高校生の誇りを賭けた独自ルールのゲームが楽しい!

文=酒井貞道

 青崎有吾『地雷グリコ』(KADOKAWA)は五篇から成る連作短篇だ。主役の女子高生射守矢真兎は、各篇でグリコ、神経衰弱、じゃんけん、だるまさんが転んだ、ポーカーといったゲームで、高校生なりに大切なもの(例:学園祭の出店の場所取り)を賭けて生徒会やらカフェ店主やらと勝負する。ポイントは二つ。まず、これらのゲームには必ず、作者創案の新ルールが追加されている。ルールは極めて厳格に規定・運用され、真兎と対戦者は、手を読み合い、ルールの穴を探り、心理戦を仕掛け合う。もちろん真兎も強いが敵側だって強い奴は揃っている。独自ルールがゲームに新風を吹き込む中、駆け引きはどの短篇でも白熱する。そしてここに、第二の要諦として、青春の疾風怒濤期ならではのドラマが加わるのである。各篇で展開される、大人視点では大したことのない問題の数々は、しかし高校生にとってはそうではない。自分の誇りや自己実現がそこにかかっているからだ。その意味で、本書は以前本欄でも取り上げた阿津川辰海『午後のチャイムが鳴るまでは』と軌を一にするのである。

 では個人の自己実現が社会的に大したことに発展することはないのか。呉勝浩『Q』(小学館)がフィクションにおける一つの答えとなるだろう。本書のタイトル・ロールは、天才的ダンサーである若い男性だ。彼を祭り上げて巨大なムーヴメントを起こそうと企む人々がいる。本書は後半でQの神話化を描く。ところが本書のメイン・プロットはこれではない。そもそも主人公はQではなく、彼の次姉ハチだ。彼女は殺人罪で服役した過去があり、現在は富津市の廃品処理業者の下っ端として静かに暮らす。就労環境は最底辺だし、暮らしは孤独、祖父が遺した家と車があるから困窮してはいないが裕福ではない。そんな彼女が東京都区部で数年ぶりに長姉ロクと再会。ロクは弟キュウがまずいことになったと語る。ここからキュウの姉としてのロクとハチの物語が再始動するとともに、過去の出来事も小出しに明かされていく。

 本書は様々なエピソードが錯綜しつつ、巨大な才能に魅入られた人々の物語としての性格をじわじわと強めていく。そこに、主人公周囲の、家族の物語、或いは家族になろうとしてなれなかった人々の物語が展開される。その果てに読者は、ミステリ要素と同時に、現代の神話を見るだろう。......Qのような人が実際に出て来たら、日本の雰囲気は変わるだろうか。ムーヴメントに虚像の面があることもまた、本書は丁寧に掬い取っているので、こういうことを考えるのは好ましくないのだろうが。

 道尾秀介『きこえる』(講談社)は、収録五篇全てが、YouTubeにアップロードされた動画(QRコードでアドレスを読み込めます)を読者が再生することで初めて、物語として謎解きとして完結する。この趣向はそれ自体で十分に野心的である。しかも、この動画を見ることによって、文字だけでは表現しきれないニュアンスが出るよう丁寧に物語を設計している。とても素晴らしいので、読者は面倒がらずに、必ず動画にアクセスしてください。

 そしてもちろん、この趣向を度外視しても小説としての完成度は極めて高い。「聞こえる」では、音楽の後ろで何者かが何かを呟くホラー風の展開が楽しめる。怪しい投資セミナーにがっつく中高年男性の厭らしさが印象的な「にんげん玉」。子供の痛切な想いが胸に刺さる「セミ」。生徒に盗聴器を仕掛ける塾講師の鬱屈と、その生徒の劣悪な家庭環境が冷え冷えと描かれる「ハリガネムシ」。男女の愛憎交錯が生んだ事件を刑事が追う「死者の耳」。いずれも、ままならぬ人生を送る人々の様々な想いが、洗練された文章で楽しめる。実に道尾秀介らしい作品集である。正直『いけない』シリーズよりも好きです。

 五十嵐律人『真夜中法律事務所』(講談社)は、死者の霊を見ることができる検事および元弁護士の活躍を描く。本作において、霊は、死をもたらした生者が罰された時に、成仏することになっている。第一章では、この設定の紹介のために小事件が一件解決され、罰とは有罪判決が下されることと例示される。第二章以降では、主人公たちは霊の法則の更なる細則を探りつつ、いよいよメインとなる、殺人事件の被害者女性の霊を成仏させるタスクに挑む。これは、犯人探しのみならず、いかに犯人を罰するかも課題となり、一筋縄では行かない。やがて予想外の事態も発生し、物語は特殊ルール下の謎解きミステリとして、予想以上にガチガチな本格ものに変容するのだ。

 最後は横関大『戦国女刑事』(小学館)だ。戦国時代後期の武将になぞらえた女性刑事たちが、戦国時代後期の戦い等になぞらえた事件に挑む。戦国武将を女性転換したフィクションは一山いくらもある。戦国武将になぞらえた人物や出来事が現代で起きるフィクションも沢山ある。しかし両者を組み合わせた作品は少ないのではないか。しかも本作は、戦国大名同士の戦争は警察組織内の権力闘争に読み換えられ、その内訌のため殺人が続発する。強靭な人間として描写されていた織田信子係長も、最終話「本能寺殺人事件」で明智光葉刑事にきっちり殺されてしまう。戦国時代後期の出来事を、現代の刑事ものにどう読み換えているかに注目して読むと楽しい。

 興味深いのは、戦国武将になぞらえた女性登場人物(二十人超!)が、描写が薄い人でも、ちゃんとキャラが立っているように感じられる点にある。各人の性格や将来を、元ネタの戦国武将に沿って読者が勝手にイメージするからだ。それも強固に。人物描写をある意味で外部委託した作例として珍重したい。

(本の雑誌 2024年2月号)

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●書評担当者● 酒井貞道

書評家。共著に『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』。翻訳ミステリー大賞シンジケートの書評七福神の一人として翻訳ミステリ新刊の、Real Sound ブックの道玄坂上ミステリ監視塔で国内ミステリ新刊の、それぞれ月次ベストを定期的に公表。

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