女性が働くこと、まして葬儀社の仕事をすることへの偏見のようなものが根強いことを改めて思い知らされた。しかも仕事のことだけに留まらず、婚姻関係や子どもの有無などについてあれこれ口を出されることもある。そのような状況において、夫や恋人の意向でも親や兄弟姉妹のすすめでもなく、自分がどのように生きていきたいかが何よりも大切であることを、私たちは語り手たちから学ぶことができる。人生の決断は自分で下すしかないのだ。

 凪良ゆう『星を編む』(講談社)は、瀬戸内海で愛情を育んだ高校生男女・櫂と暁海がその後の人生をどのように歩んでいったかを描いた二〇二三年本屋大賞受賞作『汝、星のごとく』の続編・スピンオフ作品集。「春に翔ぶ」は、前作でも地に足が着いたようでありながら謎の多かった、櫂たちの担任で後に暁海の夫となった北原先生が語り手。どうして彼が献身的に若いふたりに救いの手を差しのべてきたか、どれだけの苦悩を口をつぐんだままやり過ごしてきたかが綴られ、言葉を失う。教師という立場でありながら暁海を、そして娘の結とその母であるもうひとりの教え子を支えてきたことは、たとえ周囲からはどんなに奇妙な結びつきに見えても彼らがまぎれもなく家族であると示している。たとえ周りが旧弊な考え方をふりかざしたとしても、その家族のあり方が正しいものかどうかを判断することなどほんとうは不可能であるに違いない。

 時系列としては、「春に翔ぶ」が前日譚。そして、表題作と「波を渡る」が後の時代の話で、若さゆえに性急になりがちだった櫂と暁海の恋愛を描いた前作と比較すると、登場人物たちの成長ぶりが強く印象に残った。それでも、相手を気遣える人間ほど自らを縛りつけてしまうキャラクターが多いのは相変わらず。そんなに自分の気持ちを抑えつけなくても...と胸が痛みつつ、凜とした彼らの姿にほっとする読書体験でもあった。

 一穂ミチといえば、いま乗りに乗っている作家のひとりといっていいだろう。著者のさらなる魅力を見せてくれるのが、『ツミデミック』(光文社)だ。タイトルは"罪+パンデミック"の造語であろうが、コロナ禍という未曾有の危機により、犯罪へと向かってしまった人々も少なからず存在したと思われる。

 それでも、もちろん誰もが違法行為に手を染めるわけではなく、道を踏み外すのを思いとどまれる人間も大勢いる。犯罪小説集ということで、破滅に向かう主人公たちの姿ばかり見ることになるのかと身構えつつ読んでいたのだが、思いがけず希望を感じさせる短編もあり心強くもあった。ちょっとしたボタンの掛け違いのようなことで明暗が分かれてしまうのも人生の不思議さとは思いながら、個人的にはやはり再生を感じさせる作品群にとりわけ心ひかれた。

 郊外の駅に集合した謎の集団の目的は何か? 最終話「さざなみドライブ」において、彼らのねらいは比較的わかりやすいものだった気がするが、終盤でさらなる真相が明かされていくくだりなどは小気味よかった。謎解き的な趣向で、読者の興味を引きつける筆力もまた心憎い。

 女子の友人関係の難しさが胸に迫るのは、砂村かいり『苺飴には毒がある』(ポプラ社)。主人公の寿美子は高校までずっと、幼なじみのれいちゃんと一緒に登下校していた。しかしれいちゃんは他の子を見下すような発言をすることがあり、寿美子自身もその冷ややかな視線から逃れられていない気がしていた。しばしば翻弄されていた寿美子だったが、自らも成長する中で他者との関わりに変化が生じていく。

 自分の人生においても、あえて相手を傷つけたり試したりするような子もいたし、苦い思いはいまだ完全に消え去ってはいない。とはいえ、"女の友情は紙より薄い"などと雑にまとめられるのも違和感がある。友だちのかけがえのなさを身に染みて知るからこそ、私たちは孤独を恐れ、多くの時間を一緒に過ごせる存在を求めていたのだから。

 時間が傷を癒やす場合もある。狭く窮屈な世界で傷ついていたすべての人が、本書を読むことで気持ちを整理し、苦しさが和らぐことを願う。

 自らが目指す道も他者との関わり方も人によってさまざまで、相手が自分とは違う人間である以上は理解し合えない場合もある。それでも、周囲の意見に惑わされず自分が望むように行動してよいのだということを、それぞれに示してくれたのが今月の四冊だったと思う。

(本の雑誌 2024年2月号)

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●書評担当者● 松井ゆかり

1967年、東京都生まれ。法政大学文学部卒。主婦で三児の母ときどきライター。現在、『かつくら』(新紀元社)で「ブックレビュー」「趣味の本箱」欄を担当。

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