ビショップの時間SF大作『時の他に敵なし』がすごい!

文=大森望

  • 時の他に敵なし (竹書房文庫 び 3-1)
  • 『時の他に敵なし (竹書房文庫 び 3-1)』
    マイクル・ビショップ,大島 豊
    竹書房
    1,540円(税込)
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  • こうしてあなたたちは時間戦争に負ける (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5053)
  • 『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5053)』
    アマル・エル=モフタール,マックス・グラッドストーン,山田 和子
    早川書房
    2,090円(税込)
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  • 海の鎖 (未来の文学)
  • 『海の鎖 (未来の文学)』
    ガードナー・R・ドゾワ,伊藤典夫
    国書刊行会
    2,860円(税込)
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  • 中国史SF短篇集-移動迷宮 (単行本)
  • 『中国史SF短篇集-移動迷宮 (単行本)』
    大恵 和実,大恵 和実,上原 かおり,大久保 洋子,立原 透耶,林 久之
    中央公論新社
    2,200円(税込)
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  • 日本SFの臨界点 中井紀夫 山の上の交響楽 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『日本SFの臨界点 中井紀夫 山の上の交響楽 (ハヤカワ文庫JA)』
    中井 紀夫,伴名 練
    早川書房
    1,166円(税込)
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  • レオノーラの卵 日高トモキチ小説集
  • 『レオノーラの卵 日高トモキチ小説集』
    日高 トモキチ
    光文社
    2,090円(税込)
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 いわゆる"幻のSF長篇"の中でも最大級の大物、マイクル・ビショップの代表作にしてネビュラ賞受賞作 No Enemy But Time(1982)が、原書刊行から40年近くを経てついに邦訳された。『時の他に敵なし』(大島豊訳/竹書房文庫)★★★★★である。イェイツの詩に由来する題名(かつては「時のみぞ敵」とか呼ばれてました)が示すように、話の中身はタイムトラベルもの。数奇な生い立ちの黒人青年ジョシュアは夢の中でくりかえし石器時代に時間遡行する特異体質の持ち主。世界的に有名な古人類学者に見込まれ、アフリカ某国が莫大な予算を投入した国家的プロジェクトの被験者となる。もっとも、小説は時系列順に語られるわけではない。順番がバラバラになった家族写真のスライドショー(序章に出てくる)さながら、現在と過去を行き来しながら徐々に全体像が見えてくる。現在パートの中心は、200万年前(ただし、現代につながる時間線から切り離された過去の複製らしい)に飛んだ主人公が未来との連絡を絶たれたまま、化石人類の集団に加わって生き延びる冒険譚だが、ジャンルSFの文法を徹底的に踏み外す点が特徴で、まさかここまで変な話だったとは......。ディテールの輝きとテーマ性は40年を経ても色褪せず、"幻の名作"の名に恥じない。今年のベストを争う独創的な時間SF大作だ。

 対するアマル・エル=モフタール&マックス・グラッドストーン『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』(山田和子訳/新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)★★★½のほうは、ヒューゴー賞ネビュラ賞など四冠に輝く最新モードの百合時間SF中篇(原書2019年刊)。時空を超えて歴史修正合戦を続ける二大組織に属する好敵手同士の女性工作員が"文通"によって深い絆を結ぶが、やがて組織の知るところになり......。細部に冴えたアイデアもあるが、ビショップと比べるとさすがに分が悪い。女性航時者と組織の相克を描く点はアナリー・ニューイッツ『タイムラインの殺人者』やケイト・マスカレナス『時間旅行者のキャンディボックス』と共通(本書のエル=モフタールは、「時間旅行するレズビアンの話がなぜ今こんなに多いのか?」と題するエッセイの中で、その理由を社会情勢に求めている)。

 '04年に開幕した国書刊行会のSF叢書《未来の文学》最終巻(19巻目)となる伊藤典夫編訳のアンソロジー『海の鎖』(国書刊行会)★★★★½がついに出た。編訳者が長いSF翻訳歴の中で"これだけは遺しておきたい"と思う'70〜'80年代の作品を中心に8篇を収めたという傑作選。テーマ別ではないが、結果的に5篇がコンタクトもの。ドゾワの表題作は学校にも家庭にも馴染めない少年の視点からエイリアンの侵略を痛切に描く忘れがたい名品。M・J・ハリスン「地を統べるもの」は、月の裏側で発見された神が地球に天降ったのちの話。地上に建設された〈神の高速道〉調査のためエセックス州南端部に赴いた諜報員が神の驚くべき姿に触れる。半世紀近く前に書かれたとは思えない(まるでテッド・チャンみたいな)現代的な傑作。モレッシイ「最後のジェリー・フェイギン・ショウ」は、エイリアンが人気トーク番組のゲストに招かれるコミカルで皮肉な小品。その他、百周年記念にヒロシマに原爆を再投下するイベントを描いて日本SF界に大騒動を巻き起こしたオールディス「リトルボーイ再び」(宮内悠介「原爆の局」「ロワーサイドの幽霊たち」にも影響している)、あの夜の出来事を実話として語るファーマー「キング・コング墜ちてのち」、ヒューゴー賞に輝くF・ポールの終末SF「フェルミと冬」など。

 対する大恵和実編『移動迷宮 中国史SF短篇集』(大恵和実、上原かおり、林久之、大久保洋子、立原透耶訳/中央公論新社)★★★★は中国史を題材にした中国SF/ファンタジーの超マニアックな傑作選(同じく全8篇)。馬伯庸「南方に嘉蘇あり」は、漢代にコーヒーが伝来していたら──という設定のまことしやかな偽史もの。飛氘の表題作は清の乾隆帝との対面を求めた英国使節団が迷路でたいへんな目に遭う話。韓松「一九三八年上海の記憶」では、時間を戻せる映像レコード(ビデオCD風)によって歴史が改変される。梁清散「広寒生のあるいは短き一生」は古典SF研究を題材にした(まるで横田順彌みたいな)偽文学史もの。他に、飛氘、程婧波、宝樹、夏笳の短篇を収録。SF度は意外と低めだが、30ページを超える巻末の編者解説(および各編解題+著者紹介)が熱い。

 熱い編者解説と言えば、伴名練編の短篇選集《日本SFの臨界点》の第一弾、中井紀夫『山の上の交響楽』(ハヤカワ文庫JA)★★★★もすさまじく、こちらはなんと50頁超! 各篇に触れる紙幅はないが、書籍初収録作では、《タルカス伝》外伝の「神々の将棋盤」と、著者の真骨頂ともいうべき宇宙奇想説話「花のなかであたしを殺して」がすばらしい。

 日高トモキチ『レオノーラの卵』(光文社)★★★½は、多方面で活躍する才人の初の小説集。ジャンルの枠に収まらない自由闊達・融通無碍な語り口が特徴で、この妙なセンスは意外に中井紀夫と通じるかも。まずは1篇読んでみて。

 最後にリー・ベーコン『12歳のロボット ぼくとエマの希望の旅』(大谷真弓訳/早川書房)★★★は《ハヤカワ・ジュニア・SF》第一弾。ロボットの反乱で人類が絶命した(と思われている)世界で自分と同い年の人間の少女と出会ったロボットの"ぼく"が規則に反して冒険の旅に出る。ディストピアSFの変奏だが、管理社会への反抗をロボット側から描いた点がユニーク。

(本の雑誌 2021年8月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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