M・ロウレイロ『生贄の門』の主人公コンビがいいぞ!

文=柿沼瑛子

  • シャーロック・ホームズとジェレミー・ブレット
  • 『シャーロック・ホームズとジェレミー・ブレット』
    モーリーン・ウィテカー,日暮 雅通,高尾 菜つこ
    原書房
    2,970円(税込)
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  • 生贄の門 (新潮文庫 ロ 19-1)
  • 『生贄の門 (新潮文庫 ロ 19-1)』
    マネル・ロウレイロ,宮﨑 真紀
    新潮社
    1,045円(税込)
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  • カラス殺人事件 (角川文庫)
  • 『カラス殺人事件 (角川文庫)』
    サラ・ヤーウッド・ラヴェット,法村 里絵
    KADOKAWA
    2,200円(税込)
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  • ムービータウン・マーダーズ 殺しのアート5 (モノクローム・ロマンス文庫)
  • 『ムービータウン・マーダーズ 殺しのアート5 (モノクローム・ロマンス文庫)』
    ジョシュ・ラニヨン,門野 葉一,冬斗 亜紀
    新書館
    1,540円(税込)
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 ジェレミー・ブレットがホームズを演じたグラナダ版ホームズは全部とはいわないまでも、NHK-BSとAXNミステリーでほぼ観ているのだが、ジェレミー・ブレットの顔が後半に行くにしたがって病のせいでどんどん変わっていくのがひたすら痛々しかった。それだけでなく、ジェレミー=ホームズには独特の「暗さ」があるのだ。事実グラナダのシリーズには時折すごく暗く陰惨なエピソードもあって(「未婚の貴族」「サセックスの吸血鬼」など)そのせいもあってか、ポワロと幸福に添い遂げた(いや、まだ死んじゃいないが)デビッド・スーシェと比べると、ジェレミー・ブレットはまるでホームズと一体化したあげく心中したかのような印象を与えるのである。この私の長年のモヤモヤにひとつの答えを与えてくれたのがモーリーン・ウィテカーの『シャーロック・ホームズとジェレミー・ブレット』(高尾菜つこ訳/原書房)である。この本の中でジェレミーは「彼は複雑な男」だといい「彼は表面的には冷淡で、ときに陰気で、どちらかと言うと相手に反感を抱かせる人間だ。でも心の奥底では、感情の人だと思う」。今思えばジェレミー=ホームズの醸し出す独特の「暗さ」というのは、実はこの複雑さの見事な反映ではなかったのだろうか。だからこそホームズの「孤高」がいっそう際立ち、これこそがこのシリーズをホームズドラマの「古典」たらしめている所以なのだ。

 スペインはガリシャ地方の、歴史から忘れ去られたような寒村に突然降ってわいたような血なまぐさい怪事件が起る。と、いささか猟奇的な出だしで始まるのがマネル・ロウレイロの『生贄の門』(宮﨑真紀訳/新潮文庫)。息子の病を治してくれるヒーラーを訪ねて、藁にもすがる思いで赴任してきたヒロインの治安警備隊員ラケルは、着任早々この怪事件を担当することになる。だが相棒のフアンと共に調査を進めるラケルの身にも次々に怪異が降りかかってくる。作者のマネル・ロウレイロはスペインのスティーヴン・キングといわれているそうだが、私はむしろ初期の半村良に似てるなと思った。妙に土俗的っぽい、横溝正史の世界にも共通するものがあるような...舞台こそ西洋ホラーっぽいけれど、諸星大二郎の絵でもいけちゃうんじゃないかと思うのだ。いにしえの儀式を守る人々、秘密の結社、冥界の門とまさにホラーてんこもりの設定であるが、それよりわたしがこの作品で推したいのはヒロインの相棒であるフアンの存在である。こうしたシチュエーションでは、たいてい相棒はワイルドでぶっきらぼうなイケメンと相場が決まっている(?)が、今回の相棒のフアンはデブで、オレオ中毒で、心やさしい正義漢であり、ともすれば暗黒に流されそうになるラケルを引き止めてくれる錨のような存在でもある。このコンビが本当にいいのだ。それなのにラストは作者のバカバカ、むきーっと叫びたくなるが、これ以上騒ぐとネタバレになるのでやめておこう。

 サラ・ヤーウッド・ラヴェットの『カラス殺人事件』(法村里絵訳/角川文庫)は表紙やタイトルから、やっぱり土俗的でホラーっぽい作品なのかと思いきや、巻頭の警察側の某人物紹介を読んでぶっ飛んだ。「ネルに一目惚れした」これって必要?(笑)カラスはカラスでもこれは物語の被害者の姓(クロウズ)であり、ヒロインのコウモリ愛ずる姫君ことネル・ワード博士は被害者と待ち合わせたばかりに事件に巻き込まれ、殺人の疑いまでかけられてしまう。その彼女にひと目惚れしながら容疑者として扱わなければならないことに苦悩するジェームズ・クラーク巡査部長と、ハンサムで有能な学者だが、いまいち女性関係にユルいアダムがふたりの「騎士」(やや頼りないが)として登場する。だが、この作品が他のミステリーとひと味違うのは、生態学者であるネルだからこそ見つけだすことができる生態学的な手がかりと、専門知識をいかした彼女独特の調査方法にある。コウモリのことしか頭にないネルは妙に浮世離れしていて、このヒロイン絶対に女性に嫌われるタイプだなと思ったら、一部の例外を除き、やっぱり研究室の若い同僚や警察の女性警部に反感を持たれている。でも、この事件がきっかけで真の自分をさらけだすことの勇気を得たヒロインの成長ぶりは著しく、この先が楽しみである。しかし老婆心からいわせてもらえば、今いち不安定なジェームズやアダムよりも、ネルが危機的状況におちいるたびにさっと駆けつける弁護士のチャールズや運転手兼ボディガードのコナーのほうがよっぽど「騎士」だと思うな。

 ダーク・ボガード主演のイギリス映画「犠牲者」は一九六一年、まだ同性愛が有罪とされていた時代の商業的ゲイ・フィルムの先駆けといわれているが、もしそれより前に制作されたフィルムが存在したとしたら...という魅力的な謎を追うのが、ジョシュ・ラニヨンの『ムービータウン・マーダーズ』(冬斗亜紀訳/新書館)である。辛口の映画評論家であり大学教授でもあった女性が殺され、被害者が、元上院議員の孫娘であったことから、FBI美術犯罪班捜査官ジェイソンは半ば強制的に調査を請け負うことになるが、そこにアメリカ産の初の商業的ゲイ・フィルムという世紀の発見が絡んでいることがわかる。かくして殺された映画評論家の過去と、七十年近く前に作られていたはずの幻のゲイ・フィルムをめぐるジェイソンの旅が始まる。ツンデレの腕利き捜査官サムの助けを借りつつ、彼がいきついた先は、失われた廃墟のような、かつては美しかった夢の残骸だった。そこはかとなく漂ってくる詩情はどこかジョゼフ・ハンセンを思わせる。

(本の雑誌 2024年2月号)

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●書評担当者● 柿沼瑛子

翻訳家。翻訳学校教師。主訳書はアン・ライス、パトリシア・ハイスミスなど。最新訳書はアルジス・バドリス「誰?」ジプシー・ローズ・リー「Gストリング殺人事件」共編書に「耽美小説・ゲイ文学ガイドブック」「女探偵たちの履歴書」などあり。元山歩きインストラクター・靴屋の店員、ロス・マクドナルド&マーガレット・ミラー命。

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