京極夏彦『今昔百鬼拾遺 鬼』の超絶技巧を見よ!

文=千街晶之

  • 今昔百鬼拾遺 鬼 (講談社タイガ)
  • 『今昔百鬼拾遺 鬼 (講談社タイガ)』
    京極 夏彦
    講談社
    745円(税込)
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  • 偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理
  • 『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』
    降田 天
    KADOKAWA
    1,650円(税込)
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 本を手に取った段階で、「京極夏彦がこんな短い長篇を書いたとは」と驚かされたのが『今昔百鬼拾遺 鬼』(講談社タイガ)である。

 昭和二十九年、日本刀による殺傷事件が東京で続発し、「昭和の辻斬り事件」と騒がれていた。雑誌記者の中禅寺敦子は、七人目の犠牲者となった少女・片倉ハル子の友人の呉美由紀から相談を受ける。ハル子は生前、片倉家の女は先祖代々、鬼の因縁によって日本刀で斬り殺される定めだと語っていたというのだ。敦子が調査したところ、ハル子の叔母や大叔母も日本刀で斬殺されていた。

 中禅寺敦子は「百鬼夜行シリーズ」の京極堂こと中禅寺秋彦の妹であり、呉美由紀は『絡新婦の理』の登場人物。また、土方歳三を主人公にした時代小説『ヒトごろし』の後日譚にもなっているなど、著者の他作品とのリンクが京極ファンには嬉しい。登場人物が喋り出したら止まらなくなる点や、人間の妄執のありようを異様な説得力で緻密に再現しつつ、因縁を理詰めで解体する手つきは「百鬼夜行シリーズ」の味わいと共通している。誰が犯人でも意外性などなさそうに思えるくらい事件関係者が少ないのに、見事に驚愕の真相に着地してみせるあたりも超絶技巧と言えよう。

 第二十一回ボイルドエッグズ新人賞受賞作の坪田侑也『探偵はぼっちじゃない』(KADOKAWA)は、中学校を舞台とする学園ミステリ。三年生の緑川光毅は、それなりに楽しく学園生活を謳歌しつつ屈託を抱えていた。そんな彼に、同級生の星野温が「一緒に探偵小説を書こう」と声をかけてきた。一方、新任教師の原口は、自殺サイトに自校の生徒が出入りしていることを知り、先輩教師の石坂とともにその生徒を救おうとする。

 執筆当時、著者は作中の緑川と同じ中学三年生だった。世間には若書き故の粗削りさが逆に美点となるタイプの小説も多いけれども、本書は明らかに違う。中学生にとって世界がどう見えるかをリアルタイムで再現できるという強みとともに、文章も構成もおとなの現役作家と互角に渡り合っていけるだけの成熟した実力をも具えているのだ。ミステリとしてのサプライズも鮮烈だし、何よりも小説としての安定感に瞠目させられる。この作者に関しては、若いうちだけ持て囃される一発屋になる心配はなさそうだ。

 奇しくも、ほぼ同時期に出た森晶麿『毒よりもなお』(KADOKAWA)にも自殺サイトが登場する。カウンセラーの美谷千尋は、自殺願望のある女子高生からの相談を聞いているうちに、ある自殺サイトの存在を知り、その管理人が、自分の知っているヒロアキという男ではないかと思い当たる。八年前、千尋は郷里の山口県で、ヒロアキに首を絞められた経験があったのだ。

 読み進めるうち、ヒロアキの心理の謎より、千尋という主人公がヒロアキにそこまで執着する理由が気になる読者も多いだろう。本書は千尋自身の心理の謎にも迫るミステリであり、終盤は予想外の展開を見せながら、この物語自体が何のために書かれたのかを読者に考えさせる。あとがきによると当初は実際の事件から発想したらしいが、フィクションならではのアクロバティックな魅力を秘めた作品に仕上がっている。あと、フジファブリックのファンは必読であると記しておく。

 降田天『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』(KADOKAWA)は、少女を誘拐した青年が主人公の「鎖された赤」、詐欺グループを率いる老女が仲間に金を持ち逃げされる表題作(第七十一回日本推理作家協会賞短編部門を受賞)など、神倉市という架空の街を舞台にした五つの物語から成っている。

 タイトルだけ見ると、狩野雷太という巡査が主人公のように思えるけれども、各篇は犯人サイドを主人公とする倒叙ミステリであり、狩野はどこか不穏な存在感を漂わせながら犯人たちを追いつめてゆく役回りだ。しかし、連作を最後まで読むと、基本的には前面で描かれることのない狩野の人間性がきっちり像を結ぶ構成になっている。倒叙ミステリの魅力に数々のサプライズを織り込んだ作風は著者の新境地と言える。

 与党の大物政治家・宇田の三歳の孫娘が誘拐されるという事件から幕を開けるのが、真保裕一『おまえの罪を自白しろ』(文藝春秋)である。やがて宇田に、孫娘を返してほしければ明日の午後五時までに記者会見を開いて罪を自白しろ......という犯人からの要求が届く。折しも宇田は、総理と親しい業者への便宜供与疑惑の渦中にいた。犯人の動機は宇田個人への怨恨か、それとも総理を失脚させることか? タイムリミットが刻々と迫る中、宇田一族、与党重鎮の面々、捜査に携わる警察官らの思惑が複雑に交錯する。誘拐被害者の命の重みなど意に介さず宇田に全責任を押しつけようとする政治家たちの醜悪さ、自分はともかく一族の政治家生命だけは繋ぎ止めようと駆け引きを繰り広げる宇田の執念などが、実際に同種の事件が起きたらこうもなろうかと思われる迫真ぶりと緊迫感を伴って描かれてゆく。

 犯人の名前は一ページ目で紹介されるものの、その後はずっと登場しない。そのことで、警察の捜査がまるで見当違いの方向を旋回していると窺えるようになっているが、この犯人の狙いが奈辺にあるのかもミステリとしての読みどころだ。また本書は、ひとつの事件を通したある人物の「成長」の物語としても読める。果たしてその「成長」は、政界に、ひいては日本にいかなる影響を及ぼすのか。読者に実在の政治家をイメージさせつつ、いろいろ考えさせる幕切れである。

(本の雑誌 2019年7月号掲載)

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●書評担当者● 千街晶之

1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。

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