充実のイスラエルSF傑作集『シオンズ・フィクション』

文=大森望

  • サイバー・ショーグン・レボリューション 上 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『サイバー・ショーグン・レボリューション 上 (ハヤカワ文庫SF)』
    ピーター トライアス,中原 尚哉
    早川書房
    1,012円(税込)
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  • サイバー・ショーグン・レボリューション 下 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『サイバー・ショーグン・レボリューション 下 (ハヤカワ文庫SF)』
    ピーター トライアス,中原 尚哉
    早川書房
    1,012円(税込)
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  • アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)
  • 『アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)』
    柴田 勝家
    早川書房
    946円(税込)
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  • キスギショウジ氏の生活と意見 (竹書房文庫)
  • 『キスギショウジ氏の生活と意見 (竹書房文庫)』
    三蔵, 日下,仁, 草上
    竹書房
    1,540円(税込)
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  • Genesis されど星は流れる (創元日本SFアンソロジー) (創元日本SFアンソロジー 3)
  • 『Genesis されど星は流れる (創元日本SFアンソロジー) (創元日本SFアンソロジー 3)』
    堀 晃ほか
    東京創元社
    2,200円(税込)
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  • シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選 (竹書房文庫 て 2-1)
  • 『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選 (竹書房文庫 て 2-1)』
    シェルドン・テイテルバウム,エマヌエル・ロテム,中村融,安野玲,市田泉,植草昌実,小川隆,山岸真,山田順子
    竹書房
    1,650円(税込)
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  • デス・レター (創元日本SF叢書)
  • 『デス・レター (創元日本SF叢書)』
    山田 正紀
    東京創元社
    1,870円(税込)
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 米国以上に日本で大ヒットした『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』に始まるピーター・トライアスの巨大ロボット改変歴史SF三部作が『サイバー・ショーグン・レボリューション』(中原尚哉訳/ハヤカワ文庫SF)★★★★でめでたく完結した(同時刊行の《新☆ハヤカワ・SF・シリーズ》版は二九〇〇円の一冊本で、カラー口絵4ページとスピンオフ短編2編&書き下ろしエッセイ1編が付く)。

 物語の舞台は、前作から二十数年を経た2019年の日本合衆国。北米を分割統治する日本とナチスの対立が激化するなか、USJトップに登りつめた山崗将軍は粛清に着手。が、正体不明の凄腕テロリストの手で要人が次々に殺害される。USJメカパイロットの守川励子は特高の若名とともに犯人を追う......。メカアクションをたっぷり増量して『USJ』を語り直した感もあるが、完結編としてはやや奥行きに乏しいか。

 日本SFでは、新鋭とベテラン、それぞれの短編集が収穫。柴田勝家『アメリカン・ブッダ』(ハヤカワ文庫JA)★★★★は、人類学/民俗学的モチーフと最新テクノロジーの衝突から生まれるドラマを描く全6編の第一短編集。星雲賞受賞の「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」は、仮想世界で一生を過ごす少数民族を描く秀作。書き下ろし表題作では、国民の多くが電脳世界に移住した近未来アメリカで、仏教を奉じるインディアンの青年が救済を語る。他に、『ILC/TOHOKU』に寄稿したリニアコライダー伝奇SF「鏡石異譚」、『ヒト夜の永い夢』の前日譚となる熊楠の英国留学話、《年刊日本SF傑作選》に採録された「検疫官」を収める。

 対する草上仁『キスギショウジ氏の生活と意見』(日下三蔵編/竹書房文庫)★★★½は、〈SFアドベンチャー〉と〈野性時代〉掲載の18編に新作1編を追加。表題作は、駅の公衆トイレの個室5室のうち左から二つ目がいつも閉まっていることに気づいた男の話。「お父さんの新聞」は、朝、花を出し忘れたせいで〝新聞蝶〟を逃がしてしまった男の子の冒険物語。「公聴会」では、製造物責任を問われた造物主が人間たちに吊し上げを食う。古き良きアイデア・ストーリーの味を堪能できる1冊。

 続いてアンソロジーが2冊。『GENESIS されど星は流れる』(東京創元社)★★★½は新作を集める《創元日本SFアンソロジー》の第3巻。オキシタケヒコ《通商網》シリーズ第3作は米国籍を持つスミレが(アメリカごと異星文明に買われて)宇宙に旅立つ直前のJK時代の話。宮澤伊織《神々の歩法》シリーズもあいかわらず好調。空木春宵は、失恋すると体が蛇化する〈病〉が蔓延した近未来を背景に、安珍清姫を語り直す。宮西建礼の表題作は、天文部の高校生たちがコロナ禍の夏に系外流星の観測に挑む青春小説。第11回創元SF短編賞受賞の折輝真透「蒼の上海」は〝蒼類〟と呼ばれる生命が地上を覆い、人類が海中に追いやられた未来を描く冒険SF。他に、松崎有理の異世界転移数学コメディ、SFネタを入れつつ会社人生を回顧する堀晃「循環」と、池澤春菜×下山吉光の朗読声優対談を収録する。

 対する『シオンズ・フィクション』(テイテルバウム&ロテム編・中村融ほか訳/竹書房文庫)★★★★は、2018年に出た世界初のイスラエルSF&ファンタジー傑作選(英語版)の全訳。全16編のうち14編は21世紀の作品。初出時の言語は、ヘブライ語が10編、英語が5編、ロシア語が1編。

 巻頭のティドハー「オレンジ畑の香り」(小川隆訳)は、中国からの移民を父に持つ語り手が、かつてオレンジ畑だった宇宙港を眺めつつ過去を振り返る秀作。ランズマン「アレキサンドリアを焼く」(山田順子訳)では、エイリアンの侵略と戦い続ける未来の地球に、時を超える図書館が出現する。70年代筒井康隆みたいなドタバタSFをシリアスに語るフルマン「男の夢」(市田泉訳)とか、立体パズルの世界選手権に挑む三兄弟を描くショムロン「二分早く」(山岸真訳)とか傾向はさまざまだが、レベルは高い。最後の2編、現代テルアビブでUFOと驢馬が出会うペレツ「ろくでもない秋」、作中にブラッドベリやスタージョンの短編が出てくるアダフ「立ち去らなくては」(ともに植草昌実訳)は現代的なアーバン・ファンタジー。シルヴァーバーグによる序文、編者による詳細なイスラエルSF史解説も付属し、これ1冊でイスラエルSFが一望できる。

 残り3冊は駆け足。山田正紀『デス・レター』(創元日本SF叢書)★★★は、〝あなたの大切な人〟の死を予告する手紙を届けてまわる少女をめぐる全6話の連作集(第1話以外は書き下ろし)。同僚の死の謎を追う死神がインタビュアー兼語り手になる趣向だが、ヘミングウェイの短編を題材にした第3話「動く氷山には威厳がある」など、独立した短編としても読ませる。ただし、ラスト40ページのSF的タネ明かしはさすがに強引すぎた気が。

 山田宗樹『SIGNAL シグナル』(KADOKAWA)★★★は、300万光年離れたM33(さんかく座銀河)から届いた電波信号をめぐるファーストコンタクトSF。前半はなかなかぐっとくる青春小説だが、後半は(とくに『三体』以後のコンタクトものとしては)腰砕け。一方、第14回小説現代長編新人賞に輝くパリュスあや子『隣人X』(講談社)★★★½は、内乱が激化した母星を捨てた異星生命体(完璧なコピー能力を持つ知的生物)を「惑星難民X」として受け容れた現代日本が背景のアクチュアルな社会派SF。

(本の雑誌 2020年12月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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