当代日本最高の物語の18年ぶりの長篇を寿ぐ!

文=大森望

  • 白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫)
  • 『白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫)』
    小野 不由美
    新潮社
    737円(税込)
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  • 白銀の墟 玄の月 第二巻 十二国記 (新潮文庫)
  • 『白銀の墟 玄の月 第二巻 十二国記 (新潮文庫)』
    小野 不由美
    新潮社
    781円(税込)
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  • 白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫)
  • 『白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫)』
    小野 不由美
    新潮社
    737円(税込)
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  • 白銀の墟 玄の月 第四巻 十二国記 (新潮文庫)
  • 『白銀の墟 玄の月 第四巻 十二国記 (新潮文庫)』
    小野 不由美
    新潮社
    825円(税込)
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  • 宙を数える 書き下ろし宇宙SFアンソロジー (創元SF文庫)
  • 『宙を数える 書き下ろし宇宙SFアンソロジー (創元SF文庫)』
    高山 羽根子,酉島 伝法,理山 貞二,オキシタケヒコ,宮西 建礼,宮澤 伊織,東京創元社編集部
    東京創元社
    990円(税込)
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  • 時を歩く 書き下ろし時間SFアンソロジー (創元SF文庫)
  • 『時を歩く 書き下ろし時間SFアンソロジー (創元SF文庫)』
    松崎 有理,空木 春宵・高島 雄哉・門田 充宏・石川 宗生・久永 実木彦・八島 游舷,東京創元社編集部
    東京創元社
    990円(税込)
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 28年前、新潮文庫書き下ろしの『魔性の子』で始まった高里(と戴)の長い旅が、ついにゴールを迎えた。小野不由美『白銀の墟 玄の月』一〜四(新潮文庫)★★★★★である。当代日本最高の物語《十二国記》の18年ぶりの長篇とあって、待ちかねた読者が書店に押し寄せ、4冊合計で250万部突破と、記録的な数字を叩き出している。マーヴェル映画で言えば、「インフィニティ・ウォー」と「エンドゲーム」の間に18年開いたようなものだから、無理もない。

 01年に出た『黄昏の岸 曉の天』は行方不明の麒麟を探す話だったが、その直後に始まる『白銀の墟 玄の月』は行方不明の王を探す話。それにこれだけの枚数を要したのは、シリーズの成長と著者の作家的な深化、そしてものすごい労力と誠実さをもって《十二国記》と向き合ったゆえだろう。クリアすべき関門が多すぎたためか、シリアスに傾斜しすぎ、読んでいて息苦しいほどだったが、それだけに、最後のページにたどりついたときの感動とカタルシスは圧倒的だ。いやもう、お疲れさまでしたと言うしかない。とはいえ、《十二国記》そのものが終わったわけではない。2020年には書き下ろしの短篇集も予告されている。ひさしぶりに、いつか脳天気な話も読んでみたい。

 創元SF文庫から刊行された『宙を数える』『時を歩く』★★★★は、東京創元社の文庫創刊60周年記念出版。歴代創元SF短編賞(正賞+優秀賞)受賞者の新作を集めた2冊セット(宇宙テーマと時間テーマ)のオリジナル・アンソロジーで、総勢13人がそれぞれ気合いの入った新作を寄稿する。『宙を数える』巻頭のオキシタケヒコ「平林君と魚の裔」は、地球唯一の星間行商人にして大富豪のスミレ(コテコテの関西弁を操る米国籍の少女)を主役とする短篇連作の第2作。今回の語り手は、スミレ商会の行商遠征随行者募集に応じて奇跡的に採用された海洋生物研究者(専門は大陸棚の底生生物)の"私"。ものぐさキャラなのに、なんの因果か、破産9種族を相手にする取引の最前線に放り込まれる......。すばらしくご機嫌な星間商売エンターテインメントの快作だ。以下、この巻には、高山羽根子の世代宇宙船もの(!)、宮澤伊織のバカSF系YouTuberもの、さらに酉島伝法、理山貞二、宮西建礼が参加する。『時を歩く』のほうでは、目前に迫る絶滅の危機から逃れるため全人類加速計画が立ち上がる八島游舷「時は矢のように」と、〈声かけ〉と呼ばれる(人命を救うための)過去改変が制度化された世界で時間局員として働く"ぼく"の日々を描く久永実木彦「ぴぴぴ・ぴっぴぴ」が双璧か。以下、松崎有理の刑務所内でこつこつタイムマシン作りに励む話や、石川宗生の聖地巡礼ストレンジフィクションなど。他に空木春宵、高島雄哉、門田充宏が参加。

 一方、第三象限編『あたらしいサハリンの静止点』(衣笠SF文庫)★★★½は、今年の創元SF短編賞最終候補に残りながら惜しくも落選した3作、織戸久貴「あたらしい海」、谷林守「『サハリン社会主義共和国近代宗教史料』(二〇九九)抜粋、およびその他雑記」(日下三蔵賞受賞)、千葉集「回転する動物の静止点」(宮内悠介賞受賞)の改稿版に加え、それぞれの著者の新作短篇を収録したファン出版の三人集。インパクトでは、京都の小学校の校庭に忽然と出現したすり鉢状の黒い穴に動物を放り込んでコマのように回し、回転持続時間を競う奇妙なゲームを描く「回転する......」がぴかいち。言語コミュニケーションを補強するアプリを扱った織戸久貴の新作「グラス・ファサード」も読ませる。ファン出版ながら商業アンソロジー並みのレベルです。

 未読消化週間にやっと読んだ6月刊の詠坂雄二『君待秋ラは透きとおる』(KADOKAWA)★★★½は、「匿技」と呼ばれる超能力の持ち主たちが能力を駆使して闘う21世紀版エスパイというか異能バトルもの。透明化とか猫化とか鉄筋生成とか空間統御とか、いろいろへんてこな能力をどう生かすかが勝負で、『サクラダリセット』をバトル寄りにした感じ? サプライズの演出はさすがによくできている。

 第7回ハヤカワSFコンテストは、昨年に続いて大賞が出なかったが、優秀賞と特別賞受賞作がそれぞれ早川書房から四六判ハードカバーで刊行された。大賞以外がハードカバーで出るのはこれが初めてか(ちなみに、ほぼ同時にやはりハードカバーで出たアガサ・クリスティー賞の正賞受賞作二作の片方、穂波了『月の落とし子』も、月面着陸シーンから始まるSF設定のサスペンス)。

 優秀賞受賞の春暮康一『オーラリメイカー』★★★½は、直球の宇宙ハードSF中篇。時は遥かな未来。銀河にあまねく300の知的種族(自然生物)が《水−炭素生物連合》を組織し、数百億の情報生命(DI)は融合して《知能流》をつくっている。この設定のもと、どこか既視感のあるコンタクト(新種族発見)が描かれる。誠実な書きっぷりには好感が持てるし、冴えた描写やアイデアがあちこちに詰め込まれているが、全体として、イーガン『ディアスポラ』や『シルトの梯子』(あるいはクラークや小松左京)と真っ向勝負するには圧倒的に分が悪い。ライバルは麦原遼『逆数宇宙』か。併録の短篇は異星の空に棲息する〈彩雲〉と呼ばれる浮遊生物(たがいに捕食し合う)の見物客を案内する観光ガイドの話。特別賞受賞の葉月十夏『天象の檻』については次号で。最後の1冊は、年末の超話題作、テッド・チャン17年ぶりの短篇集『息吹』──と思ったがもうスペースがないので山岸ページ参照。

(本の雑誌 2020年1月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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