酉島伝法の超弩級長編『奏で手のヌフレツン』に五つ星!

文=大森望

  • 赦しへの四つの道 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
  • 『赦しへの四つの道 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』
    アーシュラ・K・ル・グィン,小尾 芙佐,鳴庭 真人
    早川書房
    2,750円(税込)
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  • 宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選
  • 『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』
    顧適,何夕,韓松,宝樹,陸秋槎,陳楸帆,王晋康,王侃瑜,程婧波,梁清散,万象峰年,譚楷,趙海虹,昼温,江波,立原 透耶,立原 透耶
    新紀元社
    2,750円(税込)
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  • さやかに星はきらめき
  • 『さやかに星はきらめき』
    村山 早紀,岡本 歌織,しまざき ジョゼ
    早川書房
    1,870円(税込)
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 ベストテン年度が改まり、早くも2024年の上位を窺う注目作が続々登場している。酉島伝法『奏で手のヌフレツン』(河出書房新社)★★★★★は、著者4年ぶりの書き下ろし第二長編。

 物語の舞台は、無限に広がる土の宇宙(大地宙)の中に穿たれた球状の空間、球地。重力は外向きに働くので、人々(人類とは違う、無性生殖の知的種属。落人と呼ばれる)はその球の内壁を大地とし、八つの聚落に分かれて暮らしている(球の中心には毬森が浮かび、向こう側の聚落は見えない)。

 と、ここまでなら球状のスペースコロニーと大差ないが(岩石宇宙内部の泡状空間に文明が発生する話には、劉慈欣の短編「山」がある)、とんでもないのが太陽の設定。宙から大地に落下して五つに割れた太陽は、それぞれが毎日、黄道を歩いて一周する。その足となるのが64人の足身聖たち。一方、陽採り手は太陽が落とす陽だまりを掬って炉壷に収め、エネルギー源とする。奏で手は焙音璃や万洞輪、浮流筒など各種の楽器を演奏し、太陽の歩みを音楽で(多少なりとも)制御しようとする。つねに太陽を追いかけている複数の月が太陽に追いつくと、太陽の動きが止まって"蝕"となり、太陽が死んでしまうからだ。

 この大災害を防ごうとする絶望的な戦いが第一部のラスト。映画版ナウシカのクライマックスをも凌ぐ一大スペクタクルが展開する。宿命にあらがう異生物を描く点では、ティプトリー「愛はさだめ、さだめは死」やチャン「息吹」の拡張版とも言える。壮大な音楽SFに発展する第二部の山場はあと100ページほしかった気もするが、現状でも超弩級。日本SF大賞に輝く第一長編『宿借りの星』に勝るとも劣らない傑作だ。

 アーシュラ・K・ル・グィン『赦しへの四つの道』(小尾芙佐・鳴庭真人訳/新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)★★★½は、95年に出た〈ハイニッシュ・ユニバース〉ものの連作集。宇宙連合エクーメンと接触した惑星ウェレルとその植民地惑星イェイオーウェイを舞台とする四つの中篇がゆるやかにつながる。テーマは奴隷制。ローカス賞ノヴェラ部門を受賞した「赦しの日」は、ウェレルに赴任したハイン人の女性使節が男性護衛官とともにテロリスト集団に拉致される話で、『闇の左手』の変奏のようにも見える。一冊を通して、社会問題を正面から扱う反面、男女の恋愛およびセックス描写が多く、若干のミスマッチ感も。

 荻堂顕『不夜島』(祥伝社)★★★★は、義体化技術が高度に進んだ改変歴史世界を背景とするサイバーノワール。主人公は、第二次世界大戦終結後、米軍占領下に置かれた琉球・与那国島で、腕利きの密売人としてありとあらゆるものを扱う武庭純。"含光"なるものを入手しろとの指令を与えられるが......。

 ギブスンや士郎正宗や伊藤計劃や冲方丁への目配せがあちこちにあり、誰もが一度は書きたいサイバーパンクというか、きわめて優秀なファンフィクションの趣。後半の台湾編がややもたつくのが惜しい。

『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』(新紀元社)★★★★½は、『時のきざはし』に続く立原透耶編の華文SFアンソロジー第二弾。「SF色が強目のものを多めに入れた」と序文にあるとおり、ジャンルSFとしてレベルの高い作品が揃う。巻頭の顧適「生命のための詩と遠方」(大久保洋子訳)では、海洋汚染処理のために開発されたロボットが思わぬ進化を遂げる。韓松「仏性」(上原かおり訳)は、あるロボットが解脱を求めて仏門に入るところから始まるエモーショナルな秀作。陸秋槎「杞憂」(大久保洋子訳)は、杞憂が杞憂じゃなかったとしたら......というifを実現するため史実にロボット(木人)兵団や移動都市(邯鄲)を投入する。宝樹「円環少女」(立原透耶訳)は自身の出生の秘密を知ろうとした少女の物語。陳楸帆「女神のG」(池田智恵訳)はオーガズムをテーマに据えた挑戦的な力作。しかし、本書の白眉は、02年発表の王晋康の中篇「水星播種」(浅田雅美訳)。人工生命を開発してそのタネを播く題名通りの話かと思えば、思いがけない結末に到達する。このパターンのインスタントクラシックというだけでなく、オールタイムベスト級の傑作だ。その他、本屋を残したいという願いの顛末を描く江波の表題作(根岸美聡訳)もいい。華文SFの水準の高さを如実に示す1冊。

 なかむらあゆみ編『巣 徳島SFアンソロジー』(あゆみ書房)★★★は、徳島で暮らす女性たちの文芸誌〈巣〉のSF特集号(SFは「そっとふみはずす」の略だとか)。徳島と縁のある小山田浩子と吉村萬壱がゲスト参加。とにかく疲れて何をする気力もない息子と父親が飲み屋で教わった謎の沼に浸かりにいく吉村萬壱「アウァの泥沼」が無類に面白い。他に、編者自身と、田中槐、竹内紘子、田丸まひる、久保訓子、髙田友季子、前川朋子が寄稿している。

 村山早紀『さやかに星はきらめき』(早川書房)★½は、22年〜23年にSFマガジンに連載されたSFファンタジーの単行本化。地球が生物の住めない惑星と化して数百年後の未来。月面都市〈新東京〉で暮らすネコビト(猫人)の編集者キャサリンは、クリスマスをテーマにした本を企画し、宇宙各地で語り伝えられる聖夜の物語を集めはじめる......。地底で独自の進化を遂げていた恐竜の末裔トリビト(鳥人)が人類を絶滅から救ったとか、銀河連邦の広報担当者に企画を絶賛されるとか、SFファンとしての度量を試されるネタが頻出し、やっぱりオレは心が狭いかもとつくづく思いました。

(本の雑誌 2024年2月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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