韓松『紅色海洋』はとんでもなくぶっとんだ傑作だ!
文=大森望
今月は長編の話題作が目白押し。筆頭は、中国SFの雄、韓松が04年に発表した代表作『紅色海洋』(新紀元社上下)★★★★½。それぞれ毛色の違う4部から成る大作だ。第一部(林久之訳)は水棲人の王となる海星の物語。変貌した未来の人類による血みどろの殺し合いと人肉食が描かれるが、グロさは意外と感じない。奇妙な生物群も大挙登場して、オールディス『地球の長い午後』または酉島伝法『宿借りの星』の海中版という趣。第二部(上原かおり訳)はレム的な創世神話。第三部(立原透耶訳)では日本が水棲人を開発する過程と、その後の戦争が語られる。第四部(大恵和実訳)は歴史編。鄭和の大航海がポルトガルまで達していたら──という(ビネ『文明交錯』風の)改変歴史が恐るべき解像度で描かれる。さまざまな角度から暴力と戦争を描く全体小説という意味では韓松版『虚航船団』と言えなくもない。『無限病院』以上にぶっとんだ超級傑作だ。
ジェイムズ・モロウ『ヒロシマめざしてのそのそと』(内田昌之訳/竹書房)★★★★は、米SF界のベテラン(1947年生まれ)による初の邦訳書。2011年のSFマガジンに分載されたきり埋もれていた長編(原書09年刊)が14年を経てついに書籍化された。ハリウッドB級モンスター映画への偏愛が爆発する怪獣小説だ。
時は1945年。米海軍は、陸軍の原爆と競うように、太平洋戦争に終止符を打つ巨大生物兵器を極秘裡に開発する。すなわち、全長400mの火を吐く巨大トカゲである。日本の外交団の前でその威力を実演し、実戦投入せずに降伏させる計画だが、実物を使うのはリスクが高すぎる。かわりにミニチュアの都市を破壊するところを見せよう──という話になり、当の怪獣のスーツアクターに指名されたのが、ベラ・ルゴシやボリス・カーロフと並ぶモンスター役者、シムズ・ソーリー。かくして一回こっきりの"実演"に向け、スタッフ一同の涙ぐましい努力が始まる......。いわば『カプリコン・1』の怪獣版か。無理がありすぎるのは承知でゴジラをやりきる怪獣愛がすばらしい。こんなひねくれたかたちで反核を訴えるのはモロウくらいだろう。SF度は低めだが、特撮ファン必読の快作。
ロブ・ハート+アレックス・セグラ『暗黒空間』(茂木健訳/創元SF文庫)★★★½は、系外惑星の探査に赴いた人類初の恒星間宇宙船が深刻な危機に陥る場面から始まる本格宇宙SF(原書24年刊行)。真ん中あたりで衝撃の真相が明かされ、後半は全然違う展開になるが、それはそれでよくある話なので(ル・カレというよりJ・P・ホーガン風)、最後はふつうの娯楽SFに着地する。
9月に出たオラフ・ステープルドン『火炎人類』(浜口稔編訳/ちくま文庫)★★★は、表題作中編の他、短編9編と、幻に終わった『最後にして最初の人類』ラジオドラマ版の台本と、A・C・クラークに依頼されて英国惑星間協会で行った講演の採録を収めるSF集。日本が北米や豪州を支配する、東西の力関係が逆転した世界に転移する「東は西」や、音楽生命体の生態系を幻視する「音の世界」など、30年代に書かれた短編の先見性が目立つ。
酉島伝法『無常商店街』(創元日本SF叢書)★★★★は、〈紙魚の手帖〉に掲載された「無常商店街」と「蓋互山、葢互山」に、書き下ろしの中編「野辺浜の送り火」を加えた連作集。浮図市掌紋町のアパート仏眼荘で姉の留守番を押しつけられた翻訳家の宮原聡は奇怪な商店街に迷い込む......。造語満載のおなじみ酉島ワールドかと思っていると次第に民俗学色が強くなり、笑いと恐怖にあふれたトリシマ的伝奇幻想小説へと変貌していく。カシワイ(装画)×酉島伝法の巻末特別対談つき。
関元聡のデビュー単行本『摂氏千度、五万気圧』(早川書房)★★★は、第13回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作(大賞は該当作なし)。著者は日経「星新一賞」グランプリを2年連続で獲得した経歴の持ち主だが、長編は本書が初。舞台は超温暖化が進んだ遠未来の地球。人類は数千万まで人口を減らしながら、〈救済者〉と呼ばれる異星種属が世界各地に残した47の密閉都市で細々と生き延びている。それらのコクーンを渡り歩き、次々に滅ぼすユズリの目的とは? 南太平洋の島に棲み、体内で琥珀色のダイヤモンド結晶を育てる女系種族、〈結晶の民〉のほか、知性を持つ海洋生物〈渡り人〉やキノボリミミズ、ニンフアゲハなど、(救済者の置き土産と思しき、高温環境に適応した)数々の奇妙な生物群が登場する点は『紅色海洋』と共通。重要な意味を持つダイヤや火星移住計画に説得力が乏しいのが惜しい。なお、書名はダイヤの人工合成に必要とされる条件から。
辻村七子『博士とマリア』(ハヤカワ文庫JA)★★★½は、SFマガジン連載に書き下ろしを加えた短めの連作集(本文200頁)。海面が上昇し世界の大半が水没した24世紀を背景に、偏屈で凄腕の博士(ブラック・ジャック風)が助手のアンドロイド(マリアⅡ)とともにドクターシップで各地を巡回しながら患者たちを治療する。
最後の1冊、『宇宙ランド2100 堀晃ジュニアSFコレクション』(北原尚彦編/盛林堂ミステリアス文庫)★★★½は、堀晃の児童向けSF全作に加え、著者が企画に協力した幻のSF人形アニメの絵コンテ(小松左京・脚本)を併録する。中でも、《ペップ21世紀ライブラリー》から91年に児童書単行本(長谷川正治・絵)として刊行された「地球は青い宝石」は、シリコン生物とのコンタクトを描くみずみずしい宇宙冒険SFの秀作。
(本の雑誌 2026年2月号)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
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