感情の機微を細やかに描く菅浩江『不見の月』

文=大森望

  • ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫JA)』
    柴田 勝家
    早川書房
    1,100円(税込)
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  • 大進化どうぶつデスゲーム (ハヤカワ文庫JA)
  • 『大進化どうぶつデスゲーム (ハヤカワ文庫JA)』
    草野 原々,TNSK
    早川書房
    858円(税込)
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  • これは学園ラブコメです。 (ガガガ文庫)
  • 『これは学園ラブコメです。 (ガガガ文庫)』
    原々, 草野
    小学館
    652円(税込)
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  • 追憶の杜 (創元日本SF叢書)
  • 『追憶の杜 (創元日本SF叢書)』
    門田 充宏
    東京創元社
    1,980円(税込)
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  • 不見【みず】の月 博物館惑星2
  • 『不見【みず】の月 博物館惑星2』
    菅 浩江,十日町たけひろ
    早川書房
    1,980円(税込)
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  • 伊藤典夫翻訳SF傑作選 最初の接触 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『伊藤典夫翻訳SF傑作選 最初の接触 (ハヤカワ文庫SF)』
    マレイ・ラインスター,ジョン・ウインダム,ジェイムズ・ブリッシュ,フィリップ・ホセ・ファーマー,ジェイムズ・ホワイト,デーモン・ナイト,ポール・アンダースン,高橋良平,伊藤典夫
    早川書房
    1,188円(税込)
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  • ディストピア・フィクション論: 悪夢の現実と対峙する想像力
  • 『ディストピア・フィクション論: 悪夢の現実と対峙する想像力』
    都司昭, 円堂
    作品社
    2,860円(税込)
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  • 栗本薫と中島梓 世界最長の物語を書いた人
  • 『栗本薫と中島梓 世界最長の物語を書いた人』
    高志, 里中
    早川書房
    2,090円(税込)
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 三方行成『流れよわが涙、と孔明は言った』だけ、ひと足早く先月紹介したが、それと一緒に、同じハヤカワ文庫JAから同じハヤカワSFコンテスト出身の新鋭による書き下ろし長編が2冊出ている。柴田勝家『ヒト夜の永い夢』★★★½は、昭和初期を背景に、実在人物を満載して描く伝奇SFロマンもしくはスチームパンク大作。話の核になるのは、南方熊楠の研究成果が(ここにはとても書けない過程を経て)結晶化した人工宝石=粘菌コンピュータを搭載する美少女アンドロイド「天皇機関」こと少女M。福来友吉や西村真琴をはじめとする黒衣のメンバーが集う秘密組織・昭和考幽学会が死体から作り出した少女Mは驚くべき演算能力を持ち、「天照大神より続く皇統も、肉体の軛からは逃れられまいよ。......しかし私は違う。......その命は八千代に続き、過ちを犯すこともない神聖なものである」と言い放つ。

 というわけで、読んだ感じ、『ディファレンス・エンジン』/『屍者の帝国』よりも、荒俣宏/京極夏彦(または乾緑郎『機巧のイヴ 新世界覚醒篇』)の系統か。北一輝や江戸川乱歩が活躍するあたりはけっこう盛り上がるが、いろいろ予防線を張り過ぎたせいでややインパクトが薄くなった感も。惜しい。

 対する草野原々『大進化どうぶつデスゲーム』★★★のほうは、女子高の生徒18人が800万年前のサバンナに飛ばされ、人類の命運を賭けた生存ゲームに挑む。「闘技場」または「ひとりぼっちの宇宙戦争」の集団版みたいな設定で、話は(『バトル・ロワイアル』『ハンガー・ゲーム』系じゃなく)『漂流教室』系。SFアクション的には意外と盛り上がらないが、妙に細かい時代考証/生物考証が読みどころか。

 同じ草野原々の『これは学園ラブコメです』(ガガガ文庫)★★★は、名倉編『異セカイ系』に続く(?)メタライトノベル。登場人物名が高城圭、河沢素子、果志奈モモ、虚空レム、言及塔まどかというあたりですでに元ネタ当てSFクイズですが(一番むずかしい樋口恭介『構造素子』はエピグラフに使われているのですぐわかる)、そんなにSF度が高いわけではなく、すらすら読める。

 一方、門田充宏『追憶の杜』(創元日本SF叢書)★★★½は、創元SF短編賞受賞作を表題作とするデビュー単行本『風牙』の続編となる全3話の中編集。記憶のレコーディング技術が開発された近未来を背景に、他人の記憶を第三者にわかるように翻訳する凄腕インタープリタの珊瑚が前作に続いて主役をつとめる。白眉は巻頭の「六花の標」。世を去った料理研究家・雪肌女と同居していた少年が、故人の遺志に基づき、彼女との最期の日々の記憶をネット(的なもの)に公開しはじめ、珊瑚の勤務先である九龍を巻き込んで炎上する。雪肌女はなぜ記憶の公開を望んだのか? 記憶を通じて、人と人との間の感情に分け入るSFミステリの秀作。

 菅浩江『不見の月』(早川書房)★★★★は、推協賞・星雲賞に輝く『永遠の森 博物館惑星』の、なんと19年ぶりの続編。今回の主人公は、博物館惑星に赴任したばかりの新人スタッフ・兵藤健。国際警察機構が管轄する権限を持った自警団(VWA)に所属し、新たな情動学習型データベース〈正義の女神〉に直接接続して試験運用中という設定で、前作よりミステリ色が強め。芸術をテーマにした異色の警察官小説のようにも読める。こちらの最終話となる表題作でも、故人が残した謎が物語の焦点になり、感情の機微が細やかに描かれる。続きは現在、SFM連載中。

 3月刊の木皿泉『カゲロボ』(新潮社)★★★★は異色のロボットSF連作集。もっとも、人間そっくりだというカゲロボは主人公の小学生が噂に聞くだけなので実在するかどうか不明。いじめ防止のために児童のふりをして学校に潜入し、すべてを記録しているという話が広まり、やがてあるクラスメートがカゲロボだと名指しされるが......という第1話「はだ」の意外な展開がすばらしい。「こえ」では、いじめで不登校になった生徒のかわりに、ネット経由で自宅とつながった重量11キロの箱が教室に運び込まれ、彼を殴った生徒がその世話を命じられる。教室の移動時にはつねに持ち運び、箱がブルブル震えたらトイレに連れていって排尿させてやるとか、いろいろめんどくさい......。リアルなロボットSFを目指さないからこそ書ける面白さが新鮮で、ジャンルSFが持つある種の不自由さについて考えさせられる。

『伊藤典夫翻訳SF傑作選 最初の接触』(ハヤカワ文庫SF)★★★は、SFMに伊藤さんが訳した短編をテーマ別に集める高橋良平編のアンソロジー第二弾で、今回は宇宙編。ラインスターの表題作ほか、ブリッシュ「コモン・タイム」、ホワイト「宇宙病院」、ナイト「楽園への切符」など、中高年SF愛好者には懐かしい50年代SF(表題作のみ'45年初出)定番の名作7編......だが、さすがに古色が目立つ。初読の若い人がどう思うか、感想が知りたい。

 最後にノンフィクションを2冊。円堂都司昭『ディストピア・フィクション論』(作品社)は、21世紀の作品を中心に"悪夢の現実と対峙する想像力"(副題)を分析する。網羅的な内容ではないとはいえ、当欄で紹介し損ねた小説(百田尚樹『カエルの楽園』、窪美澄『アカガミ』、中村文則『R帝国』......)も多く、ディストピア小説の広がりを実感できる。里中高志『栗本薫と中島梓』(早川書房)は、希代の天才の初の本格評伝。膨大な取材を通じてその生涯を丁寧にたどりつつ、書くことへの"妄執"のルーツを探る。日本SF出版史的に貴重な証言もいくつか。と、大量に積み残してまた来月。

(本の雑誌 2019年7月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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